新人賞応募#1

「友人ってさ、ただ一緒にいるだけでもいいもんだよね」千夏がふと呟いた。原稿用紙をタイプする手を止め、わたしの顔をじっくりと見つめている。

「なになに、どうしたの急に」机の向かいで打鍵していた私は、踊る手を切りの良い箇所で静止させ話に向き合う。


「小説書いてるとさ、人と人との関係性がいかに素晴らしいかって言語化して綴らないといけないじゃん」

「そりゃあ、文章表現媒体だし」

「でも実際の友情ってさ、いちいち『友情は永遠だよ』みたいに発音しない」千夏は両手でハートマークを作ってわたしに向ける。

「あれは読者に分かりやすく説明してるんだよ」


「そうなんだよ。第三者の御傾聴を前提にしたやり取りだから、妙に堅苦しいっつーか、見知った中なのに説明的っていうか」

「そのあたりの違和感は濃くなるよね。より多くの読み手に取ってもらうことを考えると、ないよりはあった方が賢明なんだろうけど」

「読み手かぁ……ああ、読み手だ、読み手は大事。作家の生命線」


 二人は暫く無言で原稿用紙に思考を綴り、ふとした拍子に会話へ戻る。


「会話で表現しきれないシーンってあるよね」先に口を開いたのは千夏だ。

「動きで表現しよう」

「動きで表現すると過剰になるシーンってあるよね」

「天気で表現しよう」

「天気で表現するとサメ台風になるシーンってあるよね」

「ないよ」


「激しく荒れ狂う愛憎、爆発しそうな嫉妬心、野性味溢れる衝動……それが単なる嵐だと物足りなく思えてさ」

「雷鳴混じりの嵐じゃ駄目?」

「足りないんだよ。嵐の中にも獰猛で野性的な怪物が潜む感情。それを表現するには不足がある」


「じゃあサメ竜巻にしておこう。後付けでも合理的な説明を与えればどうとでもなる」

「これ不純文学」千夏は一応否定的な態度を取ったが、どうにも悩んでいるようだった。

「そもそもどんなシーンを書いてたのよ?」

「ジョセフの不倫を知ったジャックがジョセフの妻ジェーシィの幸福のため寝取る場面」

「ジョセフとジャックの関係は?」

「恋人どうし」


「ホモ・セクシュアル?」

「ジェーシィへの不倫はジョセフを思うあまりの不倫なのよ」

「ジェーシィはジャックを愛してる?」

「竜巻エックスでその感情を示したい」千夏は頷く。

「ファフロッキー現象で水生生物が雨と一緒に降ってくるケースは現実にもある」


「うーん」千夏は暫く唸った。「軽い動物なら降ってきても現実味を欠かないってことか。いや、現実味は欠くけど実際に起こり得る事象としての説得力はある……ヤドクガエルの群れでも降らそうかな?」

「ファフロッギー現象。洒落てていいじゃん」

「毒ガエル降る街と有限の愛」千夏は納得した様子で執筆に戻った。


 わたしだって負けていられない。この作品は、絶対傑作になるんだ。そう信じ続けてルロイ・アンダーソン作曲「タイプライター」を二人奏でる。

 区切りの音もエンターキーなのが寂しいが、心の中では鳴り響いているようなものだ。


 千夏の指が、わたしの指が、実に絡み合った円舞を踊る。

 千夏の隙間をわたしが奏で、わたしの隙間を千夏が奏で。

 時折空白が生じても、また息のあったタイミングで演奏が始める。

 一緒にいるから。呼吸、血流、体温、指先――量子への干渉が同調する。

 突如、二人の打鍵音が乱れなく融け合った。


 異なる文面の合一したリズムは、テキストから召喚する本質を超越し共鳴。

 エンターキーで区切られたラストスパートが、双子の産声を上げた。

「できた」わたしと千夏の声が重なって、完成の興奮が冷めない顔のまま見合わせる。

 千夏は眩しいくらいに微笑んだ。


 わたしたちは仕上がった作品をPDF出力し、『第24回大学生新人文学賞』に応募した。


 応募から4か月後、日程通りに公式サイトで一次選考通過者が発表された。

 千夏はタブレットをスクロールして通過者リストから二人の名前を探す。

 わたしもその背中にしがみついて、30名からなるリストを覗き込んだ。

 思わず逸れる目が、14番目にわたしの名前と作品名を捉える。


「やっ……」沸きあがる歓喜に『た』を発音しかけて口を抑えた。


 千夏は真剣な眼差しでスクロールを続け、その最後に己の名前と作品名を見つけた。

「やった」千夏が緊張を切らし、わたしの膝の上に倒れこむ。

 息も絶え絶えな二つの笑顔が互いを見合わせて、でも確かに咲いていた。

「やったぜ」千夏はわたしを見上げダブルピース。

「二人そろって通るなんて。信じられない」


「まだ一次だけどさ。もしかしたら二人揃って受賞できるかもね」

「そしたらお祝いだ」


 更に二か月後、二次選考通過者が発表された。わたしは落ちた。千夏は通った。


「あ、えっ、と……」千夏はわたしにかける言葉を失う。

「おめでとう」わたしは純粋に祝福したかった。

「……うん。ありがとう」

「そんなもんだよ」言ったはいいものの、少し涙ぐんでしまった。「大丈夫。悔しいけど、悔しくなんかないから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る