好みのイケメンが女の子だった

 2021年 02月18日に別サイトで投稿済みのものを加筆修正しています。



「ーっ?! あったまいたぁ……ここどこ?」


 目が覚めると見覚えのない部屋のベッドの上。そして記憶はないし、下着姿。

 身体に違和感はないけれど、これはあれかな? もしかして知らない男と寝ちゃったパターン?


 ベッドの下に落ちていた服を身につけ終わった所で、部屋がノックされて、入ってきたのは、昨日バーで働いている所を目の保養だわーと密かに見つめていたイケメン。


はやてさん。起きたんですね」

「えっと……バーで働いてた子? なんで……?」


 昨日の私はしっかり名乗っていたらしい。しかも名前呼び。男の子にしては少し高めだけれど、聞いていて心地がいい声。


「篠山 あきって言います。昨日颯さんが飲んでたバー、叔父の店でたまに手伝ってるんです。うち、バーから近くて」

「もしかして私潰れた……?」

「はい」


 昨日は仕事で嫌なことがあって、一人で飲んでたんだった。イケメンも居るし、バーの雰囲気も良くてペースが早くなってた気がする。


「かなり酔ってて、帰らないって言ってたので連れてきました」

「それはご迷惑をお掛けして申し訳ないです。あの、服は……?」

「勢いよく自分で脱いでましたよ」

「うっわぁ……重ね重ね申し訳ない……」


 苦笑しながら言われて、ますます申し訳ない……ダメな大人でごめんなさい。


「どこまで覚えてますか?」

「えっと、途中から記憶が……」


 あんまり、というよりどうしてここに来ることになったのか、全く覚えていない。昨日の私はどれくらい飲んだんだか……


「颯さん、綺麗なんですから気をつけてくださいね?」

「え……気をつけます」


 サラっと綺麗、なんて慣れてるなぁ。


「今日はお休みですよね? 朝ごはん作ったので良ければ食べていってください」

「え、そんな朝ごはんまで申し訳な……ぐぅー」


 私のお腹、ちょっと空気読もう?


「あはは、起きてこられますか?」

「……はい」


 もう昨日の夜から情けない姿を見せているだろうから今更だけれど、情けなすぎて落ち込む。26歳にもなって酔いつぶれて初対面の人の家に泊めてもらうなんて初めてだし。この子、絶対歳下だよね……


「うわ、美味しい……!」

「良かった。沢山食べてくださいね」


 お店で出せるんじゃないか、という程綺麗に盛り付けられた朝ごはんは胃に優しいものばかりでとても美味しくて、普段コンビニ弁当やカップラーメンが多い私の胃袋はがっちり掴まれた。


「こんなに美味しいご飯が食べられる恋人は幸せだねぇ」

「居ないですけど、そうですかね」


 まだ性格は分からないけれど、酔っぱらいの世話をして朝ごはんまで作ってくれて、食べる様子をニコニコ眺めてくるイケメン。

 こんな風に見つめられたら勘違いする女の子が続出するんじゃなかろうか。いい大人な私は勘違いなんてしないけど。


 今は恋人が居ないらしいけど、きっとモテるに違いない。


「ご馳走様でした。本っ当に美味しかった! ありがとう。せめて洗い物はさせてください……!」

「え、置いておいてくれたらいいですよ」


 ほんとこれくらいは、と洗い物をして、後で必ずお礼をしようと心に決める。連絡先を聞くのはきっと迷惑だろうな。昨日のバーに行けばまた会うこともあるだろうし、最悪叔父さんに預けてもいいかもしれない。


