キョウの日

埴輪モナカ

狂っていた>狂う

 正直、半ば期待していたのかもしれない。

 いつも使っていた机には、黒く太い文字で「死ね」だとか「消えちゃえ」とか、心に対する凶器が書かれていて、机の中身こそ空っぽだけれど、椅子は蹴飛ばされたのか倒れていて、スリッパの跡がついている。

 今までは、横を通るたびに暴言を吐かれたり、外巻きからくすくすと笑われる程度だったので、若干辛い程度で済んでいた。いや、3年近いのだから、慣れただけかもしれない。だから自己肯定感だけを上げてきたのだが、ついに物的証拠が作られてしまった。

 彼らもかわいそうだ、他人を貶めないと自己肯定が出来ず、頭が足りないせいなのか、いじめの物的証拠を作ってしまって、自分から破滅に逃げるなんて。それとも教師側に協力者でもいるのだろうか。それならそれで、面倒事にはならないから歓迎でもある。

 今回りに誰もいなくて、誰かに心配されたり笑われたりすることが無いのは、1限の時間だからである。みんな体育で体育館にいるのだろう。梅雨の日々は雨が多くて少し好きだ。遅れてきた理由もいじめである。緊張というより恐怖だろうか、なんにせよ長らくトイレから離れられなかった。

 さて、これ、どうしようか。感情のまま窓から放り投げてもいいけど、関係ない人がビックリしちゃうし、かといってこのままにしておくと、ほかの教師に見つかって大事にされるかもしれない。

 考えていると、技術室に未使用の同じ机があることを思い出した。

 時間もあるし、新品使うのも気が引けるから、落書きされてる机の上の板だけ変えるとしよう。ねじで止まっているだけだから、そんなに時間もかからないだろう。

 というわけで楽しい工作の時間だ。まぁ、ただの張替えだけど。


 張替も終わり、しばらく本を読んでいると、体育が終わり、着替えが終わったクラスの人たちが帰ってきた。ほとんどの人間はかかわろうとせず、居ないものとして扱う。異なる人がいるとしても、それは自分をいじめの対象としているものだ。

「おはよぉ、今朝の柄はどうだった?イカしてただろぉ?」

「あぁ、悪くなかったな。だが、あのままにしたら教師がうるさいだろう?だから申し訳ないけど消しちゃったよ。」

 何事もなかったかのようにふるまう自分が不満なのか、顔をゆがませる。

「へぇ勿体ない。で、お前はどう思ったんだよ。」

 どや顔の彼は少し楽しそうで、それを見ると、自分も少しだけテンションが上がる。

「あぁ、よく聞くべたな奴だけど、実際にされるとは思ってなかったから、びっくりしたさ。」

「それだけ?」

「もっと感想欲しけりゃもっと凝ったもん持ってっこいよ。しょぼいんだよ。」

 一言余計だと言われるだろうけど、ちょっとした仕返しみたいなものだ。彼は頭まっかだったけどね。

「そうか、覚悟しておくといい。」

 彼はそう言い残してから、普段通りの生活に戻って行った。もちろん自分もである。


 さて翌日。彼はいったいどんないたずらを仕込んだのか、それともまだ仕込んでいる最中なのか、若干ワクワクしながら早めに登校した。おかげで、どの教室にも人が居なくて少し不気味だった。

 廊下を歩いていると、自分の使用している教室から、椅子が落ちるような音が聞こえた。

 きっと、昨日と似たことやって、花瓶でも置いてるのだろうか。と思ったのもつかの間、スリッパの落ちる音が聞こえた。

 その違和感が不気味さを加速させる。怖くて怖くて平行感覚さえずれていくけれど、とりあえず教室に入る。

 まずは、倒れている椅子。いつも僕が使っているものだけど、机からやけに離れていて、机の上から転がしたような場所にある。

 机のそばに一つ、上に一つとスリッパがある。下のものは裏向きだ。

 そして最後、宙づりで踊っている彼である。苦しそうに首に巻かれた紐を抑えながら全身を動かして踊っている。

 呆然と見つめていると、自分に気付いたのか、かすれた声で話しかけてくる。

「たs・・・。はでな・・・もの、だろ。」

 彼はこれから死ぬというのに、優越感に浸った顔で語りかけてくる。返事はしない。彼はこのまま死ぬのだ。死ぬ人と話す必要なんてないだろう。

「こた、えろ。こわい、か・・・。おそろ、しい、か・・・。」

 しょうもない。そう思ってしまったので、彼が今までしてきたように、侮蔑の視線を向ける。彼はもう、自分をわくわくさせてはくれない。

 数秒して動かなくなった。全身から力が抜けて、どっかの鬼ごっこゲームの負けシーンみたいだった。


 さて、俺はどうしよう。疲れたから倒れていた椅子を起こして座っているが、この惨状をどうにかしようと動きたいと思わないのだ。

 そうだ、無傷でつり自殺している彼を前に、何事もないように読書をしていたら、ほかの人はなんて思うだろうか。どうするだろうか。

 きっと発狂するだろう。一目見れば、自分が殺した人で、彼が被害者である。他にも、彼の友人は自分を殴りに来るだろうか。殺しに来るだろうか。一番最初に教師に伝えられる賢人はいったい誰だろうか。

