第14話 春告げ鳥は生命《いのち》を謳う⑤

 瞬間、金色の鳥籠の格子がぐにゃりと歪んだ。

 リーヴァが生活するに不自由ないだけの設備が内包された場所。

 その巨大さゆえにただの一度も疑問に思ったことがなかったが――その鳥籠には『扉』が存在していなかった。

 目を瞠るロアたちのなか、最初に踏み出したのはガロンだ。

 中への道が開いたことに気付いた〈島喰い〉がギュルギュルと腕を伸ばしてくるのを盾で弾き剣で斬り伏せると、彼はロアたちを振り返る。

「入れ」

『!』

 すぐに飛び込んだ彼らを見送り、ガロンは格子の前にドンと立ち塞がった。

「ガロン⁉」

「大丈夫だロア、ここは任せろ。共闘の見せどころ……そうだろう?」

「……!」

 渋くていい声と、優しくも激しく燃えている薄紫色の右目。

 どうやら閉じることが難しい道を、鋼を纏う体躯と己の剣技で塞ぐつもりらしい。

 ロアは頼もしい言葉に犬歯を見せて……笑った。

「おうッ! 頼んだガロン! ……やるぞテト、レント!」

「――ああもう、わかったよ。失敗したら僕たち皆、丸呑みだね」

「こんなときによくそんな言葉が出ますねテト……」

 鼻を鳴らすテトに対し呆れた声で返すレントもレントだが、ロアはくくっと笑っただけで口にはしなかった。

 ――ふたりの考えが俺と違うはずがない。

 そう思ったから。

「つまり呑まれてやるつもりは微塵もない! ――そうだろ?」

 ロアが口にした言葉にテトは幼い容姿に不釣り合いな悪い笑みを浮かべ、レントは中性的な美しい顔に見合う極上の笑顔を見せる。

『春告げ鳥』は頼もしい騎士団長たちを横目で見詰め……一度だけぎゅっと瞼を閉じた。


 ――リーヴァ。このような役目を負わせてすまなかったの……。


 その胸の内、優しい彼女の強い意志を感じて……『春告げ鳥』はゆるりと瞼を上げて微笑んだ。 

「準備はよいな? さあ……騎士団長たちよ――南十字サウスクロストつるぎとなりて〈島喰い〉を屠れッ!」

 その言葉とともに……彼女の細い両腕が下ろされる。

 金の双眸は真っ直ぐ頭上を睨み付け、彼女が抑えていたらしい白い塊がズルリ・・・と落ちてくる。

「私が穴を穿ちます! テト、いいですね!」

「穴が空いたら僕が保つ! ロア、やれるでしょ?」

「おう! 核は俺が突き通すッ! やってくれレント!」

 落ちてくる白い塊はかろうじて彼らを呑み込める程度の大きさになっていた。

 その背後から伸ばされている無数の腕の分だけ球体部分の体積が減ったような……そんな状態だ。

 けれど吐き気がするほど禍々しく、本能的に怖れたくなる『なにか』であるのは変わらない。


 ――それでも、抗わなければなりません。

 レントは右足を引いて拳を体に寄せ、ふーッと息を吸う。

 高まる『闘気』が彼の四肢を巡り、沸々と体中の血が滾る。


「いきますッ! はあぁぁ――ッ!」


 振り抜かれる右腕から放たれた閃光のような一撃。

 衝撃が〈島喰い〉を襲い、その中心がぐにゃりと歪んで穴が穿たれる。

 しかし〈島喰い〉はそのまま……まるで布を広げるように自らを広げ……彼らと『春告げ鳥』に覆い被さらんとした。

 テトは口元を吊り上げて……右手を翳す。

「馬鹿だよね、核の護りを緩めるなんて」

 自分はただ、レントが穿った穴を保てばいい。

 ならばこのまま包まれてしまおう。

 頭のなかで魔法を構築するのはいつでも楽しいものだ。


「――覆い尽くせ……風泡かざあわッ!」


 言葉は魔力で魔素を練り上げるための鍵。

 テトが練り上げる魔法によって風は空気の層を生み出し、彼らをぐるぐると取り囲む。

 テトの言葉どおり、それはまるで泡のようだった。

 覆い被さろうとしていた〈島喰い〉は風の壁に邪魔されて動きを鈍らせ、彼らの頭上すれすれに展開された風泡かざあわの上からじわりじわりと浸食しようとする。

 ロアはそれをじっと見詰め……視線は動かさずに『春告げ鳥』とリーヴァに言った。

「これで――解放してあげられるな、ふたりとも」

「…………」

 柔らかく微笑んだのは『春告げ鳥』かリーヴァか。

 ロアがそれを見ることはなかったが――代わりに彼の双剣がくるりと踊った。

 薄い皮膜のようなものに覆われたチカリと瞬く水晶のようなそれは……ロアでもはっきりわかるほどに力強く脈打っている。

「見つけた。核だ――ッ!」

 柔らかく膝を曲げて重心を落とし、しかし爪先はしっかりと床を踏み締めて。

 灰色の尾をひと振りしたロアが牙を剥く。


「お お ぉ ぉ――ッ!」


 渾身の一撃。

 左の剣で皮膜の表面を裂き、右の剣の切っ先が間違いなく核を捉えて打ち砕かんと突き進む。

 …………しかし。

「!」

 ぐにゃ、と。

 手応えがなくなり、核が後方へと急速に退いたのがわかる。

 退くことで力をいなそうというのだ。

 ――くそっ、貫けない……ッ!

