マークは世界を壊したい。

絶対に怯ませたいトゲキッス

第1話マーク

「いい、覚えといてねマーク。世の中なんて平等なことは一つもないんだよ。」

兄はそういいながら奴隷商人を切り捨てた。

「うわぁぁぁぁぁぁ。」

もちろん、彼の綺麗な切り口で切り離されている腕からはおびただしい量の鮮血があふれ出ている。その返り血を心底鬱陶しそうに水の魔法を使って洗い流していた。

「奴隷制度はとっくのとうに廃止されたはずなんだけどね。」

彼の周りに倒れている男たちを無視しながら、どんどん先にに進む。まだ生きている男もいるようだが、眼中にないのだろう。

もう守るものがいなくなった鉄格子の入り口からは、すでに肉が腐ったような匂いがこちらの方に充満してきていた。前に一歩進むのでさえ躊躇してしまう。

「結構匂いがきついね。大丈夫?」

僕を試すような視線でじっと見つめてきている。それには無言でうなずくことで応じ、直後鉄格子の入り口を百八十度開き放った。

「っっつ。うっ!!!」

想像を絶する腐敗臭と、視界を埋め尽くす蠅と蛆虫たちで二時間前に食べたものが戻ってきた。

「げぇっ、げぇ、ぅぷ。」

・・・外の世界に出られると分かると蠅たちは一斉に空に飛び出していく。

「うん、初めてでそれぐらいならまだいい方だよ。俺なんか、初めては気絶したんだから。」

当人はこれを見ても平気な様子だ。外に出た蠅さえも、炎の魔法を使って焼却する余裕さえある。腹立たしい。

「さて、今度はどんな奴らがいるのかな。」


内部は言葉では書ききれないほどの惨状であったため、ここに記すのはやめておく。とりあえず、その当時の記憶を思い出すと今も足元に汚物が増えるくらいの風景だった。

「ほら、もう終わったよ。」

兄は内を清掃して、俺を呼びに来ていた。

「中入りたくない?」

・・・

「入るよ。」

そのためにここに来たのだから。


おそらく、もう腐りかけていたボロボロの鉄格子の内部には十数個の檻があった。換気口は三つ。ただ、奴隷の糞尿は垂れ流しだったみたいだ。手洗い所が見当たらない。下水と生ごみが混ざったような匂いはまだあたりに漂ってはいるが随分マシになったようには思われる。一方、そんなことはつゆ知らず兄は檻のカギを一つ一つ順番に開けていく。

「ありがとうございます。ありがとうございます。」

ある老爺はそういって外の世界へと出ていった。無言で飛び出す人も、転がっている首なし死体をけり上げて雄たけびを上げている糞野郎も中にはいる。

そんな中、

「君は出ないの?」

思わず、檻から出ようとしない彼女を見て言葉を発する。ボロボロの衣服に、手入れされていない髪。そして、、、彼女の隣には黒い生き物がいた。鳥だろうか。一人と一匹で小さい檻一つ。あまりにもひどい環境だ。よく生きていられたな。

「??」

彼女は少し時間が経ってから、僕の方を向いた。

「君 は 出 な い の ?」

その言葉を聞いて、彼女はやっと小さく首を傾げるという反応らしい反応を返す。言葉が理解できないのかもしれない。

「どうしたマーク。」

「いや、、、この子が動かないから。」

ここに放っておくわけにはいかないだろう。

「ああ、酷い状態の子だね。生きていたのがまるで奇跡だ。」

「出すの手伝ってよ。」

その子へ、兄はゆっくり手を伸ばした。




「見て、外だよ。」

奴隷商人が使っていたテントの外では、太陽がさんさんと照り付けていた。奴隷の彼女も太陽を眩しそうに見上げている。

「ほら、ぼけっとしてないで孤児院に連れてくぞ。」

「わかってるよ。」

これが僕の兄マーカスとの最後の会話であった。



「行ってくるね。」

家の中に飾ってある兄の遺影に手を合わせる。今日は、ついに王都に行く日だ。

「気を付けるんだよ、ごほっ、ごほっ、。」

「はは、父さんこそ体に気を付けて。」

父は元から体が弱かった。俺たちが物心ついたときから、床に臥せっていたように思う。だが、兄と一緒に父には様々なことを学んだ。魔法の使い方も、哲学も、本の読み方も。

慣れ親しんだこの家からも少しの間はなれるとなると、名残惜しい。

「行ってきます。」

自分以外誰も聞こえないぐらいの声量でもう一度マークはそういい、もう振り返ることはなかった。」



リエール王国武力トーナメント、というのは早い話お祭りである。国中から集まった十五歳から満十八歳までの学生が魔法や剣を使って、己の器量を示す。王都で開催されるそんなイベントにこの町、ルーダの代表としてマークは選ばれたのだ。今現在、馬車でのんびり王都に向かっているのも、其れに出場するためである。






「・・・・・お客さーん、お客さん!起きてください、お客さん!!!!!」

いつの間にか馬車の中で眠ってしまっていたようだ。まるまると太った馬車の御者が視界に入る。

「う、うーん。着いたんですか?」

「そうです、王都につきましたよ?お客さん以外はもう全員降りてます。お客さんも起きてください。」

そうだったのか。意外と馬車の中は規則的な振動が一定の周期で起こっており、寝心地が良かった。

「それはすいません。お代はもう払いましたっけ?」

「お代はもう事前にいただいてます。早く降りてください。」


馬車から降りると、そこには太陽がさんさんと輝いている。

「眩しいな。」

寝起きの身には少しつらい。

「リエール王国王都リシャスへようこそ!!!」

門の前には、そんな旗が立っている。入口直後にある市場は大変な繁盛を見せ、もちろん中は人が大変なごった返しをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る