余った寿命

小糠雨

お前の寿命はまだ余ってる

緑色に光る人型。

青信号。

安全だという無意識の思い込みがあった。

そんな思い込みがあるのだから、当然受け身を取ったりできるはずはない。

体の側面に強い衝撃を受けた時、すべてがゆっくりに見えた。

あぁ、死ぬのか。

死にたくない。

運転手、お前はどうせ信号無視をしたんだろ。

まだ死ぬには早すぎるだろ。

許さない。

俺に何の非があったっていうんだ。

死が近い気がする。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

そもそも、


..

.....


おかしい。こんなに色々と恨みをはいているのに、世界は45度で固まっている。

これは新しい発見だ。走馬灯だとか死ぬ直前ってのはこんなにも長いものなのか。


「おい」

気が付くと何者かが立っていた

「お前はこの後、頭を打って即死する」

そんな失礼なことを言わなくてもいいじゃないか

とはいえ相手の見た目が明らかに死神で、妙な現実感があった。

「お前の予想通り、この車の運転手は信号無視をした」

「やっぱりか。末代まで呪ってやる」

「それは不可能だ。残念だがこいつが結婚することは一生ない」

ちょっとかわいそうになったが、信号無視の罰だと思った。

「ところでなんで俺は動けない」

「まだ死んでないからだ」

「全部斜めで気持ち悪い。殺してくれ」

ああなんてことだ。

さっきまであんなに死にたくなっかったのに殺してくれだなんて言ってしまった。

「まあ落ち着け。死神ってのは一般人が寿命で死ぬくらいのことでは出てこない」

「つまり、俺はそれだけの価値があると」

「うぬぼれるな」 

なんでだろう。轢かれたのは下半身なのに心がいたい。

「じゃあなんで来たんだ」

「謝りに来たんだ」

「と、言うと?」

「こちらの手違いで、予定の寿命より早く死ぬことになってしまった」

「それで来たと。以外に細かいんだな」

死神が二っと笑った気がした。

「我々は日本の電車と同じで1秒の誤差もないように動いているんだ」

「それが、今回は間違えた、と」

「そうだ。実を言うとお前だけじゃない。何人もの人の寿命が、今日この瞬間に切れることになってしまったんだ」

そういうと死神は悲しそうな面持ちで運転手を見た。

「こいつも我々のミスで人を轢くことになったんだが、起きてしまったことは変えられない」

なんてことだ。

さんざん口を極めて罵っておいてなんだがこいつも被害者なのか。

「まあ本題に移ろうじゃないか。今日来たのはほかでもない。今回のお詫びの件だ」

「と、言うと?」

「今回のミスの被害者に対して、我々は弁償することにした」

弁償、か。

恐れるべき存在である死神から弁償を受けるとは、面白い。

「選択肢は二つ。一つは、来世に使うこと」

「どういうことだ?」

「まあつまりは、お前の来世を確実に人間にしてやる。そしてさっきまでの人生の残りの寿命分、長生きさせてやろう」

「それはこの人生はなかったことになるんだろ?俺はこの人生が好きなんだ」

「まあ聞け。二つ目は、止まっている時間を動かしてやる」

「死ねって言うのか」

「受け身を取ればいいだろ」

「確かに」

どうしよう、どちらも捨てがたい。

一つ目を選んで人間になるなら、虫とかになるより全然いいかもしれない。

でも寿命を足すのか。

今俺は20代。現世も来世も80まで生きるとしたら140まで生きるのか?

そんなに生きても苦しいだけかもしれない。

とすれば2つめか...?

「おい、決まったのか?」

「待ってくれ」

これは文字通り人生の決断だ。

「よし、おまけだ。もし2つ目を選ぶなら、この俺が迎えに行ってやろう。お前の身分で迎え付きなんて向こうではとんでもない名誉だぞ」

「しょうがない。2つ目にしよう。またお前に合うまで天寿を全うするよ」

「よし。じゃあ動き出すぞ。間違っても受け身を忘れるな」



右ひざに衝撃を受けた。と気づくまで数秒を要し、それが車に轢かれたことによると思い出すのにまた少しかかった。

だが、怪我はほとんどないようだ。

俺はゆっくりと立ち上がって運転手を見た。

最初は呪いすらかけようとした相手だが、死神との会話を思い出して、かわいそうに思えてきた。

「なぁ、災難だったな。でも大丈夫だ。仕方ない事故だった。結婚はできそうにないが気に病むなよ」

そう声をかけた。

死神という面白い友人に合わせてくれて、感謝すらしていた。

この経験で、命の大切さを深く実感できた。

この先残りの寿命を粗末にすることなんて、きっとしないだろう。

いまいち状況を把握できていない運転手を尻目に俺は歩き出す。

さわやかな風と、野次馬の声が新しい俺をこの世界に送り出す応援歌にすら聞こえた。











今度は世界が反対に180度に傾いた。



震える声でつぶやいた。

「なんで、お前が.....,」



「寿命が切れたら迎えに行くって言ったろ、気にするな。どうせあと10秒しかなかったからついでだ」

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