 ロアが歯を食い縛った、そのとき。

「堪えてろ、ロア」

 渋くていい声がして。

「……ッ! おう――ッ!」

 核の向こう側・・・・から――ガロンの大振りの丸盾が叩き込まれた。

「いけえぇぇ――ッ!」


 ビシィッ……


 核に刃が食い込み、細かなヒビが奔る。

 ロアの声に――核は光の破片となって弾け飛んだ。


 ちらちらと散るそれは美しく、〈島喰い〉の禍々しさなどどこにもない。

 金色の鳥籠、その格子に絡み付いていた白い腕たちもザアッと砂粒のように崩れて溶け消えていく。

『春告げ鳥』はリーヴァの腕をゆるりと掲げ……ほう、と息をついた。

 消えゆく〈島喰い〉からあふれる魔素のなんと甘美なことか。

「…………ご苦労であった……の。これで……リーヴァも解放、でき、よう……」

「『春告げ鳥』……ッ⁉」

 そう告げた瞬間、糸が切れたようにがくりと崩れ落ちたリーヴァの体を咄嗟にロアが受け止める。

 レントとガロンはその様子を見て駆け寄ったが――テトだけは唇を引き結び……静かに佇む金色の鳥籠を見回した。


******


 突如弾けて消えた眷属たちに、ただ風の吹き荒れる音が遺された。

 天空廊の上に呆然と佇む騎士たちは……僅かな時間、呼吸さえ忘れてしまう。

 暮れゆこうとする空は茜色に染まり始めており、彼らの瞳に美しい彩りを映した。


「あぁ……ロア団長。やったのですね……」

〈獣騎士団〉団長ロアの右腕、明るい灰色の髪と耳、そして大きな尾を持つカルトアが呟く。

 危なっかしくもあり、けれど明るく快活でどうしようもなく優しいロアなら、必ずやり遂げると信じていた。

 それでも……不安がなかったわけではない。きっと〈獣騎士団〉の誰もが同じ気持ちだったろう。

 だから――彼は槍を突き上げると……高らかに告げた。

「〈獣騎士団〉ッ! 我らの勝利だ!」


「ひゅー。さすがに危なかったねぇー」

 魔法を掻い潜られてしまえば〈魔導騎士団〉にとっては致命的だが、それをほかの騎士団が補ってくれたのは助かった。

 何度喰われると覚悟したかわからない、それほどの数の眷属は脅威以外のなにものでもなかった。

〈魔導騎士団〉副団長エルドラは……『メディウム』を振り仰いでから上空に向けて手を翳す。

「……照らせ――光翼こうよくッ! ……〈魔導騎士団〉はよくやったぞー」


「やりましたな、レント坊ちゃん……」

 歳のせいか、と……鬚をもそもそさせ目元を拭った〈闘騎士団〉団長レントの執事、シーフォはゆっくりと目を閉じた。

 前団長に仕え……最終的に主を失った彼を、レントは毎日励ましに来てくれた。

 聡明な、よい子だ。

 物語に憧れ、古くて新しい世界の話を何度もするその姿を……いつしか支えようと決めたのは間違いではなかった。

 シーフォは茜色に染まりつつある美しい空を仰ぎ見ると……パンパンッと手を叩いた。

「さあ、〈闘騎士団〉の皆さん。怪我人の手当を開始しましょうぞ!」


「や、やっぱり……ガロン団長は、すごい」

