第45話 来栖家の朝③




 ただ、俊道が情けない姿を見せるのもしょうがない事だ。何故なら愛娘であるはずの愛莉と最愛の妻から現在進行形で悪鬼の様な表情で睨みつけられているのだから。


 それが何を意味するのかが分からない俊道は恐る恐るだが、二人に声を掛ける。


「あの〜?二人共どうしたのかな?そんな怖い顔して」

「「…………」」


 俊道が聞いてもただ白い目で見てくるだけで何も反応をしない二人。


 ただ、俊道もそんな事ではへこたれない。


「君達がどうしてそんな顔を向けてくるか分からないけど、ほらっ!もっとこう笑顔でさ!」


 俊道は二人を笑顔にしようと思ったのか自分の頰を掴むと「スマイル!スマイル!」と言いながら変顔をしていた。そんな父親を見ていたくるみは「お父さん、変な顔!」と笑い、好評のようだった。


 だが、逆に愛莉とミナには逆効果で。二人の圧が先程よりも数段上がる。


「ひ、ヒイッーー!!」


 その事に身体を震わせる俊道。


 そんな情けない夫を見ていたミナは「………はぁ」と一つため息を吐くと、今もまだ床に尻餅を付いている俊道に話しかける。


「………あなた?この後ちょっとお・は・な・し……があるのだけど良いわよね?」


 何故か「お話」と言う言葉を途切れ途切れで言うミナは強制する様に夫に伝える。


 俊道はそれが怖いのか首を振る。


「やだ!嫌だ!その顔、その言い方。僕に何かをするつもりでしょ!」


 子供のように首を振ると嫌々と言っている。実の娘達の前なのに醜態を見せていた。


 ただ、今は自分の醜態など気にしている暇など俊道には無く、この状況から逃げたい感情しか無かった。


「………ふーん?私の言う事が聞けないのぉ?あなた?」

「そうさ!今回ばかりは嫌だ!………そ、そうだ!それに今日は大事な会談があるじゃないか!こんな事してないでそれに備えなくちゃ!!」


 良い事を思いついたのかこの状況を打開するために笑顔でミナに伝える俊道。


 だが、現実はそれほど甘くはなく


「………それ、昼からでしょ?」

「………はい、そうでした………」


 逃げられると思っていたが、ミナの一言に撃沈する俊道。


 そんな俊道の首根っこを掴むとミナは自分達の部屋まで俊道を引き摺りながら歩いていく。その時に愛莉とくるみに顔を向けると。


「二人共、ちょっと私達はこの後大事なお話があるから。台所に置いてあるパンでも食べて言って頂戴。ごめんなさいね?今日は朝ご飯は用意出来そうにないわ」


 と、伝える。


「分かったわママ!くるみと朝ご飯を適当に食べるからゆっくりしてきて!」


 そんなミナに笑顔でそんな事を言うと見送る愛莉。


 その状況を見ていたくるみは今、何が起きているか分かっていないながらも姉の愛莉の言葉に自分も頷いていた。


「う、うん!私もお姉ちゃんと朝ご飯、食べるから大丈夫!」


 そんな娘達の話を聞くと笑顔を見せるミナ。


「うん。明日は皆で朝ご飯を食べれると思うからね!………この人、次第だけど………」

「ッ!!」


 ミナが何かを呟くと直ぐに近くで聞いていた俊道はその声が聞こえたらしく、声にならない悲鳴を上げていた。


 だが、そんなもの関係ないと言うようにミナは俊道を何処かへと連れていく。


 ドナドナされている俊道はもう逃げられないと悟っているのか抵抗をせずに顔を蒼白くしながら項垂れた状態で連れて行かれている。


 そんな光景を姉の愛莉はニコニコとした笑顔で、妹のくるみはこの状況についていけないのか少し困惑した様な顔で見送っていた。


 父と母が見えなくなり二人は朝ご飯をどうするか話し合おうとした時、「あぁぁぁぁーーー!!?」と中年男性の悲鳴の様な物が両親の寝室から聞こえてきた。


「ッ!!」「ひうっ!?」


 その声に二人は驚いた様に声を上げてしまった。


「………お姉ちゃん。お父さんとお母さん……何やってるの?」


 流石のくるみでもこの状況、さっきの悲鳴には気になったらしく。恐らく何か知っているであろう今もニコニコしている姉に話しかける。


 話しかけられた愛莉は笑顔を絶やす事なくくるみに顔を向けると。


「んー?パパとママは「夫婦のお話」をしているのよ?」

「………「夫婦のお話」?」

「そうよ?夫婦はね、愛を確かめ合う為に愛の折檻を女性が男性に与えるの。それを又の名を「愛のムチ」とも言うわ。それでも夫婦の仲が不仲にならないなら最高の夫婦となれるの。だから二人は今、それを確かめ合っているのよ?」