「本当にご迷惑をお掛けしました。このお礼は必ず。バーはどのくらいの頻度で手伝ってるんですか?」

「いえいえ。お気になさらず。バーは月に数回程度ですかね」


 月に数回だと、会うのは難しいかもしれない。やっぱり預けておくしかないかな。


「あ、そうだ。お礼の代わりと言ってはなんですが、今度ライブで歌うんですけど、見に来て貰えませんか?」


 ライブ? バンドでも組んでるのかな? そんな事でいいのなら全然行く。チケット売るのだって大変だよね。


「え、凄い! 歌ってるんですね」

「はい。ちょうど来週の土曜日にライブなんですけど、お休みですか?」


 休みを取らないとかな、と思ったらちょうど休みの日。しかも予定もない。友達は家庭がある子が多いし、彼氏がいる訳でもないから大抵予定なんてないけれど。


「土曜日は休みですし行きますよ」

「本当ですか? 嬉しい」


 いい声だし、このルックスだし人気あるんじゃないかな。


「これ、チケットです」

「ありがとうございます。いくらですか?」

「来てください、ってお願いしてるんですし貰ってください」


 え、お礼をする立場なのにライブに誘ってもらって、チケットまで……私が見に行くことがお礼の代わり、だなんて私に得がありすぎる。


「ありがとう。えっと、篠山さんは……」

「秋って呼んでください。歳下ですし、呼び捨てで。敬語もなしで」

「え? 秋?」

「はい」


 うわ、可愛い。嬉しそうに目を細めて笑う顔が可愛くてキュンとする。そしてやっぱり歳下だよね。


「秋は学生?」

「はい。大学生です」


 大学生か。成人してるのかな?


「いくつ?」

「来週土曜日に20歳になります」


 うわ、6個も下。私が20歳の時にまだ中学生。なんかもう犯罪臭が酷い。

 いや、もう成人するわけだしセーフ……って付き合うわけでもないのに何を考えているのか。秋にだって選ぶ権利があるよね。


「わ、おめでとう! 誕生日にライブするんだね」

「はい。実はうちのバンドのワンマンライブで」


 どのくらいの規模でやるのか分からないけれど、やっぱり人気あるんだ。泊まった、なんて知られたらファンに怒られちゃうかな。せっかくの休みに居座られたら迷惑だろうし、早く帰らないと。


「ライブ、楽しみにしてるね」

「はい。きっと楽しませてみせます」


 玄関まで見送りに来てくれて、自信ありげに笑う姿がかっこいい。プレゼント用意しなきゃ。若い子って何が欲しいのかな?


「あ、颯さん、連絡先教えてください!」

「え……」

「嫌ですか?」


 まさか秋から聞かれるなんて、という戸惑いを嫌だと勘違いしたのか、一気にしゅんとした。

 歳下のイケメンがしゅんとすると母性本能がくすぐられてやばい。ねだられたらなんでも買ってあげちゃいそう。


「いや、全然。交換しよう」

「やった! 颯さんの連絡先ゲット! 連絡しますね!」


 スマホを見て無邪気に喜ぶ姿にこっちまで嬉しくなる。歳下にハマる人の気持ちがわかった気がした。



 秋からはマメに連絡が来て、風景の写真や野良猫の写真、食べたご飯の写真などが送られてくる。

 1度秋の写真が送られてきたと思ったらバンドメンバーに勝手に送られたらしく、すぐに消すように、と言われたけどちゃんと保存してある。

 交換条件に私の写真を要求されたけれど、じょうだんだろうな、とスルーしておいた。

 なんで返事くれないの、って拗ねられたのは予想外だったけれど。



 ライブ当日、教えてもらったライブハウスは思ったよりも広いところで、早めに着いたのにもう沢山の人がバンドメンバーのことを待っていた。こんなに広いところで歌うんだ……女の子が多いのかな、なんて勝手に思っていたけれど、男性もかなり多い。


 開始時間になって、バンドメンバーが出てくるとすごい歓声。まだ出てきただけなのに泣いてる子も居る。凄いな。芸能人並み。

 女子が3人に男子が2人の5人グループみたいだね。


「皆さんごんばんはー。今日は来ていただきありがとうございます! さて、今日はなんの日でしょう?」

「「「誕生日ー!」」」

「そう。今日は私の20歳の誕生日です! 祝ってくださいっ!」

「「「おめでとー!」」」

「ありがとうー!!」


 ファンとの一体感が凄い。今日の秋はステージメイクって言うのかな? をしていて髪をセットしているから随分雰囲気が違う。


「20歳になったので、なんと、お酒が飲めるんですよ。やったー!」


 この前も思ったけれど、無邪気で可愛いな。


「可愛いー!」

「一緒に飲もうー!」

「秋ちゃん女の子なんだから気をつけてねー!」


 ……ん? 女の子?? バーでは君付けで呼ばれてたし、一人称も"ぼく"だったから、てっきり男の子だと思ってた。言われてみれば確かに華奢だよね。胸は……うん。個人差があるからね。そっか、女の子なんだ。


「一緒に飲みましょー! 今飲んだらきっと声出なくなっちゃうので、歌い終わるまでは飲まないですけど。女の子なんだから? いやいや、男性だって危ないですからね? 女性も男性も潰れるまで飲んだりしちゃダメですからね!」


 うわ、なんか目が合った気がする。私に言ってたりする……? 見えてるのかな?


