第20話 姿なき意志


(効かない?)


 何事もなかったように、りんの前をぞろぞろと歩いて行くヒューマノイドたち。

 凛の義手に搭載された武器は、間違いなくヒューマノイドの額に向けて不可視光線ビームを放ったはずだ。

 確かな手ごたえもあった。なのに、標的にした個体は歩みを止めることなく凛の前を通り過ぎてゆく。


(あ……そうか)

 

 ヒュッ喉が鳴った。恐ろしい考えが脳裏に浮かんでくる。

 目の前にいるヒューマノイドは、かつて隆盛を極めた日本企業が作ったモノではない。同じ場所に制御システムウィークポイントがあるとは限らない。最悪の場合、彼らの行動を阻止できない恐れもあるのだ。


 絶望に似た焦燥感に駆られながら、凛はヒューマノイドたちが向かう暗闇の先を見つめた。

 この暗い坑道は、おそらく国会議事堂の地下に続いているのだろう。

 東京の地下には正規の線路以外に、相互乗り入れができる枝別れ線路があると聞いたことがある。車両を点検場へ移動させるための線路らしいが、国会議事堂の地下にあるものは、たぶん別の用途で作られたものだろう。

 これだけたくさんのヒューマノイドがもしそこで自爆すれば、国会議事堂だけでなく、地下鉄を含む周辺にいる人々も巻き込まれるに違いない。


 凛の心の中に、今まで封印してきた三年前の記憶が蘇る。

 あの日は珍しく、家族そろって買い物に来た日だった。広大なショッピングモールに歩き疲れ、フードコートに向かっていた。

 何かが爆発したのだと認識した瞬間、炎と血を撒き散らしながら凛の体は吹き飛ばされた。気を失うまでのたった数秒間。死を覚悟するには十分だった。


 あの時の何十倍も酷いことが、これから起ころうとしている。

 凛は目の前を歩いていたヒューマノイドに駆け寄ると、その手を取り、ガリッと爪を立てた。


「ねぇ、あなたたちは苦痛を感じるんでしょ? 自爆なんかやめて!」


 凛に手をつかまれたヒューマノイドは、その場に立ち止まるなりサッと腕を振った。そのひと振りで、凛は坑道の端まで投げ飛ばされた。


「ううっ……」


 壁に打ち付けられた痛みと衝撃に、凛は呻き声を漏らした。咄嗟に頭は庇ったが、強打した右肩が燃えるように痛い。

 立ち上がれないまま顔だけを上げると、リュシアンが列から離れて、こちらに戻って来るのが見えた。


「無駄ですよ。感覚を受け取るのはマスターだけで、私たちには無意味なのものです」


 淡々と話すリュシアンを見上げて、凛は顔を歪めた。


「へぇ……なら、あなたたちが自爆したら、マスターはどんな苦痛を感じるの? きっと地獄の苦しみね」


「それは大丈夫です。攻撃前には、マスターとのつながりを絶ちますから」


「そうなの? ずいぶん便利だけど、そのマスターって何者なのよ? 彼はあなたたちをコレクションって呼んでたわ。そのコレクションを全部投入してまで、国会議事堂を攻撃して何がしたいわけ?」


 凛が疑問をぶちまけると、リュシアンは一瞬だけ思案の表情を浮かべた。


「……このままではあなたにも被害が及びます。仕方がないですね。マスターの意識が戻るまで、あなたを保護します」


 リュシアンは、動けないでいる凛を肩に担ぎ上げた。そして、暗闇に消えてゆくヒューマノイドたちとは別の方へ歩き始める。


「ちょっと、下ろして! 下ろしてよ!」


 凛が身をよじって暴れてもリュシアンはビクともしない。このままでは、どこかへ連れて行かれてしまう。

 痛む肩に力を入れて、凛はリュシアンの背中で体を起こした。坑道の先に、遠くなってゆくヒューマノイドたちの背が見える。

 凛はその背に向けて左手を構えると、ビームを乱射した。そのどれかが運よく中枢を貫いたのだろう。数体が歩行をやめて停止した。


(やった! どこかわかんないけど、当たればブラックアウト出来るんだ!)