 気になったので、そうすることにした。

 最初に来たのは、彼どころか自分さえもたまにしゃべる、全員に気の配れるクラス長の女の子だった。

かわいそうに、君みたいなまともな人間じゃ、発狂するだけじゃないか。

彼女が壊れることより、面白くないことを優先している。はぁ、ま、何をするか見ておくか。

「これ、君がやったの?」

 気は狂ってない、いつも通りの口調で、いつも通りの日常会話のように聞いてきた。

「え、あぁ、いや、彼は勝手に死んだよ。」

 さすがに驚いた。いい子ちゃんな彼女が、人の死を前に狂うことないどころか、冷静に判断している。とはいえ、そういう人間もいるだろう。元は人同士で殺し合う世界だったし、場所によっては今もそうだ。

「君は、大丈夫なの?」

 心底心配しているような・・・本心から心配しているような声で、顔だ。

「元から狂ってるだろうけど、君ほどでもなさそうだな。」

「私は、まぁ、どちらかと言えば清々してるから・・・。」

 恥ずかしそうに言うけれど、なかなか恐ろしい。

「君はトイレにでも籠っててくれ、俺は一般人がこれを見た時の反応を楽しみにしてるんだ。」

 あっけにとられたけれど、話が通じるなら、お代わりを所望しよう。面白味は無かったし。

「でも、それじゃ君が怪しまれちゃうでしょ?」

 なんでそんなに俺のこと心配するんだ。

「別にいいんだよ。人の話も聞かないやつに殺されないし、死ぬつもりもない。」

 それを聞いてからおとなしく教室を離れて行った。本当に何だったんだ。


 すぐに人が来た。

 彼の友人で、体格のいい、柔道部の人だったか。彼の死体を見て、自分を見て、自分が犯人だと決めたのだろう。自分はあっさりと窓の外に投げ出された。

 とはいえ、人間の力なので、建物の壁からそう離れておらず、一個下の階の空調機に手をかけてその裏に隠れた。

 このまましばらくトイレにでも隠れていようと思ったのだが、女子トイレの前を通ると、引きずり込まれる。

「ここで隠れてて、そうすれば見つからないはずだから。」

 そう言い残して、自分を女子トイレの個室に隠したままどこかへ行ってしまった。

 もとより隠れているつもりだったので、ゆったりとしていると、だんだんと外が騒がしくなっていった。予想通りだ。

 すぐに、彼女がやってきた。

「これ、荷物持ってきたから、これ持って窓から逃げて、で、何も知らないように入ってくるの。それ以降は私が準備したから。」

 なにこの子怖い。とりあえず従っとこ。

 さすがに三階から垂直落下は怖いので、時々力を逃がして地面にたどり着く。

 言われた通りに何も知らないように教室に向かうと、廊下で止められる。ある男は、自分の首元をつかんで「お前・・・!お前え!!」と、恨みのこもったすごい形相で叫んでいて、後ろの女子はごみを見るような目で俺を見ている。

