　労働力である労働者が生産するのは、彼の使用者が市場で売るための商品であって、労働者「自身のためのもの」では全くない。ゆえに結局のところ「労働するということそれ自体」が、直接に労働者一人一人の生命を長らえているなどということは、実際のところでは全くもって「ない」のだと言える。労働者が自ら唯一所有する商品である労働力を売って、その売ったカネで市場から商品として生活の糧を買うという、「迂遠な過程を辿ること」によって、労働はようやく労働者自身とその家族の生命と生活の維持に、「迂遠な形で影響を与えているのにすぎない」のだ。

　しかし、生活の糧のほとんど全てが商品である以上、労働者自身とその家族の生命がたった今日一日の生活をやりすごすのにも、その迂遠な過程を辿るより他はないのだとも言える。その迂遠な過程がもし、労働者自身の「生活過程」において存在しないならば、あるいは労働者の現実的で具体的な生活から失われてしまったならば、それにより労働者自身の生命は、たちまち「直接その存続の危機にいたる」ことになる。つまり労働は、労働者一人一人の個々の生命にとっては、生きることの活路というより、それ以外の選択肢がありえないのであるがゆえに、もはやいっさいの退路を断たれた上で「労働するほかなくなる」という、絶体絶命の一本道となるのだ。

　労働者は、自身が労働者である限りは一人残らず、自分自身とその家族が生きていくために、この迂遠な一本道を絶対に辿らなくてはならない。ゆえにこの、労働者自身の生命と生活の維持のために、労働者自身が選択の余地なく迫られている、労働者自身の現実的で具体的な生活の形態が、労働者全体の、労働者として自身の生命と生活を維持するためにとられている行動様式の、形式的な一元化につながっていくのである。

　そして労働者は、その労働においてのみならず、その現実的で具体的な生活においても「一般的」になっていくのだ。「他の誰か他人の生活に置き代えることができるような、一般的な生活」に。もし、「自分の労働力を売って他人から商品を買わなければ、自分自身の生活を維持していくことができない」などと誰か他人から聞かされたとて、そのことに何らの疑念をも覚えず、また驚きもせず、いささかの怒りも不快感も全く感じることもなしに、「そんなの当たり前じゃないか」と、いかにもしたり顔で居続けていることが、どれほど恐ろしい事態を招く感性であるのか、結局「一般の人々」には何一つ思い至る由も術もないのだ。

　自分自身の生活を維持していくためには他人から商品を買わなければならない、そのためには働くしかない、すなわち自らの所有する「労働力商品」を売らなければならない。

　そのような「一般の人々」の生命と生活の維持のための行動様式の一元化は、生きるために「働くことしかできない」という、生命と生活の維持のための「活動能力」の一元化に転化されるだろうと言える。あるいはそうなると、生きるためなら「働いてさえいればよいのだ」という居直りの発想も生まれてくるのかもしれない。

　しかしいずれにせよ現在のところは、人間が「生きるために実際何をしているのか？」といえば、結局「働いてしかいない」わけだし、そしておそらく人間にはきっと「それしかできない」ものなのだろう。とはいえ「それによって生きていられる間」は、それでもまだよい方なのかもしれない。もし「働くことしかできないまま」で、しかし何らかの事情により「働くことがもはやできなくなる」ようなとき、彼はもはや「生きるために他に何もできない」のだから、結果として「いっさい何もできなくなり、ひいては生きていることすらできなくなる」だろう。

　さらに、生きていくためには働くことしかできなくなるということは、人間同士の社会的な関係も「働くこと」を通してしか成り立たなくなるということにもなっていく。そのように、人間同士をつないでいるところの「働くということ」が、人間同士の間から失われてしまうと、人間関係そのものも同時に失われてしまうことになるだろう。場合によっては、彼はもはやそれによって、「社会的に存在しないもの」として見なされてしまうかもしれない。そういうことが実際にわれわれの身近に起こっていること、いや「われわれ自身の身に起こっていること」であるのは、すでに誰もが皆ご存じの通りである。

〈つづく〉