これから先も、ずっと

※短編の別作品と名前が被っておりましたので変更しています。確認不足で申し訳ございません。


 大人で、いつも余裕があってかっこいい彼女を喜ばせたい。その一心で行動してしまったけれど、彼女が帰ってくるであろう時間が迫ってくると急に恥ずかしくなってきた。

 うわー、みたいな反応をされたら立ち直れないし、やっぱり着替えようと決めたところで、鍵を開ける音と玄関のドアが開く音がした。帰ってくるまでもう少しあると思っていたのに……


 今日も遅くなるから先に寝ててね、とお昼頃にメッセージをもらったけれど、明日は休みだし何時まででも待つという気持ちでいた。

 早く帰ってきてくれて嬉しいのに、予想より帰りが早くて頭が真っ白になった。

 とにかく、早く着替えなくては……!


 急いで寝室に移動して、服に手をかけて気がついた。ここにいたらダメじゃない? クローゼットは共用で上着を置きにくるだろうし、部屋着にも着替えたいだろうし。

 寝室にたどり着くまでに着替え終わるなんて到底無理で、どう言い訳をしよう、ということで頭がいっぱい。


「千穂? 電気ついてるけど……起きて……ちほ?」

「……っ、雪乃さん、おかえりなさい」


 慌てすぎていて、リビングの電気はつけっぱなしだったし、開けっ放しだったドアの向こうに、目を見開く彼女の姿。あぁ、終わった……


「あの、これは、その……違くて……」

「かわいい。こんなに可愛い格好して、どうしたの?」


 雪乃さんを見られずに下を向いてしまったけれど、嬉しそうな声に顔をあげれば、優しく笑う表情が目に入って、ほっとした。喜んでくれてるかない……?


「雪乃さんが前に制服姿を見たいって言っていたので、実家から持ってきたんです。あの、幻滅したりとか、ないですか……?」

「そんなわけない。嬉しいよ。可愛い千穂をちゃんと見せて?」


 見つめてくる視線が熱くて恥ずかしさが増す。反応が良くて安心したけど、やっぱりやめておけば良かった。恥ずかしすぎる……


「……っ、向こうで着替えてきます」

「だめ。ほら、おいで? ふふ、かわいいね」


 甘い声で呼ぶ雪乃さんに誘われるように抱きつけば、いい子、と頭を撫でてくれた。


「着替えてもいいですか?」


 しばらく抱きしめてもらって、腕の中で問いかければ、んー、と悩む声がする。


「私のために着てくれたんでしょ?」

「……はい」

「かわいい千穂をもっと見せて」


 その声に私が弱いことを分かっていて使うんだからずるい。


 リビングに移動して、ソファに座ってお酒を飲んでいる雪乃さんの手は私の腰に回されている。

 グラスを持つ手、お酒を飲む仕草、甘く見つめてくれる瞳、つややかな唇、雪乃さんの全てにずっとドキドキしている。


「ちほ、どうしたの?」

「雪乃さんが好きすぎて……苦しくて」


 甘い声で尋ねてくる雪乃さんは、きっと全部分かってる。追いかけてやっと捕まってくれた大好きな人。雪乃さんから見れば私なんてまだまだ子供なんだろうけど、大好きな気持ちなら誰にも負けない。


「ふふ。かーわい。私も好きだよ」


 柔らかく微笑んでいるけれど、その瞳には確かな熱が感じられて。雪乃さんもドキドキしてくれたらいいな。

 頬に手が添えられて、親指で唇を撫でられる。雪乃さんに触れられたところが熱くて、縋るように見つめればすうっと目が細められた。

 大人で優しい雪乃さんが見せる、確かな欲。この表情がどうしようもなく好き。

 隠しているものを、もっと見せてくれたらいいのに。きっとまだ、雪乃さんの壁はあって。それを壊すにはまだ足りない。


 ソファに押し倒されながら、この手が触れる人はもう私だけがいい、と強く願う。柔らかいソファなのに、頭の後ろに添えられた手も、気遣う視線も、大人の余裕が感じられてちょっと嫉妬。キスも、それ以上も慣れている雪乃さんだけれど、これからは私だけって言ってくれたから。

 雪乃さんの隣にいられるならなんだってできるから、絶対によそ見なんてしないでくださいね。


 *****


 歳下の彼女を前にすると、歳上の余裕なんてなくなってしまう。いつだって、真っ直ぐな千穂に翻弄されて心乱される。


 10年ほど勤めた拠点での最終出社日に、挨拶しかしたことがなかった他部署の私の席に来て、思い詰めたような顔でお時間ありますか、と聞いてきた千穂を昨日の事のように思い出す。

 歳の差だったり、千穂の幸せだったり、色々考えて踏み出せなかった私に痺れを切らし、実力行使に出てきたのも記憶に新しい。


 そして、今も。

 目の前には制服を着た千穂がいて。これを着ていたのは5、6年前くらいかな? こんな可愛い姿で毎日過ごしていたなんて。この時に出会いたかったな、とも思うけれど、こうやって見せてくれた千穂が何より可愛いから、これ以上のことなんてない。それにしても、生足はだめでしょ、生足は……


 一緒にいた時につい言葉にしてしまったことをちゃんと覚えていて、行動に移してくれた千穂にどうしようもなく惹かれるし、なんならこのまま後ろのベッドに押し倒してじっくり堪能したい。誘ってくれているなら全力で乗っかるけど、千穂の様子を見るとそういうわけでもなさそう。

 きっと、勢いのまま着替えてみたけれど恥ずかしくなって、脱ごうとしていたら帰ってきた、というところかな。

 いつもよりちょっと帰ってこられたのが早かったし。


 恥ずかしそうに制服の裾を握りしめて、俯いている千穂が可愛すぎて、千穂が下を向いていてくれて良かったと心底思った。こんな余裕のない顔、見せられない。


 恥ずかしがる千穂をなだめてリビングに移動して、晩酌に付き合ってもらう。千穂は弱いから少しだけ。

 逃がさないように腰を抱いて、至福の時間を過ごす。転勤と同時に管理職になり、給与面等の待遇はものすごく良くなったけれど、出張は多いし、休日だって何かあれば呼び出される。文句ひとつ言わずに見送ってくれる千穂にどれだけ感謝しても足りないくらい。


 明日は何も無く、千穂とゆっくり過ごせたらいいな、とお酒を流し込めば、視線を感じた。


「ちほ、どうしたの?」

「雪乃さんが好きすぎて……苦しくて」


 かっっわいー。危ない。理性がどっかに飛んでいくかと思った。そんなに潤んだ瞳で、ストレートな言葉を言うなんて。計算じゃない、真っ直ぐな言葉に心を揺さぶられる。


「ふふ。かーわい。私も好きだよ」


 ちゃんと、千穂が好きな落ち着いた大人を演じられているだろうか? 

 怯えさせないように、触れられることを嫌いにならないように、優しく触れる。少しでも嫌がる素振りが見えたら、止められるように。

 千穂のことを大切にする。この気持ちは、付き合うことを決めた時から変わらない。

 これから先も、ずっと。

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