~2~
「何」
不機嫌を隠さずに問えば、男は一瞬怯んだあと、ノートパソコンの画面をコチラに向けた。
「貴様には、コレからこの銀行に潜ってもらう」
拳銃を掲げながら命令され、思わず湊は笑ってしまった。こういう輩は、拳銃をチラつかせれば大抵の人間は命令に従うと思い込んでいる。だが、湊には逆効果だ。本当の『悪党』と言うやつは、見せびらかす前に撃っている。黙らせるにはそれが一番だ。
いつもなら歯牙にもかけない小悪党だが、今は傍に成宮が居る。仕方ないので、相手をすることにした。
だが……銀行強盗の片棒を担げと言っている。電子の世界で。
そう、『電子の世界で』だ。
縛られてさえいなかったら、腹を抱えて笑っているところだ。
「何がおかしい!」
湊が肩を震わせていることに気付いた男が声を荒らげる。
その顔を見上げ、湊は挑発的な笑みを浮かべた。
「銀行をハック? たったそれだけの為にボクを呼んだの、オニーサン。そんなの、カップ麺が出来る間に終わっちゃうよ」
くだらない。
本当にくだらない。
自分を一体誰だと思っているのだろうか、この男は。
鼻で笑ってやれば、激昂した男は銃口を湊に向けた。
始めに聞こえたのは、三発の銃声だった。
痛みに構えていた湊が、いつまで経ってもやって来ない痛みに目を開けると、湊の前には、慣れ親しんだ片桐の胸があった。きつく抱きしめられているのは何故だろう。そんなことを、思考の回らない頭でボンヤリ考える。
「無事、か? みなと……」
そう言いながら、片桐の口から血が垂れる。思わずしがみついていた手を見ると、そこは真紅に染まっていた。
「わたるさん?」
その問いかけに、片桐は応えなかった。ズルズルと倒れ込む片桐を、湊は呆然と見る。
──プツン
何かが切れる音がした。衝動に駆られるままいつも腰に仕込んであるベレッタの引き金を引く。一発目は男の足。二発目は男の肩。簡単になんか死なせるものか。頭に浮かぶのはそれだけだった。
最後の一発を撃とうとして、その手を誰かに阻まれた。殺意の篭もった目で相手を見やれば、それは成宮だった。
拳銃から手を離し、肩で息をしながら、力なくずり落ちている片桐に触れる。失血が酷いのだろう。その顔はとても冷たかった。
そう、ヴァーリのように。
『絶対死なないでね』と言った。彼はそれに『おう』と答えた。信条にかけてとは言ってくれなかったが、彼がそれを忠実に守ってくれているのは見ていれば分かる。
それが、ヴァーリのように?
ぞわっと寒気がした。何も考えられず、片桐の身体をゆする。
「渉さん」
答えはない。
いつものように笑顔で「何だ?」と答えてくれない。
瞼は、固く閉ざされたまま。
「渉さん。ねぇ、渉さんってば。何寝てるの? 起きてよ」
何でもない顔で答えてほしかった。
いつもと同じ笑顔で答えてほしかった。
けれど、
脳裏を、ヴァーリの最期の顔がよぎる
「……うさん。
無我夢中で身体をゆする。大丈夫だって言ったじゃないか。独りにしないって言ったじゃないか。
「片桐っ! あんまゆすんな!!」
誰かの声が遠くから聞こえる。でも、湊の手は止まらない。止められない。
「お義父さんっ! おとうさんっ!!」
聞く耳を持たない湊を後ろから羽交い絞めにし、成宮は傍でオロオロしているもう一人の警官に叫ぶ。
「おいそこの新米! 早く救急呼べ! あと応援!!」
「は、はいっ!」
そう支持しているいる間にも、湊は成宮の腕の中で、ガムシャラに片桐に手を伸ばそうと足掻いていた。
それから、どれくらいが過ぎただろうか。遠くからサイレンの音が聞こえ始め、ようやく手が止まったかと思ったら、湊はその場に崩れた。
「ボクのせいで、おとうさんはうたれた……まただ、またボクのせいだ」
「……片桐?」
ポンと軽く湊の肩を叩くと、彼は怯えた表情で成宮を振り仰いだ。
「……ボクのせいで……」
その後何を呟いたのかは、声が小さすぎて分からなかった。
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