ささやかな、本当にささやかなラブストーリー

M.FUKUSHIMA

第1話 忘れない日

「彼女、先輩のこと本当に好きみたいですよ」

 そう言ったのは職場の後輩だ。今日はたまたま一緒に昼食をとっている。『彼女』というのは、去年入ったばかりの女の子だ。確か6つくらい年下だと思う。うすうす気づいてはいた。

「机の上に、先輩の写真置いてるんですよ」

「俺、そういうの苦手なんだよ」

 と返して話はそれきりになった。「そういうの苦手」というのも事実だが、実のところ、想ってくれる女性の存在は複数気づいていた。そういう中で、ただ現状、彼女も含めて特別な存在はいなかった。また、それぞれからのアプローチがあるわけでもなく放置プレイ。こちらとしてはかえって、それぞれの人に気兼ねばかり育っていた。

 一度、職場に誰もいなかったときに彼女の机を見てみた。あったのはちゃんとした写真ではなかった。俺が労働組合の行事に動員されていった行事が、組合の新聞に取り上げられたときのもので、特に俺を狙ったものではない、写りもよくない写真だった。だからこそ、彼女の気持ちにぐっと来たという面は確かにある。

 その後ちょっとした出来事があって、俺は彼女に腹をたてた。正直、彼女への態度が冷たくなっていた。

 しかしまあ、いつまでも腹を立てても大人げない。しばらくして、たまたま職場の周りが渋滞になって、大勢の人間が遅刻ぎりぎりになってしまった時に、俺の後に彼女がいるのをみつけて、彼女の分もタイムカードを記録して、渡してあげた。それからは前の通りに振舞ってあげようと思っていた。

 確か、ほとんど次の休みの時だったと思う。家に電話がかかって来た。彼女が事故で亡くなったと。その時なぜか、真っ先に

「誰といたんですか?」

 と聞いた覚えがある。一人でだった。同じ職場の同じチームの仲間とバーベキューをした帰りに、原付バイクで事故ったとのことだった。別に飲酒していたわけではなかった。あまりにも急な出来事だったので、受け入れるのは難しかった。だが、いろいろ考えた。「慣れているはずの道なのになぜ事故ったのか?」「ひょっとして当て逃げとかではないか?」とか。一番考えたくなかったけど、考えてしまったのは、「俺が仲直りしようとしたことが彼女の気持ちを動かして、却って事故の原因になってしまったのではないか?」ということだ。

 翌日は仕事があった。職場に近づくと、職場自体が物理的に他より暗くなっているかのように見えた。

 葬式は遺族の意向で出られなかった。本当に仲のよかった友達だけ許されたらしい。その時、葬式って生きている人間のためにあるのだと思った。なんというか、「区切り」が付けられなかったように思う。

 それからの話は断片的だ。俺は何回か事故現場やお墓には行った。彼女のことを思い出して号泣したこともある。別の職場に異動にあった後、無責任に彼女の遺体の様子を言った人間がいて、不快に思ったこともある。

 当時同じ職場だった人に

「彼女が生きていたら結婚していたかもな」

 と言われたとき、

「そうですね」

 としか答えられなかった。

 だいぶたってから、ある人が彼女が死んだ話をして、

「(彼女には)婚約者もいたのにね~」

 と言われたことがあって、俺のことに尾ひれがついたのか?それとも、いつの間にか見限られていたのか?と複雑な気持ちになったことがあった。

 結構最近、趣味で訪れたところが、たまたま例の写真の組合で動員された場所であることを思い出して、悲しみが込み上げてきた。まだ、トラウマだったんだなと改めて思った。

 今でもまだ、彼女の命日は「忘れない日」として、PCの片隅に保存してある。

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