第16話 義脛、秀衡にはじめて対面の事
■承安4年(1174)2月
吉次は急いで義脛が到着したことを
折り悪く秀衡は風邪をひいて寝ていたが、次男だが嫡子である
「やはりそうであったか。先だって、黄色の鳩が儂の屋敷に飛びこんでくる夢を見たのだ。もしかしたら源氏の者が訪ねてくるのではと思っておった。義朝殿の若君が下ってきてくださったとは喜ばしいことである。儂を起こしてくれ」
[訳者注――この時代、枕元に立ったり、お告げがあったりすることが多かった]
肩を借りて立ち上がると、秀衡は烏帽子を手に取って引き被り、直垂を羽織った。
「義脛殿は幼くはあるが、
[訳者注――狂言綺語とは道理にはずれた言葉や、上辺だけを美しく飾った言葉のことで転じて物語や戯曲をいう。つまり、通俗的なことにも通じているという義脛アゲの台詞である]
[訳者注――仁義礼智信は儒教の常に守るべき5つの項目(
二人はかしこまって承り、三百五十騎ほどを連れて栗原寺へとはせ参じ、義脛殿とお会いした。
[訳者注――三百五十騎の武士を連れていて仰々しくないとは言わないと思うが、奥州には十八万騎がいるので割合としては大人しいとも言える]
義脛は栗原寺の僧、五十人に見送られて平泉に入ることになった。
義脛を迎え入れた秀衡は言った。
「ここまではるばる訪ねていただき、返す返すも大変ありがたく存じ上げます。私は陸奥国と出羽国を支配しておりますが、思うように振る舞えるわけではございませんでした。ですが今はなんの遠慮をすることがあるでしょう」
[訳者注――これまでは基本的に中立を貫いていたが、義脛が奥州へ入ったことにより、いつでも戦えるという宣言である]
そして泰衡を呼ぶ。
「陸奥国と出羽国から大名三百六十人を選んで、日替わりで饗応させ、このお方をお守りせよ」
それから義脛に向かってこう言った。
「引出物として十八万騎いる郎等から八万騎を義脛殿へ差し上げます。願わくば残りの十万騎を私の二人の息子に賜りますようお願いいたします」
[訳者注――『遮那王殿が鞍馬寺を出られるの事』で義脛が夢想していた八万騎を率いて坂東へ打って出るのが現実のものとなった瞬間である。とはいえこれは物語上の都合であろう]
次に吉次に向かって言った。
「ひとまず義脛殿へのことは置くとして、吉次がお供を申し出なければ殿がお下りになることはなかったはずだ。秀衡を秀衡だと思ってくれる者は吉次に引出物をやって欲しい」
すると嫡子の泰衡は白い皮を百枚、鷲の矢羽を百組、銀を張った鞍と立派な馬を三匹与えた。
[訳者注――奥州では良質な馬が育てられていた]
忠衡も兄に劣らない引出物を渡した。
そのほかの家来たちも立派な物を与えた。
秀衡はこれを見て口を開いた。
「獣の皮も鷲の尾も、なんの不足もないだろう。儂はお主の好む物もとらせよう」
そして
[訳者注――奥州藤原氏といえばこの黄金である。もともと吉次は京と平泉を往復して砂金を取り扱っていた商人だとされている]
吉次は義脛のお供をし、道中で命を助けられたばかりか、こんなに多くの贈り物をもらうことができた。
これこそ多聞天の後利益であろうと思った。
[訳者注――『吉次が奥州の物語を語るの事』にあるとおり、吉次は鞍馬寺の信者であり、多聞堂にお参りをした際に義脛を見かけて声をかけている]
こうして商売もせずに十分な利益を上げた。
なんの不足もないと吉次は思い、急いで京へ上っていった。
■承安5年(1175)1月
こうしてこの年は暮れて、義脛は十七歳になった。
そのまま義脛は日々を過ごしていたが、秀衡は何も言わなかった。
義脛の方も「旗揚げをどうすべきだろうか」とおっしゃることもなかった。
しかしながら、都にいれば学問ができるし、平家の様子を見ることだってできる。
だが奥州にいてはそれもかなわない。
だったら都へ上ろうと考えるようになった。
[訳者注――本当に自分勝手すぎる義脛であった]
だが泰衡にそれを言ってもよい返事はしないだろうから、教えずに出発することにした。
そしてちょっとした外出のような素振りで京へ上っていった。
[訳者注――義脛がいなくなって大騒ぎになったのは想像に難くない。日替わりでお世話をしていた者のことを少しは考えてあげてもらいたい]
途中で上野国の伊勢三郎の家に立ち寄ってしばらく休み、東山道を通って
[訳者注――後に京から平家を追い出すことになる木曽義仲との出会いがここで触れられている]
京の外れにある山科で暮らす知人のところへ行って、京の様子を窺っていた。
[訳者注――『常盤、都落ちの事』にあるとおり、山科には代々の源氏が世を離れて静かに暮らす場所があったのでそれを頼ったのであろう]
・藤原
藤原秀衡の次男で奥州藤原氏第四代(最後)の当主。
兄に
・藤原
藤原秀衡の三男。
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