 ホッと安堵の息をついたのも束の間、次の瞬間、凛は地面に投げ落とされていた。


「あなたはマスターの大切な人ですが、何よりも優先されるのはマスターの意志です。あなたがその邪魔をするのなら、私はあなたを排除せねばなりません」


 リュシアンは、地面に転がった凛の首へと手を伸ばした。



 〇     〇



 明かりのついた建物の前に並んでいた〈リュシアン型〉ヒューマノイドたち。それが一斉に向かってきた。

 黒川はビームを放ちながら駆けた。

 横から飛びかかってきた個体を素早く躱し、正面から対峙する。伸びてきた手に捕まれる前に、先に相手の腕をつかむ。


「くっ」


 ヒューマノイドに武器は無い。しかし、物凄い怪力だ。一瞬でも気を逸らせば、すぐにねじ伏せられてしまうだろう。

 ガッチリと組み合う前に身をよじって力をいなし、投げ飛ばして距離を取る。その後は冷静に狙いを定めてブラックアウトさせるしかない。

 何とか一体倒したところへ、別の個体が長い足で回し蹴りを繰り出してくる。


 黒川も恭介きょうすけも、ここへ来るまでの戦闘で体は悲鳴を上げている。なのに、彼らの敵であるヒューマノイドたちは疲れを知らないのだ。


「くそっ! 凛! どこにいる?」


 黒川は叫んだ。

 叫びながら、もっと真面目に鍛錬しておくのだったと後悔する。

 ヒューマノイドの回し蹴りを右腕で防ぎ、左手のアーマーリングを胸に突き立てる。

 パシュッという音と共に、人形と化したヒューマノイドが地面にくずおれた。

 視界開けた瞬間────。


「あたし、ここ!」


 凛の声が聞こえた。

 建物の向こう。僅かな光が届く場所に見えたのは、地面に倒れた凛と、片膝をついて彼女に手を伸ばしたリュシアンの姿だった。


「先に行けっ!」


 後ろから、恭介の苦渋に満ちた声が聞こえた。彼にも凛の姿が見えたのだろう。

 黒川は恭介の方へは振り返らず、彼の声に促されるように駆け出した。


「凛っ!」


 走り出した途端、空気がどろりと粘り気を持ったような気がした。

 懸命に手足を動かして走っているのに、なかなか凛の居る場所にたどり着かない。

 まるで夢の中を走っているみたいだ。


(そうだ、これは夢だ。おれは今、悪い夢を見ているんだ……)


 自分の意識が現実逃避をはじめたことに気づき、黒川は拳を強く握りしめた。

 大切な人を失った三年前とは違う。凛は黒川の見える場所にいるのだ。

 まだ間に合う。

 彼女の首に手をかけている男を、何としても止めなければ────。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉー!」


 黒川は叫びながらビームを乱射した。

 撃っても撃ってもリュシアンは倒れない。しかし、攻め寄る黒川の勢いに対抗する為か、彼は凛から手を放して立ち上がった。


 黒川は勢いのまま左拳を突き出した。アーマーリングを嵌めた拳なら、頑丈なヒューマノイドにも効くはずだ。

 黒川の打ち込んだ渾身の左ストレートから、リュシアンはひらりと飛び退いた。結果、彼は凛の前から遠ざかる。

 黒川はすかさずリュシアンと凛の間に滑り込んだ。


「黒サン! リュシアンは、国会議事堂を攻撃するつもりよ。もうほとんどのヒューマノイドがこの先に向かってるの!」

 背後から、凛の苦しそうな声が聞こえて来る。


「国会議事堂だと? おまえらは、一体何がしたいんだ!」

 黒川が咆えると、リュシアンは薄い笑みを浮かべた。


「私たちはマスターの意志を継ぐだけです。マスターは貧困にあえぐ玉川氏に深く同情し、この国を根本から作り変えると言っている。間もなく国会議事堂は爆破されるでしょう。生き延びたければ、速やかにここから去ることをお勧めします」


 リュシアンはそう言うと、暗闇の中に身を翻した。

 次の瞬間、暗い坑道の先がカッと光った。

 黒川は凛を抱えると、坑道の中心から離れるように横に駆け出した。


 ドオォォォォン!


 爆音と一緒に猛烈な風が背後から襲ってきた。爆風に吹き飛ばされながら、黒川は凛を抱え込むように丸くなる。

 たくさんの破片を含む衝撃波に何もかもが吹き飛ばされ、辺りは暗闇に閉ざされた。

  

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