 中央塔を振り仰ぐフルムはそう呟くと、己の両手剣を掲げたあとで切っ先をくるりと回し、地面に突く敬礼をした。

 その後方で、なぜか〈鋼騎士団〉の騎士たちが追随したことに気付いて振り返るフルムに、彼らは一様に笑顔を向けている。

「…………な、なんです、か?」

 すると先頭にいた騎士がフルムに歩み寄り拳を突き出した。

「〈鋼騎士団〉の勝利をともに」

「…………」

 フルムは元々困ったような顔をさらに盛大にしかめ、意味がわからないという顔をする。

 ……けれど。たぶん、こうするのだ。あの〈獣騎士団〉団長がしたように。

「は……〈鋼騎士団〉の、勝利を…………と、ともに」

 フルムがそろりと出した小振りの籠手ガントレットに、笑みを深くした騎士の大きな籠手ガントレットがぶつけられた。


******

 

 膝を突いたロアの腕に支えられた『春告げ鳥』……その器であったリーヴァは瞼を下ろして眠っているようだった。

 それを覗き込むロアとレントは困惑を隠せない様子で、テトはぼうっとしたままずっと鳥籠を見上げている。

 ガロンは「ふー」と息を吐くと、ゆるりと立ち上がる。

「……おい、『春告げ鳥』。いるのだろう?」

「……えっ?」

 ぱっと視線を落として目を瞬くテトに、ガロンは頷いてみせる。

 わかっている、と。そう言いたげだった。

 ……すると、リーヴァの傍らに突如光が集まって……白い部屋をさらに白く染め上げる。

「――ああ、すまぬ。……魔素を喰うのに忙しくての。実体化を忘れておったわ」

「……え、ええッ⁉」

 跳び退いたのはレントであった。

 雲を紡いだような白く長い髪と金色の瞳、長い睫毛……その光から現れたのはリーヴァとよく似ているが少し大人びた少女……といった風貌の『なにか』だ。

「な、ど、どういうことですか……ま、まさか貴女が本物の『春告げ鳥』……?」

「ふ。今更なにをそんなに驚くことがある? 妾はリーヴァという器を借りていたにすぎない。……まさか本当に〈島喰い〉と同じ容姿だとでも思うていたか? それに、どうやらガロンとテトは気付いて・・・・おるぞ?」

 なにかを孕む妖艶な笑みと喉を「くくっ」と鳴らしてみせる姿は……なるほど『春告げ鳥』そのものだった。

「そ、それは……その、ですね……というか、気付いて?」

 レントは眉を寄せてガロンとテトを交互に見遣り……どういうことだと暗に訴える。

 テトはその瞬間、へなへなと座り込んだ。

「…………驚かさないでよ、『春告げ鳥』……君、もう……食べられちゃったんじゃないかって……」

 庇護欲を掻き立てられるほどに泣きそうな顔をして鳥籠を見上げる彼は……震える声で続ける。

「……だって君、この鳥籠が……この金色の格子が君の『本体』なんでしょう……? ガロンさんを助けてくれた金色の蔦だって――この鳥籠と同じものだった……避難所を太陽みたいに照らしているのも君の一部だ。僕たちに干渉できないのは〈島喰い〉に核の……君の居場所がバレるからなんでしょう? ……そうだよね」