「秋はお酒弱そうだよなー。素面でも煩いのに飲んだらもっと煩そう……」

「聖奈さんひどっ!」


 せいな? 秋ともう一人、男の子だと思った人も女の子らしい。金髪ショートでこっちの子もイケメンだから男の子かと思ってた。


「これでうちのメンバーは全員成人したね。これで気兼ねなく飲めるようになるわ」

「気兼ね……? あれで気兼ねしてたとか嘘だ……」

「あはは、秋はいっつも絡まれてるもんね」

「秋はあんな大人にならないでね」


 秋が1番歳下みたいで、お姉さんたちに可愛がられてるんだなってよく分かる。


 歌っている秋はキラキラしていて、部屋でリラックスしていた秋とはまるで別人だった。1日しか一緒にいなかったのに何を知ってるんだ、って感じだけど。

 ライブが終わって、ファンとの交流をしている秋には声をかけずに帰ることにする。明日も仕事だし、若い子たちに混ざってきゃあきゃあ騒ぐ元気はない。


「颯さん、待って!」

「……秋??」


 ライブハウスを出ようとしたところで、息を切らせた秋が追いついてきた。


「帰っちゃうんですか?」

「あ、うん。若い子に混ざる元気はなくて。あ、誕生日おめでとう。気に入るか分からないけど、プレゼント預けてあるから後で受け取ってね」

「え、わざわざすみません。ありがとうございます」


 お礼分も上乗せして、ちょっと奮発したから気に入ってくれたらいいけれど。


「颯さん、少し話せますか?」


 息を整えながら、どこか必死そうに見つめてくる。秋の方が背が高いから自然と見上げる形になる。フェイスラインがすごく綺麗。


「あ、うん。別に平気だけど、皆待ってるんじゃない?」

「大丈夫です。好きな人を追いかけたい、って言ったら行ってこい、って」


 ……ん? 好きな人?


「颯さん、好きです。一目惚れでした」

「え?? 秋、正気?」

「正気ですよ。颯さんは酔っ払って覚えてないと思いますけど、私の事すごく褒めてくれて。それが凄く嬉しくて。もうすぐ20歳になるのにこのままでいいのかって不安だって零したら、生きてるだけで偉いんだよ、って優しい目で言ってくれて。その眼差しに凄くドキドキして……」


 そんなに褒めたの? ウザ絡みされただけなんじゃない?

 仮にそうだとしても、褒められ慣れてるだろうし、初対面で酔い潰れて迷惑かけた女に一目惚れだなんてなかなか特殊な性癖をお持ちで……


「付き合って貰えませんか?」

「……ごめん」

「私が女だからですか?」

「……そうだね」


 今まで女の子をそういう目で見たことは無い。秋のことは男の子だと思ってたから有りだな、と思ってたのは否定しないけど。

 秋は俯いてしまったけれど、少しすると強い目で見つめてくる。


「今は私の事恋愛対象に見られないかもしれないですけど、諦めたくないです。私の恋人は幸せだね、って言って貰えた時、自然と颯さんが浮かんで。私が作ったご飯を嬉しそうに食べてくれるのを見てるだけで幸せで」


 やけにニコニコしながらみてくるなぁ、とは思ってた。


「酔いつぶれた日、颯さんかなりストレス溜まってたみたいなので。何かしたいなって思ったんですけど、私に出来ることなんて歌うことくらいしかないかなって」

「誘ってくれてありがとう。凄く心に響いたよ」


 元気づけようと誘ってくれた目論見通り、沢山の人の前で歌う秋は輝いていたし、思いっきり歓声を上げてスッキリして、凄く楽しかった。


「歳下だし、まだ学生だし、大人な颯さんからしたら子供かもしれないですけど、これからも会って貰えますか? 本当なら彼女になって欲しいですけど、今は友達でも妹でもペットでも、そばにいさせて貰えるなら何でもいいです!」


 それにしてもペットって……家に帰るとおかえり、って無邪気に笑う秋が待ってる……? 

