第3話 相方との出会い②

「はよございます」


 勤務の交代時間十五分ほど前になり、続々と保安部員がやってくる。ルドルフも本来ならばこの時間からの出勤なのだが、今日はミルドに呼び出されていたため早めの出勤となっていた。

 噂のデルロイはすぐに見つかった。そしてそいつはルドルフの想像の斜め上をいく外見をしていた。


「デルロイ・リゴレットは君か?」


「ん? そうですよ」


 そう言って振り向いた奴は確かに整った顔立ちをしている。切長の目元にすっと通った鼻筋、薄い唇。端正な顔に人好きのする笑顔を浮かべていた。だがそれよりルドルフが気になったのは服装の方だ。鮮やかなピンクの髪を襟足まで伸ばし、耳にピアスが合計で十個はついていた。そして制服をめちゃめちゃ着崩している。総じて軽薄な印象を漂わせているこの男が、あの厳しいことで有名なリゴレット伯爵家の三男とはとてもではないが思えない。

 ルドルフはデルロイを品定めする。髪がやや長いのは気になるが、色は人種や遺伝により様々なので構わない。ピアスは装備品だとしたら、許そう。だが制服を着崩すのは一体なぜなのか。部門長はよく咎めないものだ。ルドルフは眉を顰めたが、これから相方になる人物を開口一番に叱り飛ばすのも如何なものかと思い、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「俺はルドルフ・モンテルニ。今日からバディを組むことになったのでよろしく頼む」


「あ、そうなんすか?よろしくお願いします」


 彼はコロコロ相方が変わることに特に何も疑問を抱いていないのか、それともどうでもいいと思っているのか、ルドルフに相変わらず人好きのする笑みを浮かべながら挨拶を返す。


「俺のことはデルイって呼んでもらえますか」


「それは愛称みたいなもんか?」


「まあそんなとこです」


 一文字抜いただけで何が違うのか、ルドルフにはわからない。そう呼んだ方がいいのかどうか戸惑っていると気持ちを汲んだのか、デルロイが言葉を足した。


「俺を本名で呼ぶやつにロクな人間がいないんで、区別です」


「あぁ……」


 合点がいった。代々騎士団に属する伯爵家の三男だ、貴族社会で生きていれば面倒なことなど山ほどあるだろう。かくいうルドルフにも大なり小なり心当たりがあった。


「わかった、じゃあデルイ。とりあえず実力を知りたいから模擬戦をしようか。訓練室まで行こう」


「はいはい」


 そう言って立ち上がり、ついてくる。


「そのピアスは装備品か?」


「いやただの飾り」


「なんでそんなにつけているんだ」


「理由はあるけど……気が向いたら教えますよ」


「あと制服はちゃんと着たらどうなんだ」


「首元詰まってると息苦しくて」


 デルイはのらりくらりとルドルフの質問をかわし続けた。ルドルフは小さく息をつく。こういった手合いには何を言っても無駄だろう。


 訓練室は詰所のさらに下にある広めの土敷きの部屋で、鍛錬や模擬戦をするときに使用している。


 少し距離を開け、向かい合って立つ。


「真剣でいいぞ。魔法も遠慮なく使って構わない」


 そう言えばデルイは少し意外そうな顔をした後、ニッと笑って剣を抜く。互いに構え、目線を交わした。デルイの瞳には好戦的な色が宿っている。

 先に動いたのはデルイの方だった。魔法を宿した俊足で一足飛びに間合いを詰め、ルドルフの懐に飛び込んでくる。右手に握った剣を振り下ろすもそれはルドルフの剣によりあえなく受け止められた。そのまま数度の打ち合いを経た後、いつの間に術を練っていたのか左手を眼前へと突きつける。


「…………っ!」


 バチバチと紫電を伴う魔法撃がルドルフを襲う。圧縮された雷の近距離魔法だ。


高位魔法障壁ハイ・マジックフィールド!」


 魔法が当たる直前に展開した魔法障壁により攻撃が弾かれる。ルドルフは剣に込める魔素を増やし、己にも強化魔法をかける。剣先が光り、先ほどの倍の速度と威力でデルイへ迫った。押され気味だった状況が逆転した。ガキンッと高い音がして剣がぶつかり合う。デルイも強化魔法を施し、打ち合いは模擬戦と思えない迫力を帯びた。


 デルイの攻撃スタイルは独特だった。右手で剣を操って左手で時折魔法攻撃をぶつけてくる。

 通常剣士というのは肉体強化の魔法をかけた上で剣へも魔素を流して刀身を強化し、剣技で戦うものだがデルイはそれとは異なり少々トリッキーな攻撃を仕掛けてくる

 魔法というのは己の体内に蓄積されている魔素を使用し人ならざる力を行使することだが、打ち出すにはそれなりの集中力が必要だ。前衛職の剣士がこうも連発して魔法を使うのは珍しい。



 ルドルフは踏み込み勝負を仕掛ける。デルイの放つ魔法を障壁で受け止めていなし、重心を低くする。飛び込んだデルイの懐を切り裂くように剣を下から上へと振り抜いた。

 けれどデルイはその攻撃にまるで怯むことなく、器用にバックステップで下がると今度は反撃に剣を逆手に持って振り下ろした。


 両者の得物が再び高い音を立ててぶつかる。そのまましばしにらみ合った後、ルドルフはフッと力を抜いた。


「ここまでにしようか」


 するとデルイの方も剣先に込めた力を抜き、鞘へと納める。それまでの真剣な表情から一転してにこやかになった。息一つ乱していない。


「ルド先輩、強いんすね。俺とここまで打ち合える奴ってそうそういないからちょっと驚いたぜ」


 少々砕けた口調になった。


「お前こそなかなかな腕前だな。騎士学校を卒業して二年目とは思えない。実戦慣れしてるのか?」


「まあ、ガキん時から鍛えられてたんで」


「騎士団大団長の伯爵の手ほどきか」


「そう。スパルタでね、学校入ったときにはやっとクソ親父から逃げられるってせいせいしたもんだぜ」


 ルドルフはふっと笑った。出会って数時間のはずなのに既に敬語が抜けている。なのに嫌な感じはしなかった。なるほど確かにとっつきやすそうな性格をしている。


「警備範囲を確認して哨戒に行くぞ」


「了解」


 そのまま二人で訓練室を出た。

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