「……⁉」

 目を瞠ったレントを横目に……一番置いてけぼりを喰らっているロアはただ瞼を瞬く。

『春告げ鳥』は楽しそうに笑うと……唇を開いた。

「約束だったの。……世界の理、それを教えてやろう」


◇◇◇


 その昔、気も遠くなるような昔のことじゃ。

 世界は海と呼ばれる果てしなく巨大な水溜まり・・・・に横たわる大きな陸地であった。

 人は繁栄を謳歌していたが、あるとき世界が牙を剥いた。

 天変地異があらゆる場所で起こり、多くの国があっという間に壊滅していったのじゃ。


 なにが原因か……誰にもわからぬ。


 世界の魔素を使いすぎたとか、もっと大きななにかの逆鱗に触れたとか、あらゆる噂が流れたものよ。

 そうして、妾たち人は決断を迫られての――妾たちの住まう場所、つまり大陸のまだ無事な場所を空に浮かばせることに決めた。

 体内に数多魔力を宿した類い希なる者……巫女と呼ばれる者たちが己を贄として大陸に根を張り……魔力を巡らせて飛ぶことにしたのだの。


 もうわかるであろう? ……妾は巫女のひとりじゃった。


 それはそれは複雑な魔法よ。互いが互いを核に……つまり妾の本体であるこの蔦のように変貌させていく方法で……妾たちは大陸へと根を張った。

 ところがの――魔法を練り上げられず失敗する巫女たちが出てしまったのじゃ……。

 彼ら、彼女らは――『なにか』になった。

 魔素を喰らい、核を喰らい、ただ大きくなるだけの禍々しい『なにか』……。

 そのせいで当然、大陸中に根を張りきることができなくての。

 妾たちは飛び立つ際に大陸を支えきれず、分断されてしまったのじゃ。


 それが『浮島』の始まり……そして〈島喰い〉の誕生よ。


◇◇◇


 ふう、と息を吐いた『春告げ鳥』はロアに支えられたリーヴァの前髪を優しい手つきでそっと払った。

「……リーヴァは妾の直系の子孫でな。器として申し分なかったのじゃ。……妾は〈島喰い〉を封じるために魔力をほとんど使ってしまい浮島を飛ばすだけで精一杯――実体化すら難しい状況にあった。……しかし封印が解かれるそのときにはお前たちに報せる必要があるし、避難所を解放せねばならぬ。意思疎通をはかるにはリーヴァの声帯を借りなければならなかった……」

「貴女は……人だったのですね……。〈島喰い〉も……。――そんな」

 レントはそう言うと割れた天窓から見える茜色に染まろうとする空を仰ぎ見た。

 自分たちを脅かすのであれば排除せねばならない、そう考えていた自分が恥ずかしくすら思う。

 彼女たちは――世界のためにその身すら捧げたのだ。

 ――それなのに、私は……。

『春告げ鳥』はそんなレントに向けて双眸を細めてみせた。

「そう気に病むこともないぞ、レントよ。正直なところ、お前に問われるまではまるで遠い思い出のようであったからの。言ったろう、久方振りにやる気になったと。……さて、ようやく本題じゃ。つまり妾が『世界の理』である」

「……は? どういうこと?」

 レントに代わって聞き返したテトに『春告げ鳥』は「くくっ」と喉を鳴らして笑った。

「いまや浮島群は妾の四肢そのもの……そこがいまのお前たちが生きる世界だからだ。そして当然、ほかにも生き残っている妾のような存在……『浮島群』があるはず。その統合こそが『世界を在るべき姿に戻す』ことにほかならないというわけだの」

「ほかにも……浮島群がある……」

 ロアはそう言うと『春告げ鳥』を見た。

「〈島喰い〉も……まだいるのか?」

「うむ、おそらくはな。遙か昔に飛び立った妾たちは崩れ落ちた大陸に〈島喰い〉の存在を察知した。そのため、まだそれらが不完全なうちにバラバラに進むことを選んだのじゃ……生き残るためにの。妾は南へと向かい『南十字サウスクロスト』を名乗ったが……そのときにいったいどのくらいの〈島喰い〉が生まれてしまったのかはわからずじまい。ほかの浮島群がどうしているかも不明というわけじゃな」

「そっか……でも、もしほかの浮島群に出逢えたら……俺たちの世界はもっと広くなるんだ」

 ロアが呟くと、レントが胸元で拳を突き合わせ、テトが悪そうな笑みを浮かべ、ガロンは左眼を縦に塞ぐ傷をなぞる。

〈島喰い〉を屠り世界の理を知ったいま、そのために戦うのなら臨むところだ。

 そのとき……ロアの腕のなかでリーヴァが身動いだ。

「……! リーヴァ、起きたのか?」

 咄嗟に呼びかけたロア。

 騎士団長たちが頭を突き合わせて彼女を覗き込むと、微かに瞼が震え……長い睫毛の影が揺らぐ。

 ゆるりと開かれた金の双眸に皆が映るのを……ロアは唇を噛んで見詰めた。

 リーヴァは柔らかく微笑むと、そっと口を開く。


「――ロア、おはよう」


 鈴の音のような心地よい音。

 リーヴァの唇から紡がれた名に、ロアは胸がいっぱいになる。

『春告げ鳥』が離れたいま、彼女は声を取り戻していたのだ。


「――おう、おはよう……リーヴァ……」


 涙がこぼれて、リーヴァの頬を跳ねる。

 ずっと近くで見守ってきた彼女の声をこうして聞ける日がくるなんて……。その思いが溢れて止まらなかった。

 その姿を見詰めてガロンが頬を緩めるのに、『春告げ鳥』が静かに頷く。

「――十年よく耐えてくれたの、リーヴァ。礼を言うぞ。……さて、世界の理は話したとおり。このあたりの魔素も〈島喰い〉が消えたことで増えたであろう、テト? ……妾も大量の魔素を喰うて満足しておるし、腹ごなしにあともうひとつの願いを叶えるとしようかの」