 それはかなりいいかも、なんて思ってしまって慌てて振り払う。秋は女の子、女の子。


「あ、うん。会うくらいなら全然」

「良かったー! もう会わない、って言われたらどうしようかと……」


 しゃがみこんでしまった秋が泣きそうな声を出すと無性に抱きしめたくなる。告白を断っておいてこんな風に思うのもおかしいかもだけれど。


「ふー、よしっ! 颯さん、私諦め悪いので覚悟しておいて下さいね」


 そう言って笑う秋の顔が妙に大人びていてドキッとした。



「颯さん、おかえりなさいー! ご飯できてるよ! お風呂も入れるけど」

「ただいま。いつもごめんね。大変じゃない?」

「全然! 大好きな颯さんに会えるのが嬉しい」


 秋と出会ってから早くも半年が過ぎ、週末には秋がご飯を作りに来てくれて、予定がなければ泊まっていくようになった。

 前にトラブル対応で連絡も出来なくて、秋をずっと外で待たせてしまったことがあったから合鍵を渡してある。戸惑いながらも嬉しそうな顔をする秋が可愛いかったな。


「颯さん、ご飯とお風呂どっちが先?」

「ご飯かな」

「すぐ用意するね! 颯さんは座ってて?」

「私もやるのに」

「いいんです! 私がやりたいので」


 秋は世話好きというか、凄く尽くすタイプなんだと思う。負担になっていないといいのだけれど。話し方もタメ口でいいよ、と言っているのにたまに敬語に戻っている。


「今日も美味しかった。ご馳走様」


 相変わらず美味しい秋の料理を堪能して、秋を見れば私が食べる様子をニコニコ眺めていたからかまだご飯が残っている。


「……なんでそんなに見るんですか」


 今度は秋が食べる様子を見ていると、照れたように顔を赤くする。


「え? 秋だって私の事見るでしょ」

「私はいいんです! 颯さんが好きなので。そんなに優しい目で見られたら私の事好きかもって勘違いするからやめてくださいっ! ……むぅ」


 拗ねたように頬を膨らませる秋の頬をつつく。

 秋は半年経った今も変わらず好きでいてくれて全力で好意を示してくれるけれど、まだ私たちの関係は友人関係のまま。仲のいい同僚にはどう見ても恋人だと言われたけれど、私がなかなか1歩踏み出せなかった。


「勘違いしてくれていいのに」

「え……? え??」

「さて、食器片付けちゃうね」


 2人分の食器を洗っていると、混乱から立ち直ったらしい秋がウロウロしている。私が洗い終わるのを今か今かと待っているみたい。待てをされてる犬かなにかかな?