 愛莉はくるみが何も知らない事を良い様に使い、完全なる嘘を吐いた。


 ただ、嘘は嘘でもこれはくるみに本当の事を教えない為の愛莉の気遣いなのだ。嘘もつき通せば本当の事になると言うので愛莉はこれで嘘をつき通そうと思っていた。


 そんな愛莉の気遣いの言葉を聞いたくるみは絶対的な信頼を寄せている姉から言われた言葉を信じないはずがなく。


「そうなんだ!じゃあこれでお父さんとお母さんはもっと仲良くなるね!!」

「そうよ?だから、邪魔をしてはいけないわよ?」

「うん!分かった!!」


 くるみはそう、無邪気に頷いた。


 そんなくるみの反応に「なんとか話題を逸らせて良かった………」と愛莉は内心安堵をしていた。


「じゃあ、このお話はもう終わりにしてママがさっき言っていた台所に用意してあるって言っていたパンを食べに行こうか?」

「うん!ただね、ただね!お姉ちゃんは健一さんにもその「愛のムチ」を与えるの?愛を確かめ合う為に?」

「へっ?」


 不意打ちでそんな質問をくるみに聞かれた愛莉は素っ頓狂な声を上げてしまった。さっきくるみに言った事は全てデマカセなのでそんな反応になるのも当然なのだろう。


 愛莉の反応が少しおかしい事を気付いたくるみは再度聞く。


「お姉ちゃんも健一さんと恋人さん同士なら「愛のムチ」をやるんじゃないの?」


 そんな質問に愛莉は………


「あ、あぁ!「愛のムチ」ね!「愛のムチ」!やるわよ?もう、ジャンジャンやるわ!健一と私の愛は疑い様のないものだけど。何回も、何度も今後も愛し合う為に健一を折檻してるわよ!!」


 愛莉は少しやけ気味に勢いに任せてそうくるみに伝えた。


 聞いていたくるみは「う、うん。そうなんだ」と愛莉の過剰な反応に少し引いている様だった。


 ただ、運が悪いことに愛莉が言った「健一への折檻」という言葉で愛莉自身は嫌な事……健一への鬱憤を思い出してしまい…………


「あぁ!あの男はぁ!!私が、私がこんなに!!想っているのにーー!!?」

「お、お姉ちゃん?」


 愛莉の突然の奇行に戸惑いを隠せないくるみは恐る恐る話しかける。ただ、話しかけられた愛莉は聞こえていないのか先程から何かをブツブツと呟いている。


「どうしてくれようかしら、あの鈍感男は。いっその事本当に折檻をして………いえ、それじゃぁ変な女だと思われる。今は暴力系彼女なんて流行らないのよ。やっぱり今の時代は清楚。ただ、アイツがもし浮気をしたら………○す…………」


 ただの「偽彼氏・彼女」状態なのにその先を考えてしまった愛莉は少し闇落ちを仕掛けているのか変な方向に話がいっていた。


 そんな姉に果敢にもくるみは愛莉の肩を揺さぶりながら話しかける。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!戻ってきて!!」


 くるみの行いが功を成したのか先程まで下を向きながら何かをブツブツと話していた姉、愛莉が顔を漸く上げてくれた。その事に安堵をするくるみ。


「………くるみ。もしあなたに彼氏が出来たら浮気だけは……許しては駄目よ?」


 そんな事を目のハイライトを消した愛莉が伝えて来た。功を成したと思ったがそれは勘違いだった様だ。


「お姉ちゃん!?もう、お姉ちゃんが何を言っているか私には分からないよ!それよりも早く朝ご飯を食べて家を出なくちゃいけないんじゃないの?もう、7時30分だよ?」

「………え?」


 くるみの言葉がやっと届いてくれたのか変な雰囲気は無くなると愛莉は普段通りの表情でくるみを見て来た。ただし、一瞬で顔中に脂汗を浮かべ出した。


 


 




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