婚約破棄、されたほうです。

そう得意げに言われても

「アメリア・フィオーレとは婚約破棄だ!」

 パーティー会場のど真ん中で何を思ったのか、堂々とそんなことを口にした……私の、弟が。傍らに私の婚約者を置いて、まるで彼女を守るかのように肩を抱き寄せて。私に向かって、口にした。おかげで会場内の視線が一気に私へと振り向く。

「兄上、この国の王に相応しいのは俺です。だからこそアメリアも俺を選んだんです」

 そう得意げに話している私の弟、ライアン・ラフィネは兎にも角にも要領がよかった。共に魔物退治に行った時も私が追い詰め後一撃で倒す、という時にどこからか姿を現した弟が止めを刺す。そして然も自分の手柄のように振る舞い、周りにいた騎士たちに見せつけていた。

 魔物討伐だけではなくそういったことは常に行われていた。私が成し遂げようとしていたことを最後の最後で弟が自分の手柄とする。そして弟の評価は上がり、私の評価はどんどん落ちていった。

 別に、それでも構いはしなかった。弟の手柄になろうともなんだろうとも、それが民のためになるのならば私の評価などどうでもいい。皆が平穏に過ごせればそれでいいと、思っていた。

 私の婚約者であるアメリアの髪を彩っている髪飾りだが、あれは私がプレゼントしたものだ。忙しくて中々会う時間がなかった、その詫びとして彼女に似合うと思ったそれを贈ったものだったが。どうやらそれは「弟が贈ったもの」と挿げ替わったようだ。彼女はあれが弟からの贈り物だと思い、そして今日この場につけてきた。それは彼女の心がすでに私の元にはないということだ。

 要領がいい弟は、自分が勝てる勝負しかしない。ということは、この場で高らかにそんなことを口にしたということは父上の了承もあるということだ。アメリアとの婚約破棄も正式なものなのだろう。

 つまり、この場に。私を信頼している者だと誰一人としていない。

「兄上、嘆かないでください。別に兄上が頼りないというわけではないんです。ですが――」

「……はぁ」

 未だに得意げにベラベラとよく口の回る弟を前に、息を吐き出した。だらりと腕を落とし父上に視線を向ける。

「……なぜこうなったか、理由がわかるか」

「はい。隙きを見せた私が悪いんです。だからこうなった」

 もう一度息を吐き出し上を見上げる。血反吐を吐いても、傷を負っても蔑まれてもそれでも民のためなら自分が大切な人たちのためならと今までやってきた。見返りなど求めていたわけでもなかったけれど。

「ただただ、虚しいばかりだ」

 その人たちに、自分は必要とされていなかった。やってきたことはその人たちのためにはなっていなかった。ただただ私の気持ちが一方通行で、空回りしていただけ。

「どうぞ弟のライアンを跡継ぎにしてください。私は邪魔でしょうから国から追放してくれても構いません――ああ、でも」

 視線を父上へと戻し、第一王位継承者として着飾っていた装飾品をブチブチと音を鳴らして外す。もう跡継ぎではないのだからこんな装飾品も必要ではない。パラパラと手から落とすと周りのざわめきが一層強くなる。けれど、そんなことはもうどうでもいい。

「俺は今この瞬間、自分のために生きると決めました。追手を向けられたとしても返り討ちにして殺します。自分が生きるためです」

 王子として誰かのために生きてきたつもりなのだから、王子でなくなればもう自分のために生きてもいいだろう。

 最後に父上に一礼することもなく扉に向かって歩き出す。けれどそんな俺の背中を慌てて呼び止めたのは得意げにしていた弟だった。

「ま、待ってくださいよ兄上! 優しい兄上が追手とはいえ誰かを傷付けることはできないでしょう? そんなことせずとも、今後俺の傍にいて尽力してくれれば……」

「この国の王に相応しいのはお前だろう、ライアン。自分でそう言ったじゃないか」

「い、いや、だから……」

「今まで通り、#自分の力で__・__#、これからもやっていけばいいだろ」

「それだと困っ……――兄上! 待ってくださいよルーカス兄上!」

 ああもう何もかもどうでもいい。こんな虚しいことがあるか。少しでも俺を信じてくれる人がいる、それを信じて今までやってきたんだ。けれど蓋を開けてみればどうだ、そんな人どこにもいなかった。

