第7話 大切な人
翌日もテロ対策課の連中は事情聴取に明け暮れていたが、バイヤーたちからは何の情報も引き出せていないらしい。
黒川は窓際の自分の席に座り、恐る恐る青い布包みをほどいた。
「えっ先輩、今日はお弁当ですか?」
木島が驚いたように近づいてくる。
「ああ。
「ああ、彼女はたぶん、親の貯金と生命保険で暮らしてるんでしょうから、きっと節約生活だったんでしょうね」
木島が見守る中、恐る恐る黒いお弁当箱のフタを開けると、いかにも女子高生っぽいカラフルなお弁当が姿を現した。卵焼きに鮭にきんぴらごぼうという渋いおかずに、ブロッコリーとプチトマトの彩りが加えられている。
しかも、ご飯には海苔で顔がかいてある。黒川の顔を模したものなのか、白ご飯の上にヘタクソな切り絵のような男の顔が乗っている。
「何だ……この顔」
「うわぁー、すごいですね! 女子高生にお弁当作ってもらえるなんて、羨ましいっス!」
「なら、おまえ食うか?」
ひょいとお弁当箱を持ち上げる黒川を、木島が両手で押し留める。
「いえ、結構です。先輩のために作ったお弁当をもらっちゃ、凛さんに悪いですからね」
「そうか」
黒川は、海苔で作った顔の部分を剥がして食べはじめる。
「でも先輩、先輩の家に凛さんがいることは、絶対に誰にも言っちゃダメですよ。きっと問題になりますからね」
「わかってる。見つかる前に、早いとこ出て行ってもらうさ」
「あーあ、ぼくも彼女にお弁当作ってもらいたいなぁ」
「何だ、おまえ彼女いるのか?」
「いないっすよ。だから羨ましがってるんじゃないっすか」
「ああ……すまん」
凛のお弁当を食べ終わった時、黒川の携帯が鳴った。見知らぬ番号に、ある予感が閃いた。
「はい、黒川です。ああ、やっぱりきみか……わかった」
黒川は弁当箱をリュックに突っ込むと、そのまま立ち上がった。
「木島、悪いがちょっと出て来る。どうせ暇なんだ、おまえも適当にやってろ」
「えっ先輩、戻りは何時頃ですか?」
「わからん。遅くなったら直帰する」
黒川は振り返りもせずにモニター室から出て行った。
〇 〇
ファストフード店に黒川が姿を現すと、カウンター席の隅から少年が立ち上がり手を振った。凛の友達、
「呼び出したりして、すみません」
「いや。連絡をくれたって事は、何か教えてくれるんだろう?」
「ええ、まぁ」
ファストフード店の中は空いていたが、黒川たちはより人の居ない場所に席を移動した。
「で、何を教えてくれるんだ?」
「凛のことで……あいつに頼まれて、おれ、警察の監視システムにアクセスしたんです」
「ああ、いわゆる不正アクセスってやつか?」
何となく、そんな事だろうと思っていた。
「はい。で、でも中身はいじってないです。ただ、ヒューマノイドの情報が入ったらすぐにわかるようにしてて……それを、凛に教えました」
「なるほど。きみの情報で、水野凛は新宿の地下街に向かった訳だ」
「まさか、危険なことをするとは思わなくて……おれ、罪に問われますか?」
「いや、聞かなかったことにしておくよ。その代わり、二度とするな。危ないことは警察に任せておけ」
「はい。……でも、凛にはそれは無理なんです。あいつ、家族を殺したヒューマノイドをものすごく憎んでて……周りが思ってるほど、立ち直ってなんかいないんです!」
必死に訴えて来る勇樹
「おまえ、いい奴だな」
「そんなこと……ないです」
勇樹は首を振る。
「本当は、もっとあいつの気を紛らわせたり、別の事に目を向けさせなきゃいけないのに、おれ、何にも力になれなくて……だから、ダメだってわかってるのに、ヒューマノイドをさがす手伝いをしちゃったんです」
「ああ、わかるよ。おまえも……辛かったんだろうな」
今なら黒川にもわかる。
三年前の事件のあと、同僚や上司がどれだけ自分に気を配り、勇気づけようとしてくれたか。そして自分が、彼らの気持ちをどれだけ踏みにじってきたか。
立ち直る努力もせずにただ堕ちてゆく自分を、彼らがどんなにやりきれない気持ちで見つめていたのか。今になってようやくわかった。
同時に、凛の気持ちもよくわかった。
自分も同じだった。いや、自分は凛よりも酷い有様だったろう。犯人を追うこともヒューマノイドを追うこともせずに、悲しみだけに囚われて自分を見失っていた。
「これからも、凛のことを見守ってやってくれ」
「えっ……あ、はい。もちろん」
勇樹は驚いたように黒川を見返した。
黒川はそんな勇樹に頷きかけて、そのままファストフード店を後にした。
雑踏の中を足早に歩く。
勇樹の話を聞いて、凛の怒りと悲しみの向かう先に気づいた。
(あいつは戦っているんだ。ヒューマノイド相手に、家族の仇を討とうとしている)
家族を失ってなお逞しく生きる彼女を強いと思った。けれど、彼女の強さは、復讐心の上に築かれた危うい強さだった。
それがわかっていてもなお、黒川は、彼女の強さを眩しく思った。
(おれには怒りが足りなかった……)
警視庁捜査一課に配属された誇りと、警察官としての矜持が、無意識のうちに黒川の復讐心に蓋をした。怒りさえも────。
(今ならわかる。おれは怒るべきだった。悲しむことを止め、復讐を誓えば良かったんだ)
それが出来なかったせいで、黒川は悲しみだけに囚われた。
たった一人と心に決めた女を失い、己の生きる意味を見失った。
無意識に緩慢な死を願った結果が、〝掃溜め〟送りだ。
「ハッ……」
息を吐くように、黒川は笑った。
雑踏の中に立ち止まり、薄青い天を仰ぐ。
無性に、凛の顔が見たかった。
──────────────────────────────────────※本日まで(2/7)毎日更新して参りましたが、第一章の終了をもって、ゆっくり更新に変更しようと思います。よろしくお願いします。
(見捨てないでください~‼)
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