「……うん? 確かに魔素は増えたけど……まだなにかあったっけ……?」

 眉をひそめたテトに、ロアの助けで立ち上がったリーヴァが笑った。

「ロアの言っていた『南十字サウスクロストの民が安心して暮らせて飢えないだけの環境』がまだだよ、テト。……〈島喰い〉はね、ある意味で卵みたいなものだって『春告げ鳥』様が教えてくれたの」

「え? えぇと……どういうことですかリーヴァ……?」

 そういえば最初に〈島喰い〉を見たときにロアが「卵みたいだ」と言っていたなと思いつつ……困惑したレントが頬を掻く。

 リーヴァは『春告げ鳥』の隣に歩み寄ると、花が綻ぶように笑った。

「ふふ。きっと皆、驚くよ!」


 そして。その言葉は決して間違っていなかった。


『春告げ鳥』に誘われてひとつ下の階に移動した彼らは……ぐるりと窓が設けられたその場所から言われるがままに外を見る。

 遠くに見えるのは浮島『シルヴァ』。その右方向へと視線を移せば浮島『ラクス』が在るはずなのだが――。

「おい……あれはなんだ『春告げ鳥』……」

 残った右目を眇めたガロンが呆れた声を出す。

『春告げ鳥』は細い腕を組むと唇をへの字にした。

「ふぅむ。なに、か……。そうじゃな、浮島『モンス』でどうかの?」

「いやいやいや、さらっと言ったけどそうじゃないでしょ。なんで浮島が増えてんのさ⁉ 天空廊も繋がっているみたいだけど……」

 頭を抱えたテトにリーヴァがくすくすと笑う。

 ロアは窓から身を乗り出して左手で庇を作るとパタパタと尾を振った。

「すごいな……でっかい山の浮島だ……!」

「……まさか〈島喰い〉を倒すと浮島が増えるのですか?」

 レントがロアの隣で同じように身を乗り出すと『春告げ鳥』は肩を竦めた。

「前提は〈島喰い〉を倒すことだが、浮島を造るのは妾だの。条件は浮島を構築できるだけの魔素を内包している〈島喰い〉であること、どこに根を張る予定だった者かを読み取れること……といったところか。後者は封印するときにわかっておったし、魔素の量も予想できておったからの。……まあ、ただ……お前たちの島と違って妾が魔素を練り上げたものであるから、正直なところ、なにがいるのかはわからん」

「わ、わからない……のですか……?」

 肩越しに『春告げ鳥』を見て明るい橙色の瞳を瞬くレント。

 ロアはまだ尾を振りながら嬉しそうに言った。

「あそこなら猪が獲れそうだな! もしかしたら鹿もいるかも……そしたら皆に肉が振る舞えるし……そうだ、勝利の宴もしよう!」

「はっは、もう狩りにいく気でいるのか、ロア?」

 笑うガロンに、右足を引いて半身で振り返ったロアは大きく頷いた。

「おう! まずは浮島『モンス』を調べないとだな。……ああ、うずうずする。早く行きたいな――」


 すると……『春告げ鳥』は「くくっ」と喉を鳴らして高らかに謳った。


「さあ、では次の『お告げ』を聞くがよい。これから妾たちはほかの浮島群を捜しに動く。在るべき世界をともに見ようではないか? 妾が謳うのは生命いのちそのもの――騎士団長たちよ、まずはあの浮島を調査せよ!」


 ロアは床と並行に持ち上げた右腕で口元を隠し、レントは胸元で拳を突き合わせて軽く腰を折る。テトは手のひらで顔を隠す独特な姿勢を取り、ガロンは鋼の剣の切っ先を天から地へと返してコンと床を突く。


 リーヴァはそれを見て微笑むと……指先で裾を摘まんで優雅に礼をした。


 茜色の空に映ゆる新たな島を仰ぎ見て――彼らはなにを思うでしょう。

 私は――この広い空の下、彼らとともに踏み出しましょう――。


Fin

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春告げ鳥は生命を謳う ‐騎士団長′sの共闘戦譚- @kanade1122

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