第29話 久遠の光②


「アリアってば凄いじゃない。これはA級錬金術師でもなかなか作れないポーションよ」


 アリアの作ったポーションは冒険者ギルドの一室で手渡された。

 S級冒険者のパーティともなればギルドで一室を与えられる。半分彼らの拠点のようになっているその場所に招き入れられたアリアは緊張半分と、一体どんな部屋なのか興味半分でそこに足を踏み入れて、意外に飾り気のない室内に拍子抜けをした。


「私たち世界中飛び回ってるから、荷物が少ないのよね」


 部屋を見回すアリアに気づいたイザベラが肩をすくめる。


「そうそう。家もあるんだけど、もう引きはらっちゃおうかなと思ってるくらい」


「なんだ、エルリーンはまだ家借りてるのか? 俺はとっくに売ったぞ。王都にいるときにはずっとここにいるか、宿をとってる」


「それもありねぇ」


 会話のスケールが違い過ぎてアリアにはついていけなかった。錬金術師といえば調合がつきものなので、拠点となる場所がどうしても必要となる。彼らのような生活はアリアには逆立ちしたて無理そうだ。


「今回はいつまで王都にいるんですか?」


「ん? そうねえ、ひと月くらいは滞在する予定よ」


「そのあとはエルネイールへ行くの」


「いよいよ雷竜討伐だ、腕がなるってもんだぜ」


 フレデリックは筋肉のついた腕をバシンと叩いて意気込む。

 エルネイールに行って雷竜を倒す、というのは一種のステータスのようなものだ。

 S級冒険者にとっても属性持ちの竜種の討伐というのは難しい。下手をすれば命を落としかねないだろう。それでも行くと決めるのは、プライドかそれとも冒険者としての飽くなき向上心のせいなのか。

 何れにせよ未だB級の冒険者で背中を預ける仲間もいないアリアにはわからない。


「そうだわ、アリア。せっかくだから私たちが王都に滞在している間一緒に行動しない?」


「ああ、いいわねそれ。これだけ錬金術師としての腕前があるなら、素材さえ揃えたらもっといいポーションがたくさん作れるわよ」


「俺たちのパーティにゃ錬金術師がいないから丁度いいな」


 何を言われているのか理解しかねたアリアは思考がフリーズした。

 伝説的な冒険者パーティに、一時的だとしても自分が加入する? 今まで誰と組んでもすぐに役立たずと言われて放り出されていた、この自分が?

 とても現実のこととは思えずにアリアが口をパクパクとさせた。


「え、ですがその、私……戦闘の役に立てなくて」


「あら、戦闘なんて私たちに任せておけばいいのよ」


「おうよ、ここらの敵なんて俺らにとっちゃ雑魚同然だ」


 エルリーンとフレデリックのフォローにアリアはますます困惑した。


「じゃあ私、ただの足手まといじゃないですか?」


「そんなことないわよ。素材採取して、それでポーションを作ってくれたら私たちだって助かるの」


 イザベラがにこりと微笑み、両手の指を合わせる。そのフォローがどこまで事実なのかは、アリアにはわからない。S級パーティともなれば方々に太いパイプを持っているだろうし、アリア以上に腕の立つ錬金術師の知り合いだって勿論いるだろう。

 しかしそうした事をものともせずに今、久遠の光のメンバーはアリアを誘ってくれている。

 嬉しいと思った。

 誰かに必要とされるというのがこんなにも心を暖かく満たしてくれるなんて。

 雲の上の存在の彼らに誘ってもらえるなんて、こんなチャンスはもう二度と転がってこないだろう。気づけばアリアは首を縦に振っていた。



 久遠の光と過ごした一ヶ月はアリアの冒険者生活の中で最も刺激に満ちたひと時だった。

 普段ならば絶対に足を踏み入れられないような場所に赴き、希少な素材の採取をする。アリア一人であれば命がいくつあっても足らないような場所にもどんどん入り、全く危なげなく魔物の討伐をしていく。

 流石噂に違わずツワモノ揃いの久遠の光と行動を共にしていれば危険なことなど微塵も起きず、アリアは守られつつも素材採取に集中し、そして王都に帰ってからはアトリエでポーション作りに奮闘する毎日だった。勿論作ったポーションは久遠の光に渡す。しかし彼らは全てを持っていく事はせずに必ずアリアの分を残してくれた。

 

「作ったのは貴女なんだから、貴女も保持する権利があるでしょう」


 イザベラはさも当然のようにそう言うと、必要量のポーションのみを受け取って残りはアリアにやんわりと押し返した。

 ひと月というのはあっという間だ。

 久遠の光の出立の日がやって来て、アリアは王都の下の空港まで見送りに来た。


「もう行っちゃうんですね」


「ああ、今回の王都滞在はアリアのおかげで面白かった」


「色々なポーション作ってくれてありがとうね、助かったわ」


 フレデリックとエルリーンに声をかけられアリアは涙ぐむ。


「そんな……お礼を言うのは私の方です。こんな私をパーティに入れてくれて、ありがとうございます」


「あら、そんな卑屈な言い方しないで。私たちとても楽しかったんだから」


「イザベラさん……また、帰って来たら会えますよね?」


「勿論よ。雷竜を討伐して、お土産に竜の素材を持って帰ってくるわ」


「そりゃいいや、竜の血液からは希少なポーションが作れるからまたアリアに頼もう」


「えっ、竜の血を使ったポーションですか!? ……が! 頑張ります……!」


「そうそう、その意気よ」


 これから過酷な旅に向かう人たちになぜか逆に励まされたアリアは、笑顔で三人を見送った。

 彼らなら、きっと雷竜を討伐して帰って来てくれるに違いない。

 そして土産話を聞かせてくれるだろう。



 だが、アリアのその期待が裏切られたのは、そこから約三ヶ月後の出来事だった。


「フレデリックさんが、重症……!?」


 エルリーンからの手紙を受け取ったアリアは内容を読んで絶句した。

 手紙は全部で三枚入っていた。

 一枚目には、近況が、

 雷竜討伐に失敗した久遠の光はパーティの戦闘の要であるフレデリックが深手を負い、命さえも危ない状態だと書かれている。

 そしてそれを何とかするため、今はエルリーンがつきっきりでフレデリックの側にいる事、イザベラは王都に一人戻ってくる途中であるという事。

 二枚目にはフレデリックを助けるためにアリアに用意して欲しいポーションの仔細が。

 そして三枚目にはごく普通の内容、過去の冒険の思い出などが書かれていて、最後にはエルリーンの署名がされていた。

 アリアは戦闘ではまるで役に立たないがポーションに関する事なら抜群の記憶力を発揮する。レシピ内容を頭に叩き込むと、一枚目と二枚目の手紙を人目につかないように燃やし、最後の手紙だけを大切にしまいこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る