異世界勇者の幸せ家族計画〜世界を救って欲しいと頼まれたので魔王に求婚しました〜

@anisakisu

第1話

 魔王城の最奥、魔王が座する玉座の間に重厚な音を響かせて扉が開く。

 それは本来、城の主の許可無くして開くことのないはずの扉。それが1人の侵入者によって開かれる。

 


「ようこそ勇者よ、我が魔王城へ。ここまで来るのはさぞ大変であったろう?」


 魔王城の主、魔王が侵入者に声をかける。


「そうだね、大変だったよ。だけど、どんな困難が待ち受けようとも僕は止まるわけには行かないんだ」


 扉を開き玉座の間へと侵入した勇者と呼ばれた男は、言葉とは裏腹に余裕の表情で魔王の問いかけに答える。


「ハッ、勇者の使命というやつか?わざわざ好き好んで神の奴隷と成り下がるとは、人間の考えることはわからんな」


 勇者の言葉を一蹴し見下ろす魔王を勇者は首を振って否定した。


「それは違うよ。僕は神様に言われたから魔王に会いに来たわけじゃない、僕の意志で君に会いに来たんだ。勇者としてではなく1人の男として」

「どちらにせよ同じことよ、我輩は魔王で貴様は勇者、であればこれから起こることなどもはや言うまでもあるまい」


 魔王は玉座から立ち上がり純白の髪をなびかせ、勇者の前に立ち塞がる。


「そうだね、僕は僕のやるべきことをするまでだ」


 対して勇者は魔王の前で跪き掌サイズの箱を取り出した。


「僕と結婚してください」

「我輩の手によって滅ぼされるこt……えっ?勇者よ、今なんと言った?」

「僕と結婚してください」

「………」


 魔王の問いに一語一句違えることなく同じ言葉を口にした勇者は、手にした箱を開き中に収められた物を魔王に向ける。

 箱の中には魔王の瞳と同じ色の紅い宝石が嵌め込まれた指輪が収まっていた。

 しばらくして言葉の意味を理解した魔王は褐色の肌を紅潮させた。


「は…はぁぁぁ⁉︎何を考えておるのだ貴様は‼︎仮にも勇者であろうが‼︎何故我輩に求婚などしておる⁉︎」

「君のことが好きだから」

「なっ⁉︎」


 魔王の捲し立てるような言葉に勇者は臆することなく即答した。

 その真っ直ぐな気持ちが込められた瞳を直視してしまい、魔王の肌はさらに紅潮していき二の句を告げなくなる。

 そして、そんな魔王の手を取った勇者は、未だ混乱の渦中にある魔王に向けて言葉を紡ぐ。


「必ず幸せにしてみせるから、君の隣に僕を置いてくれないか?」

「…何故我輩なのだ、貴様は勇者なのだろう?貴様が望めば人間の国がいくらでもおなごを用意するであろう、貴様にはそれだけの価値がある。それなのに何故我輩を選ぶ」


 勇者に手を取られた魔王はその手を見つめながら問いかける。されどその表情に魔王の威厳はおろか、先程まで紅潮して戸惑っていた姿はなく、行き場を失った少女のように表情を曇らせた。


「我輩は人間だけでなく同族である魔族すら忌み嫌う存在なのだぞ。我輩の髪を悪魔の証と嫌い」

「君の髪は新雪のように綺麗だ」

「…我輩の瞳は血塗られた獣の眼だと恐れられ」

「君の瞳はどんな宝石よりも美しいよ」

「喧しいわ‼︎一々割り込んでくるな、なんなのだ貴様は‼︎我輩の城に侵入して来たかと思えば初対面にも関わらず求婚してきよって。いい加減この手を離さんか!」


 荒げた声と共に腕を振り払おうとしたが、思いの外勇者の力は強くびくともしない。


「力つよ⁉︎」


 手を引き剥がそうと四苦八苦していると勇者はその手を両手で包み顔を近づけた。

 突然の行動に引いたはずの頬の赤みが再び朱に染まり言葉を詰まらせる。


「突然押しかけたのは悪いと思っているよ。だけど、こうでもしないと君には会えないと思ったから。それに僕は言ったはずだよ、勇者としてではなく1人の男として来たって」

「た、確かに言っておったが、普通魔王を前にしてそういう意味だと思う奴はおらんぞ。何より我輩と貴様は初対面なのだぞ?…その、求婚というものはもっとこう、互いのことを知ってからするものではないのか?」


 赤面した顔を隠すように下を向き、尻すぼみになりながら尋ねた。


「そうだね、僕も色々段階を飛ばしている自覚はあるよ。でも、お互いを知ることはこれからしていけばいい。僕も魔王の知らないところはいっぱいあるからね、せいぜい好きな食べ物はアップルパイだとか」

「うん?なぜそれを知っておる?」

「猫が好きで見かけるたびに近寄るも威嚇されてしょんぼりすることとか」

「ちょっと待て、貴様なぜそれを知っておるのだ⁉︎」


 魔王の戸惑いの声も気にせず勇者は語り続ける。


「あぁそういえば、この前変装して街にアップルパイを買いに行ってたよね。その帰りに近道しようとして森を突き抜けてたら、木の根に足を引っ掛けてアップルパイをダメにしたんだっけ」

「だから何故貴様がそれを知っておるのだ⁉︎さては貴様、すとーかーとか言う輩ではあるまいな‼︎」

「そんな、僕はただ君のことを知りたくて透視の魔術と千里眼の魔術を併用しただけだよ」

「立派な覗きではないか⁉︎魔術の複合展開などという高等技術をそんなことなんぞに使いよって‼︎」


 息も絶え絶えの魔王を気遣うように、勇者は魔法で即席の椅子とテーブルを用意し魔王を座らせる。


「興奮しすぎて疲れたでしょ?今紅茶とアップルパイ用意するからね」

「誰のせいだと思っておる。しかも高等技術をこうも容易く扱いよって…はぁ」


 魔王のため息をものともせず勇者は掌に魔法陣を展開すると、ティーセットと焼きたてのアップルパイが忽然と現れる。


「はいはい、空間魔法だの。神々や悪魔どもしか使うことのできぬはずの魔法だの。人間である貴様が使っておることにツッコんだりせんからな」


 達観の境地に至った魔王は勇者の入れた紅茶に口をつけて心を落ち着ける。


「美味しい…」


 もっとも心を乱した原因は紅茶を入れた張本人なのだが、紅茶に罪はないと言い聞かせ素直にティータイムを楽しむことにした。


「アップパイもどうぞ」


 だから嬉しそうにアップルパイを差し出す勇者のことなど気にせず、黙って受け取った。

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