緑のカメラ

篠崎 時博

第1話

 それは変哲もない、ただの中古のカメラだと思っていた。



 私こと坂本さかもと 黎子れいこはフリーのカメラマンをしている。


『あたし写真家になる!』

 夢は言葉にすると叶うというのは本当らしい。

 学生時代に宣言してから早十数年。言葉通り写真を撮る仕事にいた。

 先日、いつか夢を語ったあの子と同じ名前を偶然雑誌で見た。もし、あれが本人なら、今どんな生活を送っているんだろうか。


 仕事で知り合った旦那とは20代前半で結婚し、2人の子供に恵まれた。

 今は仕事も家庭も忙しく、まあ不満もそこそこあるが、それなりに充実している毎日を送っている。


 そんなとき、あのカメラに出会ったのだ。



 そのカメラはフリーマーケットで見つけた。


 節約のために安くものを手に入れたいのと、元々手作りのものを見るのが好きな私は、休みの日によくフリーマーケットに行く。

 今の時代、ネットでなんでも買えるけれど、作家の顔が見れたり、実際にモノを手にして見れる方が何となく安心する。


 その日も子供を連れて近くでやっているフリーマーケットにでかけていた。


 最初にカメラを見つけたのは息子のりつだった。

「ねぇねぇ」と指さした方向に見えたのは真緑のカメラだった。ボディーがプラスチックで軽く、手に取ったときはおもちゃかと思った。

 律はそのカメラを見るや否や気に入り、私にねだった。

 律は今5歳。私がカメラを常に扱っているからか、自分も欲しいと思ったらしい。

 趣味でもあった写真を早いうちに子供と楽しめるのは親としては嬉しい。それもあって私はそのカメラを買うことにした。


 買って数日後、それは起こった。

 夕食の支度をしていると、律が泣きながら私のところに来た。

 理由を聞くと「動かなくなっちゃった」と言った。どうやら娘の菜緒なおことらしい。

 動かなくなったとは一体何があったのだろう。まさか、目を離した好きにおもちゃを飲み込んだのではないか。


 慌ててリビングに向かった。


 目を疑った。

 動いていないのだ。息子の言葉通り、まるで電池が切れたロボットのように止まっている。瞬きもせず、口は開けたまま。手も固まったまま。

 駆け寄って名前を呼ぶ。

「なーちゃん、どうしたの?」

 びくともしない。

「……菜緒、なお!」

 数秒後。

「ママ?」

 菜緒は首を傾げながら不思議そうに私を見つめた。

「あぁ……。よかった、菜緒!」

 ぎゅっと抱きしめる。

 律もほっとしたのかさらに大泣きした。


 怪我はないか確認をし、少し落ち着いた頃に律に聞いた。


「何があったか教えてくれる?」


 あのね…と言って、見せたのは緑のカメラ。

「カメラがどうかしたの?」

「なおちゃん撮ったの。そしたら、動かなくなっちゃったの……」

「え……?」


 緑のカメラは私も一回触った。そのカメラはフィルムカメラだった。ショップに行ってフィルムを買い、帰宅後適当に撮りながら、私は2人に使い方を教えた。


 シャッターボタンを押せば撮れること、落とさないこと。そうして実際に庭で育てている花、菜緒が大事にしている熊のぬいぐるみなど身近なものを2人に撮らせた。

 けれどそのときはなんともなかった。……はず。


 私は律からカメラを受け取り、写真を撮った。まずは部屋を。


 特に変わった様子はない。


 次に律を撮った。私がとっさに構えるとピースサインをしてくれた。我ながらなんて可愛い息子だろう。


 しかし撮った後も律はピースサインをやめない。

「律?もういいよ」

 声をかけるも律は固まったままだ。

「律……?」

 少し前の出来事が蘇る。

 今度は律が止まってしまったのだ。

「律?りつ??」

 名前を何度も呼び、体を揺すった。

 暫く経ったあと、律は戻った。

「なにー?」

 止まっていたことを全く覚えていない様子だった。



 あぁ……。

 私は、私はなんてものを手に入れてしまったのだろう。


 撮ったものの時が止まるカメラなんて!

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