第6話 雨

 雨が降ろうが槍が降ろうが任務はほぼ毎日行われる。そんな三人の最も嫌いな時期がやってきた。梅雨である。雨は視界が悪くなりやすく、滑りやすい。傘をさせば当然、視野も狭くなってしまう。そのためこの時期になると三人は、いつも建物の中に入ってキラーの捜索を進めるのだ。

 朝、登校する梅香を見送ったベテルギウスは空きビルに入るとその最上階から辺りを見渡した。この近辺は空き家が多く、人通りも少ない。自慢の視力を活かして遠くまで見渡すも、キラーの姿は見えない。三人で何ヶ所か巡るも、キラーは一向に姿を現さなかった。


「ちっ、いつも後手にまわってるようじゃあ捕まえらんないってのによ」


 そうぼやくベテルギウス。すると、通信機からプロキオンの声が聞こえた。


「あんまり苛立つのはよくないよ。ほんとベテルギウスはキラーのことになると殺気立つんだから」

「ほっとけ。つか他人の独り言聞くなよ」

「聞こえるのー」


 任務中に何があっても良いように、基本的に通信機はオンの状態にある。イライラしているベテルギウスをお構いなしに捜索を続けるシリウスはふと、ある人影が目に止まった。雨の中、傘もささずに街を歩く一人の男性……いや、少年らしくもある。


「あれが……キラーか?」

「何! どこだ!」


 シリウスの言葉にベテルギウスがすぐに反応した。シリウスはその男をじっと見つめる。キラーのトレードマークである黒いスカーフを頭に巻きつけている。あれがキラーで間違いないはずなのだが……。シリウスは何かいつもと違う雰囲気を感じ取っていた。


「おい、シリウス! どこにいんだよキラーは!」


 シリウスがハッとして場所を報告しようとするが、もうすでにその男の姿は見えなくなってしまった。


「……エリアBにいたんだけど……消えてしまったみたいだ」

「はぁ!? 何やってんだよ! オレは今から追うからな!」

「ちょっとベテルギウス〜、これから梅香ちゃんのお迎えでしょ。あとはボクたちに任せなよ」


 プロキオンに言われ、ベテルギウスは腕時計を確認する。あっという間に午後四時を過ぎていた。目の前に迫っているのにキラーを捕まえられないことに、ベテルギウスは苛立ちを隠せない。


「……ちっ、クソが」


 そう吐き捨てたベテルギウスはピストルを胸ポケットにしまうと、建物から出た。雨はまだ降っている。ベテルギウスは傘をさしながら梅香の学校まで歩いた。


「最近すごく苛立ってるね、ベテルギウス」

「まあ、彼は元々他人と接するのが好きじゃないからね。それなのに梅香ちゃんのボディーガードでベテのストレスは相当溜まっているだろうし、目の敵にしているキラーを目の前で逃したとなれば……ね」

「シリウスはどうしてすぐに言わなかったの?」

「それは……」


 プロキオンにそう言われたシリウスは考え込む。シリウスの中で何かが引っかかったのは事実だが、それがなんなのかあまり理解出来ていない。ようやく浮かんだ答えは……。


「キラーって……子ども……?」


✳︎


「……あのな、お前」


 雨の中、校門の前でにこにこ笑う梅香に、冬夜は深くため息をついた。その理由をわかっていないようなので、冬夜は呆れながら指摘する。


「……なんで傘さしてないんだよ」


 梅香は手元を見る。手には鞄しか持っっていない。そして梅香はずぶ濡れである。


「あれ、あたしの傘どこ?」

「いや知るかよ!」

「も、戻って取ってきます!」


 走って学校に戻っていく梅香の背中を見つめながら、冬夜はもう一度深くため息をついた。

 数分後、傘をさしながら戻ってきた梅香の姿を見た冬夜は頭を抱える。


「お前なぁ……なんで靴まで履き替えてんだよ!」


 梅香は足元を見る。ローファーを履いていたはずが、気づけば上履きに変わっていた。固まる梅香。


「……ふぇ?」

「ふぇ? じゃねぇよ! さっさと戻って履き替えてこい!」

「は、はい!」


 梅香は急いでまた学校に戻っていった。冬夜は思わず天を仰ぐ。


「コントしてる場合かよ」


✳︎


 二人は傘をさしながら横並びで歩く。街からはずれ、人通りが少なくなってきたところで梅香が口を開いた。


「キラーって人は犯罪者だってこの間言ってましたけど、どんな罪なんですか? やっぱり、殺人……ですか?」


 少し睨むような顔を見せた冬夜に、梅香は慌てて言った。


「や、なんかういう組織に狙われるほどの罪って言われたらやっぱり殺人なのかなぁ、なんて……」


 冬夜は傘で顔を隠す。


「そうだよ。あいつは……オレの両親を殺した」


 梅香の足が止まる。振り向き見せた冬夜の顔は少し冷徹さを感じさせた。


「オレの両親はいわゆる毒親だった。酒とタバコに溺れ、虐待する酷い親だった。だから両親が殺された時はとくに何も感じなかったよ。『あ、ようやく解放されたんだ』って清々しさまで思えたさ」


 冬夜は苦笑いを浮かべた。そんな冬夜の様子に胸を痛める梅香。冬夜は静かに歩き出した。梅香はその少し後ろをついていく。

 そんな二人の会話を通信機越しに建物の中から聞いていたプロキオンは、通信機を切るとシリウスに静かに言った。


「何も感じなかったら、キラーに対してあんなに殺気立たないよね……」

「……」


 シリウスはただ無言で通信機を切った。

 梅香を家まで見送った冬夜。冬夜がいつものように元きた道を戻っていくのを見送ると、梅香も家に入る。梅香はずぶ濡れになった服を脱いでお風呂に入った。湯船に浸かりながらぼうっと考える。


「親が死んだのに……悲しくないなんて……」


 梅香は母親が亡くなった時のことを思い出す。悲しくてずっと泣いていたのに。なんだか少しがっかりしたような気になる。


──チャポン


 梅香は静かにお湯の中に潜った。しばらくして顔をあげた梅香は息を切らしながら言う。


「……くるし」

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