「よし、終わり。秋、先にお風呂入る?」

「え? ううん、颯さん先で……って違う! さっきのってどういう意味?!」

「何が?」


 分かっているけれどとぼけてみれば、期待と不安が入り交じった表情でじっと見つめてくる。


「だから……! 勘違いしてくれていい、って」

「そのままだけど?」

「え? そのまま? 駄目だ、どういうこと??」


 混乱する秋が可愛くてつい勿体ぶってしまったけれど、ちゃんと伝えよう。


「待たせてごめんね。秋が好きだよ」

「それは……友達として?」

「ううん。こういう事したい、好き」

「ーっ!! なっ、なっ?!」


 背伸びして唇を重ねれば真っ赤になって手のひらで口を覆っている。


「可愛いね」

「ちょ……えっ、颯さんが私をすき……?」

「うん。好き」

「すき……さっきのってキス……?」

「うん。キスだね」


 自分からは好き好き言ってくるのに、言われるのには耐性がないらしい。恥ずかしそうな秋を見て、ちょっと目覚めてしまったかもしれない。


「なんか颯さん慣れてる……」

「これでも秋より6歳上ですから?」

「むぅ……」


 あ、拗ねた。全部顔に出るから分かりやすい。


「秋、拗ねたの?」

「拗ねてます。すっごく拗ねてます!」


 何この子、可愛い。


「これからは秋だけだから、機嫌直して?」

「……ほんとですか?」


 あ、ちょっと復活した。


「うん。本当。付き合ってくれる?」

「もちろんです! うわ、どうしよ! 颯さんが彼女? わ、どうしよ?!」

「そんなに予想外だったの?」

「だってそんな気配全然見せなかったじゃないですか! 好きって言ってもはいはい、ってあしらうし!」

「それはごめんね」


 それは私に同性と付き合う勇気がなかったからだし、中途半端な気持ちでOKしたくなかったっていうのもある。


 彼氏は居ないの? って聞かれて浮かぶのは秋だったし、いつからか週末を楽しみにするようになった。

 おかえり、って笑顔で言われるとホッとして、帰ってきたな、って思うようになった。


「え、ほんとに? いつから……?」

「うん? いつから好きだったかって?」

「はい」


 いつから、か。


「私さ、ライブの時まで秋のこと男の子だと思ってて」

「え? そうだったんですか?!」

「うん。バーでは君付けで呼ばれてたし、自分のこと"ぼく"って言ってたよね?」

「男装してた方が女性客のウケがいいから、って手伝う時は男装してて。ちゃんと女だって伝えてたんですけど……そっか。颯さん記憶が途中から無いんでしたっけ」


 秋としては伝えてたし、私が勘違いしてたとは思ってなかったらしい。


「うん。覚えてなかった。正直泊めてもらった朝にはいいな、と思ってたんだけど。ライブで女の子って知って、気持ちを押し込めちゃった」

「嘘でしょ?! あの日に告白してたらもしかして……?」

「うーん、多分断ってたかな。秋は若いし」

「そうですか……」


 秋はほっとした様な納得がいかないような複雑な表情をしている。


「でも、今は私が女でもいいって事ですもんね?」

「うん。女の子と付き合うの初めてだから手探りだけどよろしくね」

「はい! 私も恋人ができるの初めてです」


 あれ、初めて? モテそうなのに。もしかしてさっきのキスって……


「秋、ファーストキスだったりした?」

「っ! ……はい」


 思い出したのか、落ち着かなさそうに前髪を触っている。


「そっか。初めてか。もう1回する?」

「えっ?! いや、ちょっと心の準備が……」


 私の唇を見ては逸らして唸っている。思わず笑ってしまえば、ムッとして抱き寄せられた。


「颯さん、好きです。大好き。……諦めなくてよかった」

「うん。諦めないでいてくれてありがとう」


 私の首に顔を埋めて、鼻をすすっている秋は半年間、どんな思いで好きだと言い続けてくれたんだろう。勇気がなくてごめんね。これからはちゃんと大切にするから。


「あー、恥ずかしっ! 泣いたのなんていつぶりだろ」

「そんなに擦ったら腫れちゃうよ」

「肌強いので大丈夫です。多分」


 乱暴に目を擦って、前髪を触りながら照れたように笑う秋が愛しい。泣いちゃうほど嬉しかったってことでしょ。


「さて、お風呂入ってこようかな」

「はい。行ってらっしゃい」


 名残惜しそうに離してくれる秋を見ていたらついからかいたくなる。


「じゃ、秋は後から来てねー」

「……は? え? ちょっと颯さん待って?! 後からってどういうことー?!」


 混乱する秋の言葉には振り返らずお風呂場に向かいながら、ひとしきり笑った。


「秋ー、来ないの……って居るじゃん」

「ちょ、颯さん、はだか……」

「お風呂だもん」

「そうですよね。お風呂ですもんね。あれ、私が気にしすぎなの?」

「入る?」

「……入りません」

「今度一緒に入ろうね」


 びっくりしたぁ……ドアを閉めて、ゆっくり息を吐いた。

 余裕があるように見せられたかな?


 慣れていない秋をリードしてあげたいし、まだ20歳と若い秋はどんな風に変わっていくのか、これからが楽しみで仕方がない。


 この日、6歳下の恋人が出来ました。


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