第30話 到着
空港に降り立ったデルイを待っていたのは阿鼻叫喚の図式だった。
非常事態という事で王都からエア・グランドゥール行きの飛行船は軒並み運行を停止していたので、非常時用の小型船を一隻だけ出港させるよう要請し無理矢理にデルイだけが空港へと向かった。
「酷いなこりゃ」
口ぶりは軽く、しかし真剣な表情で剣を構えて進んでいく。
そこかしこで魔物が飛び交い、強襲を仕掛けている。倒れているのは恐らく<魔素吸収>と<生命吸収>を食らった者達だろう。微弱ながらも生命反応があるので死んでいるわけではなさそうだった。
目を細め、倒れた人々と魔物を見比べる。
魔物達はーーまだ動ける者に狙いを定めており、悍ましい姿を宙に漂わせながら次なる獲物を見繕っている。
「!」
第一ターミナルから中央エリアに進んだデルイを待ち受けていたのはさらに凄惨な光景だった。
魔物の量は第一ターミナルの比ではなく、戦う保安部の職員は苦戦を強いられているようだった。
やって来たデルイを目ざとく見つけた一体が突撃を仕掛けて来る。素早く防御の結界を張ると、魔素を雷の力に変えて魔法を放った。閃光が走り、一瞬あたりが見えなくなるほどの光が迸った。
実体を持たない魔物と戦うにはコツがいる。幼少の頃から様々な魔物と戦わされて来たデルイは対処法を知っていたため、圧縮した高火力の雷魔法で一撃で消し去る事が出来た。
止まっている暇はない。走りながら戦い、魔物を屠りながら突破していくデルイは眼前に見慣れた相棒の姿を見つけ、声をかけた。
「ルド!」
「ああ、デルイか。待ってたぞ」
「凄い量の魔物だな。おびき寄せられたのか」
「みたいだ。アコライトの応援要請がいってるからそれまで持ちこたえる必要がある」
「第九ターミナルの船へは誰か行ってるのか?」
「まだだ、魔物の数が多すぎてこの人数だと中央エリアを突破できない!」
剣と魔法で応戦しながらルドルフと会話を交わしデルイは眉をひそめた。
「なあ、ルド。ここの魔物達おかしいと思わないか」
「どういう事だ?」
「野生にしては統率が取れすぎている」
「ああ、それに関しては俺も思っていた」
夜魔やレイスはもっと残忍だ。本来であれば倒れている人間から生命力も魔素もあらん限りを吸い付くし、死に追いやり、そして自身の力へと転化する。こんな風にギリギリ生かしておき尚且つ瀕死の人間を放置しておくようなやり方はしない。
「幽冥の誘薬に誘われてやって来たように見せかけて……実は誰かが裏で操っている」
「それが第九ターミナルの停泊船に乗っているソフィアか」
「そう考えるのが妥当だろうな」
ゲイザーを連れた魔物使い。偽りの身分証。幽冥の誘薬が発見されたその日に都合よく壊れた飛行船に乗り続ける彼女。
「けどそれなら、どうして保安部職員のわざわざお前に近づいた? 正体がバレる危険が高まるだけだろう」
間近に迫ったレイスを切り裂き、ルドルフは目線だけは魔物から話さずに会話を続ける。デルイも雷を纏った突きの一撃で夜魔を打ち破る。
「それは俺にもわからない。呼ばれてるから今から行って聞いてくる」
「呼ばれてる?」
「ああ。ご丁寧に部屋番号まで教えてくれたよ。てな訳でルド、ここは頼んだ。俺は行く」
「一人で行く気か、危険だぞ!」
「彼女に呼ばれたのは俺一人だからね」
「何を律儀なこと言ってるんだ。相手はS級だ、下手をすれば死ぬ! 第一お前防御力も何もない私服じゃないか」
「じゃ、俺が中に踏み込むから何かあったら応戦できるように外で待機しててくんない?」
「それなら……」
「決まりだな、行こう」
デルイは戦いつつも練り上げていた魔法を発動し、地を蹴った。
雷系の身体強化魔法<雷速>によって速さを極限まで上げたデルイは、紫電を撒き散らしながら文字通り目にも見えない速さで去って行く。
