掌編小説・『愛妻家~竜人の贈り物~』
夢美瑠瑠
掌編小説・『愛妻家~竜人の贈り物~』
(これは、昨日の「愛妻家の日」にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『愛妻家~竜人の贈り物~』
ユジンとチキは竜人族の夫婦でした。
竜人というのはファンタジーワールドではお馴染みの、浅黒いヌメヌメとした肌をした背の高い美男美女の半人半獣の種族で、平時はヒューマノイドですが、危急の折には巨大な竜に変身するという、あやかしと幻想の産物の生き物のことです。
ユジンもチキも「貴人」というか、万世一系の竜王の直系の王族だったので、家柄も財産も申しぶんなく、皆から尊敬されて幸福に暮らしていました。
ただ、「性の不一致」というのか、互いの性的嗜好の齟齬にだけ悩んでいました。
精神的には尊敬しあい、深く結びついて、容姿とか、性格とか、知的なレベルやら趣味の傾向なども好一対でしたが、「パートナーに要求するセックスの要素」には深い亀裂があったのです。
つまり、二人とも美貌で、ナルシスティックで芸術的な志向が強く、そのためかかなりの同性愛傾向が強かったのです。
裕福なので愛人を持つこともたやすく、雄性のユジンはBLを好み、セクシャルな年下の美少年の愛人を持っていました。
雌性のチキは年上の、サッフォーの末裔のやはり極めて性的な魅力に長けた、なまめかしい人妻と百合の関係の浮気をしていました。
二人のように愛人たちには深い学問的な造詣や教養、芸術的センスはなく、だからもちろん浮気と言っても肉体の関係だけだったのですが、二人ともに性格が誠実で、「やはり夫婦は心身ともに合一できなくては…」というプラトニックなベターハーフという理想論を信奉していたのでそれぞれに悩みました。
「ああ、ユジン、貴方の太腿の合わせ目にこんな無粋なものがなかったらいいのに…」
「本当だよ。僕のこれを君に上げたいくらいだ。そうして思う存分に身も心もとろけ合うようにひとつになれたらいいのに…」
ふたりは夜な夜なベッドで睦み合いながら、ないものねだり、ある物忌み、に互いの肉体を呪詛しあうのでした。
人間社会で言うクリスマス、龍の皇帝の二億歳の誕生日を祝う「龍節」が近づいてきました。
龍の皇帝というのは突然変異体で、不老不死で、永遠の若さと権力を持った万世一系というか”万世一体”の現人神ならぬ現龍神でした。
しかし善政を布いたので、龍の国は長く「恒久平和」状態だったのです。
その天下泰平の世で、しかし王族と言ってもただの市民である二人は自分たちの悩みや、自分たちの、それぞれの伴侶へのプレゼントのみに心を悩ます、というむしろ幸福な状態で「クリスマス」を迎えていました。
「もう、プレゼント決めた?」
「ああ、決めたさ。チキがびっくりするくらいに素晴らしいプレゼントをおもいついたぞ!」
「私もよ。ユジンでもこんな素敵なプレゼントはちょっと思いつかないでしょうよ。ウフッ」
「クリスマス」の前には「龍卵季」という里帰り休暇があるのが習わしで、田舎のある人は田舎に帰りました。チキも40日間故郷の山深い温泉地に帰省しました。ここは龍の皇帝の伝説的な生誕地で、都からは格好の行楽地、保養地、リゾートになっていました。ユジンとチキも実は遠縁にあたるのですが、龍の国では血族結婚は禁忌(タブー)ではありませんでした。むしろ龍の純正で稀少で剛毅な血が純化されることをこそ尊ぶ気風がありました
そうして龍節の日が来て、ロマンチックに小雪の舞い散る中、チキの乗った豪華な駕篭(かご)が、ユジンの屋敷の前で止まりました。
「おかえり、チキ!」
「ただいま!ユジン」
二人とも貴人であるのでヴェールで顔を隠し、再会の抱擁をしました。
「どんなにかああなたに逢って、プレゼントを見せたかったことか!」
「僕もだよ。チキ!」
…部屋に入ると、チキは”プレゼント”のヴェールを厳かに取り去りました。
なんと!プレゼントはチキ自身でした。顔の覆いを取り去ったチキは匂いやかな美青年に変わっていたのです!
「どう??私、胸に生えた金色の柔毛(にこげ)を剃って、で、男になったのよ!これでもうあなたと晴れて身も心も結びついて…」
爬虫類の性差、ジェンダーというのはたやすく転換します。竜人の場合は雌体が、生まれつきに胸にあって乳房のように見える”金色の柔毛”を剃ると、ほどなくして雄体に変化するのです。そうして雄は鼻先にある”黒い角”を折るとこれも程なくして雌体に変化するのです。
「ええっ?チキ、君は何という…」ユジンは絶句しました。そうして後ろを向いてヴェールを取りました。
「どうして?何がいけないの?ユジン、貴方のために私は…」
「これを見ろ」
ヴェールを取ったユジンがこちらを向くと、黒檀のような鼻先の角が消えていました。そうしてああ、なんということでしょう!ユジンも、匂い立つばかりの優雅な美女に変貌していたのです!
この上なく幸福で、この上なく悲痛な運命の元に置かれた夫婦は抱き合ってよよと泣き崩れました。
男と女になってちょうどいいじゃないかって?いえいえこの二人の場合は違うのです。
二人ともに同性愛者で、お互いにあくまでも「同性」としてお互いを求めていて、それはお互いが寝物語を語り尽くす中で十分分かっていたことだったのです。
(なんと性と愛とはややこしいものでしょう!)
クリスマスの夜、それぞれは互いへの愛情のために自らの性同一性を捨てて、いわば一番大切な自分自身をお互いへの贈り物として捧げたのでした。そしてそれが空振りに終わった…
この物語を「皮肉」と片付けるのはたやすいでしょう。
しかし、大昔にもこうした自己犠牲の、尊い愛の物語を「賢者の贈り物」と題して、いまでも語り継がれる名高い掌編小説を残した、O・ヘンリーという大小説家がいたということを付言しておきます。
<了>
掌編小説・『愛妻家~竜人の贈り物~』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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