~7~

 宣言した通り、成宮は二十分とかからずにやってきた。片桐の隣で綾木と談笑している湊を見て、駆け寄って湊のその小さな身体をぎゅうっと強く抱きしめた。

「は!? 何?」

 抱きしめたのは一瞬で、すぐに離れて成宮はへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべる。

「良かった……帰ってきた」

「……っ…………〜〜〜っ」

 心底安堵したような笑みで言われ、湊は言葉をなくし頬をやや赤らめる。

「ちょっと! ほんとに何なの……っ和重君!」

「もはや誰だよ、何でそこ合わせた」

 ペシッと軽く頭を叩く成宮を湊はジト目で見上げた。言葉遊びのように間違える苗字。いくつか『宮』だけ合った名前が続く中で、『和宮』があり、『入宮』でおしいと言われたので次は『なる宮』、「宮から離れろ」と言われたのならば、次の時には『成重』とした。そして今回は『和重』である。そもそも間違えたことなど初めの数回だけで、それ以降の間違いは全部戯れだ。ただ、成宮の反応が見たいだけのゲームのようなものである。

「そんな昔の間違いなんてよく覚えてたね」

「記憶力には多少自信あるんでね。お前ほどじゃねぇけど」

「何のことだか」

 嫌味に嫌味で返されて、白々しい返事をした。そんなことが出来るほどに心を開いているということを、きっとこの少年は知らないのだろう。

「何か『困った時は成宮に聞け』とか言われてんだよ。お前が学校来てたらそのポジ完全にお前だろうにな」

 成宮から投下された爆弾に、湊は盛大に顔を顰めた。

「何それすっごい面倒くさそう。

 学校行ってなくて良かった」

 面倒事は極力避けたい、と言う面倒臭がりなところもあるが、本音は「目立ちたくない」だろう。色々な事情を抱え込み誰にも預けない湊にとって、『目立つ』と言う行為の恐ろしさは計り知れないことだろう。

 ポンポンと頭を叩かれて、振り落として。同年代の『友達』に、片桐はホッとした。成宮はきっと気付いていないと分かっていても、湊の心に住み着いた小さな明かり。その明かりを湊が何より大切にしていることを、片桐は知っている。それ故に、遠ざけてしまう彼の弱さも。

「とりあえず顔見たら安心したわ。これ、中間の日程表。お前のことだからどうせ最終日に一気にするんだろうけど」

 茶封筒を渡され、湊は合点がいったように小さく頷いた。

「あー、もうそんな時期か」

「今度は変な凡ミスすんなよ?」

 成宮の言葉に、湊は盛大に顔を顰める。

「は? 凡ミス? ボクが?」

「こないだのプリントの採点結果も入れてっから、見てみれば」

 普段なら返されないプリント類。それも厚みから考えるに相当数間違えていることが分かる。まさか、自分が。驚愕に目を丸くすると、

「じゃ、またそん時にな」

 などと言いながら、成宮は去っていった。その背に向かって「まさか……」と呟くも、現実は変わらない。こんなに間違えたのは人生初で、つまりは経験が無い。今度のテストはまた成宮が作るんだろうが、今度は間違えないようにしようと、強く心に誓った。

 刑事たちに挨拶して去っていく成宮の背に、湊はポツリと呟いた。

「またね、成宮君」

 他の刑事たちには聞こえていないだろう。ただ、そばに居た片桐に頭を撫でられ、綾木には穏やかに微笑まれた。

『友達』が何なのかは分からない。分からないが、成宮の隣は酷く心地よかった。

 そんなこと、絶対言ってやらないけど。

 去っていく成宮の背に、湊は小さく手を振った。

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