 そうそう、こういう反応が見たかったんだよ。だめだめ、にやけないようにしないと、せっかく準備してくれたものが無に帰っちゃうじゃん。

「皆やめて‼」

 人望の厚い彼女の一言で、みんなの行動が彼女の声を聴くことに変わる。

「ちゃんと見て!あの場所にあったのは彼の偽の荷物!だって彼は荷物を持っているじゃない!」

 確かに中身も入った本物だけど、つまり何を考えているんだ。

「あの偽物は酒井君が仕掛けた罠なんだよ!三浦君を犯人に仕立て上げるための・・・!」

 さては俺よりよっぽど腹黒いぞこの人。

「それは・・・。」

 男が絶句している。もっと暴れてくれても面白いけど、これはこれで面白い。

「酒井君はいつも三浦君に嫌がらせばっかりしてて・・・。こんなことまでして・・・。」

 何を言いたいのかは伝わらないけれど、三人称で「かわいそう」と思われる演技をしている。

「三浦君は何にも悪くない‼彼は、ただの被害者なんだよ⁉」

 芝居がうまいのか、彼らが盲信的なのかは知らないけれど、マリオネットみたいで面白い。ちょっと笑いそうだ。

 外からサイレンが聞こえる。僕を投げ飛ばした彼が職員に伝えに言った結果だろう。教師を連れて戻っていたけれど、彼女の言葉によって止められていた。


 結局、事態はやってきた警察と、警察すら操った彼女が済ました。自分は終始、何も知らない一般人のふりをしていた。

 結局今日は休校となってしまったので、帰ろうとしたのだが彼女に止められた。

「この後暇ならうちにおいでよ。歓迎するよ。」

「歓迎って・・・。話したことはあるけど、別に友達だったり・・・。」

「共犯だよ。」

 圧のある声でそういわれて、なんとなく黙認してしまったけれど、別に彼女は何も悪くないのである。

 途中でそう思ったものの、言われた通りやることもないのでついていくと、豪邸に連れていかれた。

「緊張しなくてもいいよ、両親はいないし、お手伝いさんはいるけど、基本的に姿を現さないように言いつけられてるから。」

 いやいや、同級生のクラス長がこんな豪邸に住んでるとか予想着かないから。頭の中パニックなんだけど。

「ここが客間、と言っても、家庭訪問とかで使う程度だけど。」

 と、ここは見せるだけのようだ。

「今日は私の部屋に来てもらうよ。普段は別なんだけど、今日は特別だから。」

 このセリフ、クラスの男子が聞いたらみんなうらやみそうだな。このシチュエーションに関してだけは恐怖だけど。

 話の通り彼女の部屋に連れていかれる。

「ここが私の部屋、遠慮しないで入って。もしばれたら私も捕まっちゃうし、ここで私を脅すこともできるんだよ?」

 俺から下心が見えなかったのか、そんな話を仕掛けてくる。

「別に、そんなつもりないし、俺が殺したわけでもないぞ?」

 なんとなく勘違いしていそうなので事実を言うと、驚かれてしまった。

「そうなの?てっきり私は、裏で君が指示している方だと思ってたんだけど・・・。」

 どうやら彼女は俺のことを過大評価していたらしい。それも腹黒同盟として。

「俺はそんな特殊な事情を持った男じゃないよ。ただの一般人。」

 キョトンとした顔の後に、笑いだす。

「そんなわけないじゃん。あんな狂ったこと言い出せる高校生なかなかいないもん。あぁいや、いじめられてる間に狂っちゃったってことならあるのかもしれないなぁ。どうなの?」

 興味津々を体現したような感じだ。

「さぁね。狂気に落ちる人間は、その淵を感じられないんじゃない?」

 適当にかっこつけたことを言ってみる。あほっぽいな。

「それはそうかも、私もいつの間にかこんなだし。」

 彼女はそう言いながら、壁に掛けてあった絵画を取り外して、その奥にあるものを俺に見せた。

「これはね、私が今まで好きになった人たちの頭。お父さんに、シカの頭の飾るやついいよねって言ったら、作り方教えてくれて、それを応用してみたの。すごくない!」

 嬉しそうに、褒めてほしそうにそう言う。若干吐き気を覚えたけれど、正直、面白いとも思った。

「うん、これは面白いね。でも、怖くなかったの?」

 当然、一般人は人が死ぬことに恐怖を抱く。それは他人であっても変わらない。

「そりゃ、最初は怖かったよ。叫び声はうるさいし、外の人に聞こえないか心配だったもの。だけど練習したら問題なくなったの。睡眠薬飲ませちゃえば何の心配もいらなかったもの。」

 こっちが共犯にされそうじゃねぇか。

「だからね。あんなふうに静かだけど楽しそうに殺す君を見て、かっこいいなって思ったんだ。」

 えっ、俺殺されんの?いやでも催眠薬の話は聞いたから、目的はほかにありそうだけど・・・。

「あれのやり方教えてよ。あのダンスを見ながら紅茶の見たくなっちゃったんだもん。」

 俺は俺で狂ってる自覚はあったけれど、さすがにここまでではなかった・・・と思いたい。

「やり方も何もないだろ。吊り下げるだけだ。あと俺はやってないぞ。酒井が勝手に死んだだけだ。」

「ふぅん、まいいや。これからは共犯で恋人だからよろしくね。別に一晩くらい寝てもいいけど、そのまま起きないかもね。」

 笑顔でそんなこと言う彼女は、揶揄うように俺を笑う。でもその笑顔はかわいいもので、学校で見る仮面の笑顔ではない。

 この狂った本性を可愛いと思える俺は、狂っているのだろう。



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