第2話 投球練習(前編)

「それで、本当にこの子をメンバーに加えるのか?」


 メンバー?


「ああ、そうだった!そっちの説明するの忘れてた」


「忘れてたとか…あいつ一体何の説明して連れて来たんだよ」


「唐突に連れて来たくせに事前に何も言わずに実行しようとする直前で説明とか…」


「断りずらい状況にして頼み込む。ある意味新手の詐欺行為だよねあれ」


「やっぱり警察に突き出した方が良くないすかね?色々問題になる前に」


「俺が悪かったのは認めるのでそれだけはヤメテェ――!!わ、悪いんだけどちょっと内野のファースト…ああ、あの右のベースある所ね。あそこいてくれないかな?あそこでここにいるちょっと怖い先輩たちの投げるボール捕ってくれるだけでいいからさ。さすがに捕りやすいように胸元に投げてくれるだろうから。万が一取れなかった場合はあの人たちのせいにして『ちゃんと投げろヘタクソ!』って言ってもらって大丈夫だからな」


 親指を立てながら笑顔を浮かべる自由とは対照的に彼の後ろにいた野球部員は数名額に青筋を浮かべていた。


「あの馬鹿完全に調子乗った発言してるぞ。特に最後!」


「しかも俺らをちょっと怖い先輩たちとか吹聴してるし」


「体が人一倍大きいあいつの方が普通に怖いと思うんだけど」


「大体自分のことを肩にかけて連れて行く人間とかもうその時点で恐怖の対象でしかないだろうに。その辺を理解できてないのが馬鹿沢クオリティー」

 

「あの子の身長が低いのもあって、今もただ肩を掴んであいつなりに一生懸命頼み込んでいるだけのこの状況ですら傍から見たら前沢が中学生威圧してたからせようとしているように見えるから不思議」


 後ろの同級生や先輩が自分に好き勝手に言っているもののやらかしてしまった手前何も言えず、ただ目の前の少年の返答を黙って待つことにした。


 元々グラウンドは見に来るつもりだったし、別にいい…よね?


 輝明は戸惑いながらもゆっくりと首を縦に振った。


「よかったー!これで外野を減らさずに済むよ」


「それで、結局ピッチャーどうすんだよ?」


「え?俺がやりますけど」


「「「………」」」


 当然と言わんばかりに平然と名乗りを上げる自由。だがその直後部員たちは沈黙とともに彼に訝しむ視線を送った。


「どうしたんですか、皆して固まっちゃって?勉強時より難しい顔してますよ」


「…まあ、最初はそれでいいか」


「そうだな、俺もやりたくはないし。大変なのはキャッチャーだけだろうし」


「それが分かってんならポジション代わってくれよ」


無理、無理りーむ、りーむ


あの大きな人が投手をやる事になにか問題があるのだろうか?上背もあるし力のある球投げるように見えるけど。


 部員たちはそれぞれ浮かない顔を浮かべたり、愚痴や溜息を吐いたりしながら守備位置に着いた。部員たちの反応から疑問に感じながら言われた通りファーストに行き、自由はマウンドで投球練習を始めた。しかし…


 ”ガッシャーーン!!”


 自由の投げたボールはキャッチャーのミットを大きく大きく外れて捕手の遥か頭上を通り越し、後方のバックネットにぶつかり激しい衝撃音が響いた。流石のハズレ具合にキャッチャーも溜息を吐いて返球する。


「この間のマグレはどうした?思いっきりハズレてるぞ」


「ふふふ、これからですよこれから。まだ始まったばかりじゃないですか」


 ”ガシャーン!” ”ガシャーーン!” ”ガシャーーン!!”


 さ、三球連続失投。しかも軽々頭越え…


真面マジでどうなってんだよ!ストライクゾーンどうこう以前の問題だぞ?せめて俺のミットが届く範囲の球投げてくれ!ど真ん中みたいに全然甘くなっていいから!」


「いや~まだ肩が暖まってないみたいなんで。もうちょっとお願いします!」


「「「………」」」


肩が暖まってない割には結構球速出てるな。…全然ストライクゾーンを捉えてられていないけど。


 まだ肩慣らしとはいえ大暴投とって言って間違いない投球を連発しているにも拘らず微塵も動じず、顔色一つ変えない自由。それに対し『やっぱこうなってしまったか』と言わんばかり最早諦めた感じの目をしているキャッチャーと様子見していた部員たち。何故始める前から彼らが浮かない顔をしていたのか輝明にも薄々感じ取れてきた。


「あれだけ外しておいて平然といられる精神が凄い」


「あいつがゲームキャラだったら間違いなく性格は『図太い』だな」


「あそこまでいくと一種の才能だよね」


 と、呑気に話し合っていると投球モーション中に自由が足を滑らし倒れそうになった。


「とっとっと!」


 しかし自由はなんとか右足で踏ん張ってややサイドスロー気味にボールを放り投げた。元々の酷いコントロールに加えて、不十分な体勢デタラメと無茶苦茶。二つのマイナスが合わさった事によって一周回ってちゃんとゾーンにボールが来るのでは?と部員たちは一瞬思ったが普通にそんな事は無く、寧ろただでさえ遥か頭上ヘンテコ方向にしか投じられなかった軌道が真横と+αで距離が伸びただけだった。しかも…


 ”ドォォーーン!!”


「ギャァァーー‼︎」


 本来の球場であればネクストサークルの位置付近でバットを振っていた部員の臀部にボールが直撃。土下座の様な情けない形で地面にうずくまる羽目になってしまったのだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る