 信じていた婚約者ですら、俺のこと見向きもしなかった。それに気付いていなかった俺はさぞ滑稽だっただろう。まるで舞台の上で踊る道化師だ。

 もう二度とこの城に足を踏み入れることはない。だが俺は後ろ髪を引かれることなく城から大きく足を踏み出した。



 ***


 彼が国から出ていって、状況は大きく変わった。

 まず、魔物討伐で大きな被害が出るようになった。怪我人が増えきちんと討伐されることが少なくなった。そのせいで民たちに被害が及び、首都から離れている街などから避難してくる人が増えている。

 次に内政も曇りつつある。予算を明らかにオーバーしている政策、貧困層への施しはぐっと減り状況が悪化。王は己の息子に任せていた政策だったけれど、あまりの愚策に主導権が王に戻された。それはすなわち、正当なる継承者から遠のいたと言ってもいい。

「ライアン王子! あなたなら魔物討伐ぐらい容易いことでしょう?! なぜもっとそちらに力を入れてくださらないんですかッ!」

「貧しい者が増えてきているんですよ! ライアン王子、今までのあなたは我々が驚く案を出していたというのに一体どうしたのですか?!」

「うるさいうるさい!」

 わたくしの婚約者であるライアンの書斎には、ここのところずっとそんな怒声が飛び交っている。それもそうだ、今まで成果を上げ周囲に認められ、だからこそ後継者として選ばれたというのに。今の彼にはその面影がまったくない。

 状況が思わしくないのか、ライアンは頭を抱え癇癪を起こすことも日に日に増えている。機嫌が悪い時はわたくしに八つ当たりをし、物を投げてくる時もあった。

 ルーカス様の時は、そのようなことはたった一度もなかった。彼はいつも穏やかで、いつもわたくしを気遣ってくれた。忙しい時には「会えなくてすまない」と逆に頭を下げて謝ってくるほど。

 わたくしは愚かだった。

 人々の状況を確認するために街へ出かけた。その時とある装飾を扱っている店が目に入り入店した。そしてその店の店主が嬉しそうに口にしたのだ。

「ああ、それをつけてくださっているのですね。なに、ルーカス王子が中々会えない婚約者のためにと特注で作ったんですよ。あなた様の御髪によく似合っている」

「え……」

 わたくしがこれをメイドから貰った時は「ライアン様からの贈り物」と言われた。わたくしの髪に合うようにわざわざライアン様が選んでくださったのだと。わたくしはその言葉につい喜んでしまって、だから、疑うことなくつけて……そして。

 ルーカス様に会えない寂しさを紛らわすように、傍で慰めてくれるライアン様に陶酔した。

 彼の言葉だけを信じ、いつか彼のことだけを支えようとしていた。真実をルーカス様に確かめることなく。ルーカス様の姿を見ようともせず。

「ああクソ! こんなはずじゃなかった!」

 わたくしたちは愚かで、まんまとライアン様の術中にはまった。今まで順調だったのは何もかもルーカス様の手腕のおかげ。

 今ならわかる。ライアン様はルーカス様の手柄をすべて横取りにし、自分の評価を上げていただけということを。きっとわたくしだけではなく、殆どの者がそうだったのだと気付いているはず。

「気弱な兄上なら俺の言うこと聞いてくれると思っていたのにッ! クソッ、なんで出ていったんだよ!」

 きっとこれは、愚かなわたくしたちに対する罰なのだろう。わたくしたちは、本来最も必要としていた優秀な方から見捨てられた。



 ***


 コップを傾けコーヒーで喉を潤す。首都から大きく離れたこの場所は自然豊かでいい場所だ。当時は住み込みの手伝いをしていたけれど、この家の持ち主だった老夫婦は息子夫婦の家に移り住むことになった。そしてよければこの家を使ってくれというご厚意に甘えて今はこの家で俺がのんびと過ごしている。