「待てお前っ! すみませんユージーンさんサミュエルさん、俺はここを抜けます!!」
慌てたルドルフも一歩遅れて足元に風をまとわせその後を追って行く。
「ルドルフの相方は随分と破天荒だな」
「俺、あいつとは組みたくねえって部門長に言っておくわ」
ユージーンとサミュエルがいなくなったルドルフに向かって同情めいた視線を投げてよこした。
+++
第九ターミナルは静かだった。
停泊している飛行船に乗っているソフィアはテーブルの上に置かれた小瓶を見つめる。小瓶は二つ。瓶の中では光が明滅しており、それは段々と強く、大きくなっていった。
「流石、王都に集まる強者達から集まる魔素と生命力はレベルが違うわね」
うっとりと瓶を見つめながら人差し指で軽く瓶を傾けた。
人が体内に宿す魔素も生命力もピンからキリまで様々だ。弱い者からはそれなりの量しか取れず、強い者からは常人の何倍もの量が吸い取れる。
野生の魔物は吸い取ったそれを利用して自身を強化するのだがーーテイムされている場合、その力は魔物使いに還元する事が出来る。
ソフィアはこれを利用して、今空港中で吸い取られている魔素と生命力をこの瓶へと集約していた。
「これだけあれば足りるかしら」
瓶の中身に目を凝らし、そう零す。騒ぎも大きくなっていることだし、そろそろ彼がくる頃合いだろう。奪われる前にーー行かせなくては<・・・・>。
「リッチ」
「此処に」
自身が操る最強の魔物の名を呼べば音もなく現れる。生前強力な魔法使いだった彼<・>は死後、生きとし生けるものに憎しみを抱き殺戮を繰り返す最悪な魔物に成り果てて討伐対象となっていた。討伐できたのは偏に仲間のおかげだ。
「これをあの二人に届けて頂戴」
「御意」
小瓶を受け取ったリッチは静かに頷くとその場からスーッと姿を消した。霊体系の魔物のみ使える移動魔法は実に便利だ。完璧に支配下に置いているリッチは制御が外れる心配がなく、万が一にも瓶の中身を勝手に利用するという事は起こり得ない。
これでいい。
赤い唇に弧を描き、ほくそ笑んだソフィアの船室の扉をノックする音が聞こえた。
立ち上がって近づき、扉を少し開ける。
「こんばんは、約束通りにお邪魔しに来たよ」
「あら、待っていたわ」
隙間から見えたのは、エア・グランドゥールの保安部職員の男だった。軽薄そうな見た目に反して凄まじい実力を内に秘めているその男は、片手を上げてごく気軽にそう挨拶をする。
「入って」
人一人分通れるように扉を開けるとそう促し、先を歩いた。男が扉を閉める音がする。そう広くはない二等船客室の中、二人きりになった。
「ワインでもどう?」
「いや、せっかくだけど今日は遠慮しておく。それよりも」
男の手がソフィアに伸びて軽く片手を掴まれる。わずかに身を傾けて背後を見やれば、もう一方の手で肩を押される。それほど力を込めていたわけではなかったが、ソフィアが抵抗しなかったこともありあっという間に後ろにあった寝台へと身を投げ出された。
どさりと音がして、仰向けに倒れたソフィアの上に男が乗ってくる。
「せっかちなのね」
「こういうのは早い方がいいかと思って」
冗談めいた口調で男が言うと、その美麗な顔が迫って来た。鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離まで来た時ーーソフィアは目を瞑った。
男はしかし、ソフィアが予想していた動きを見せずにそこでピタリと距離を詰めるのを止める。そしてすこぶる冷たい声音でこう言った。
「ーー表の騒ぎを何とかしてくれないかな、イザベラ・バートレットさん?」
目を見開いたイザベラが次に感じたのは、手首に嵌った冷たい手錠の感触だった。
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