ヒビ

明たい子

第1話

ヒビ


「なんだか無性に死にたい気分」

 つい、言葉にしてしまった。それがよくなかった。

 なんと、本当に死にたくなってきたのだ。

 心の奥底ではずっとくすぶってた火の粉が、ついに大きく唸りながら体を燃えつくさん勢いで溢れかえっているのがよくわかる。

 自然発火して死ぬ人ってこんな心地がするんじゃないだろうかと思うほど。

 死にたい気分と思ってしまえばそれが最後。とりあえず、死んでみようか。死ぬ方法としてどんな方法を選ぼうか。自分の有限実行力が今試されていると、誰に向かって試されているのか知らないが、めらめらとやる気が湧いてきた。

 自分のスマホを取り出して『死ぬ 楽な方法』で検索をかけると、そこに出てくるのは相談ダイヤルばかり。「一人で抱え込まないで」だって。笑える。それを一緒に持ってくれるの?一緒に持った人も一緒に持てなくなって一緒に転ぶだけ。一人で転ぶより、二人で転ぶ方が絡まり合って打ちどころが悪くて、もっとみじめに死ぬだけじゃん。

 興がそがれたので、スマホを踏んでみた。最近のスマホはすごい。踏まれただけじゃ壊れない。

 投げてみた。画面の端が割れた。それだけ。電源はつく。

 自分の部屋でうだうだしててもいつもと変わらないし、とりあえず外に出てみよう。

 スニーカーを履いて、ジャージのままぼさぼさ頭。玄関のかがみで見る自分がブスすぎて面白い。

 一歩家を出ると普通の住宅街。いつもと心持が違うせいか、いつもは目につかない家の細部があちこち目に留まる。

 あてもなくぶらぶらするのも限界があるし、何よりニートに思われかねないので、コンビニに入ってみた。「いらっしゃいませ~」と何とか聞き取れる日本語で呼びかけされる。

 雑誌コーナーを見て素通りして、お菓子コーナーを見て、アイスコーナーを見て、飲み物コーナーを見て、やっぱり目当てのものは何もなくて、すぐにコンビニを出た。

 またやる気のない店員の声が閉まりゆくコンビニの自動ドアの向こうに聞こえた。


 さて、完全に行き詰った。そもそも、私はなんで家を出たんだ。もう夕食の時間じゃないか。今日は日曜日だからまた明日は会社が待っているのか。

 ため息が出る。そうだ、こんな人生に飽き飽きして私は家を出たんだ。でも、結局打開策は見当たらないまま。それを心の奥底にくすぶらせながら、また帰路に就く。


「ただいま」

「おかえり~。ってまたぼさぼさのまま出かけたの~?もう中学生じゃないんだしやめなさいって言ってるじゃないの~」

 パートから母が帰ってきていた。小言うるさいと思いながら手を洗って夕食の準備に取り掛かる。

「あ、ねえ聞いてよ。また田所さんがね~…」

 母の雑談はもはやBGMだ。私の家のテーマソング。

 うるさいなぁ、聞き飽きたなぁと思いながらもテーマソングがないとどんなアニメも始まらない。テーマソングの前に挿入があるアニメはどこでテーマソングが来るのか、何となく身構えて、テーマソングが来るタイミングで今日の話の長さや展開を推し量る。

 いつも通り聞き流しうなずきながら、机の準備を整える。母も手は口と連動しているかのように素早く動き続けている。

 そうやって夕食が過ぎ、お風呂に入り、また夜が更ける。


「おやすみ」

「おやすみ」

 母に言い捨てるようにつぶやき、自室に入る。

 スマホで明日の目覚ましをセットしようと画面をみると、上司からの着信と画面のひび。

 小さくため息をつきながら時間を見ると23時30分。

 アラームを6時にセットして、5分おきにスヌーズして眠りにつく。

 目を瞑って今日の出来事を振り返ろうとする。

 ぼさぼさ頭でコンビニに行って、スマホ投げて母の愚痴聞いて…なんだっけ…。

 あぁ、眠い、思考が鈍る、また、今日もおしまいだ。


 夢の中でくらい、全て忘れさせてくれよ。この世に存在していることも、今まで積み上げてきた私という存在も、全て帳消しにしてまっさらにスタート出来たら、なんて。

結局、私なんだからまた同じ何だろうけれど。



だから、もう何でもいいや。またこうやって消費していく。

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ヒビ 明たい子 @nessy

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