 ばさりと紙を広げればそこには色んな情報が書かれていた。嘘か真かわからないものもあるが、ここに書いているものは事実だろう。

 どうやら首都では新しく『女王』が誕生したそうだ。傾きつつある国の情勢を立て直した彼女の功績を称え、王が次の跡継ぎへと後押しをしたらしい。ちなみにそれまでの後継者として名を挙げていた王の息子は行方がわからないらしい。魔物に喰われたのではという声もあれば、どこか地下牢で軟禁されているのではという噂もある。真相を知るものは俺の近くにはいない。

「おはよう。今日も早起きなのね」

「おはよう。君はゆっくりしていていいんだよ?」

「いつもあなたに朝の支度してもらっているんだから、今日ぐらいはね」

「ありがとう」

 顔を出した彼女の傍へ行き、軽く頬に口付ける。彼女は老夫婦の手伝いをしていた時にたまに顔を出していたこの街に住む女性だった。まぁ、色々とあって今は俺の隣にいてくれている。

「今日の朝食は何?」

「ふふっ、あなたの好きなオムレツ」

「俺は君の作るものならなんだって好きだけど」

「ふふふっ! 嬉しいこと言ってくれちゃって。いつもより大きく作ってあげる」

「ありがとう」

 彼女が朝食の支度を始めたのと同時に、俺も皿を出したりと彼女の手伝いを始める。朝に弱い彼女のためにいつもは俺が朝食を作るのだけれど、たまにこうやって俺のために彼女が頑張って起きて朝食を作ってくれる。

 言っていた通りいつもより大きめのオムレツが皿に彩られ、一緒に席について一緒に朝食を取り始めた。彼女の作るものは相変わらず美味しい。それを素直に口にすれば彼女は「いつも聞いてる」とはにかんだ。

「あ。女王様が誕生したの?」

「そうらしいね」

「ふーん。確かに少し前まで首都は散々だったものね。第一王子がいなくなった途端あんなバタバタするなんて、第二王子はすっごく情けなかったのね」

「それはどうだろうね――どうした?」

 朝食を完食し終えた彼女がスープを飲んでいる俺を見て、にっこりと笑みを浮かべている。一体どうしたんだろうかと首を傾げれば彼女はより一層楽しげに笑う。

「あなたは第一王子のように優しい人ね、って思って。いつも誰かのために動いているわ」

「そんなことないよ。俺は自分のためにしか動いていない」

「昨日荷物が重くて持ち上げられないおばあさんの代わりに荷物を持ってあげていたわ」

「……」

「その前は迷子で泣いてる子のために、一緒に親を探してくれた」

「それは……」

「ほら! あなたっていつも人のために動くんだから! でも、私はそんなあなただから好きになったの。傍にいて支えてあげたいって思ったの」

 それにね、と彼女はスープを一口飲んで、再び笑顔を浮かべた。

「実は数年前にね、首都に行ったことがあるの。人が多くてびっくりしたけど、丁度魔物討伐の凱旋パレードだったみたい」

 そういえばそんなこともあったか、と思い出している俺に対して彼女はクスクスと声をもらす。


「私、そこでルーカス王子の顔を見たの」


 目を丸め、勢いよく顔を彼女に向けた。

「あなたは自分のためって言ってるのに、いつだってそれは人のため。自分のために動いてるのは私みたいな人間なの」

「メリッサ」

「……ガッカリした?」

「そんなことない」

 彼女が俺に気付いていたのならば、第一王子を探していた国にいつでも知らせることはできたはずだ。けれど今も俺はこうしてこの場所にいることができている。それはつまり彼女は国にもそして周囲にも、俺のことを一切口にしなかったということだ。

「私、この国で最も幸運な人間だわ」

「それを言うなら、君に見つけてもらった俺もそうだ」

「ふふっ。国も無事に女王様が誕生したんだから、結果オーライってことでいいかな?」

「いいんじゃないか? 俺も今の暮らしが一番幸せなんだから」

「そうなの? ふふっ、よかった!」

 こうして最も必要として愛している人の傍にいるのが何よりも幸せだし、それこそこの助教が彼女が言う幸運だ。

 あの時得意げに婚約破棄を言い渡してきた弟には、今となっては感謝だなと口角を上げこの幸せを感受した。

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短編集 みけねこ @calico22

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