第2話 相方との出会い①

 ルドルフ・モンテルニはエア・グランドゥール空港保安部に在籍して四年目の二十四歳、保安部きっての優秀な部員として部署内外にその名を轟かせていた。緑の髪を小ざっぱりと切りそろえ、制服をきちんと着こなし、職務に大変に忠実。出身がモンテルニ侯爵家ということもあり、将来の部門長、いや空港の取締役もあり得るという将来を嘱望されている人物だった。

 そんなルドルフは今、現保安部の部門長であるミルドに呼び出されて彼のデスクの前にいた。そしてルドルフは部門長のミルドに思わず問い返した。優等生のルドルフから滅多に聞けない、間抜けな声だった。ミルドは再び同じ言葉を繰り返す。


「いやだから、お前のバディを変えてほしいという提案だ」


 ルドルフは顎に手を当て思案した。季節は初夏に差し掛かろうという時期だ。保安部職員は二人ひと組で動くのが基本だが、これは毎年春先にバディを組み替えることになっている。つまりまだ入れ替えてから三ヶ月ほどしかたっていない。このような事態はあまり起こることではなかった。よほど相方との相性が悪いか、何かやらかしているか。自分にそのような失態を犯した記憶はないのだが。

 そんなルドルフの意図を汲み取ったのか、ミルドが両手を振ってフォローを入れる。


「いや、お前に問題があるわけじゃなくて、新しく組んでほしい奴の方に問題があるんだ」


「それは……どんな職員なんですか」


 ルドルフはひとまずそう尋ねる。ミルドは腕を組み、うーんと唸った。


「 去年入ってきたばっかのやつでな。仕事はできる。これ見てくれ、新しく組んで欲しい職員の調査書」


 そう言ってミルドはルドルフに一枚の紙を渡す。そこには彼がこれから組むであろう職員のこの一年の職務態度仔細が書かれていた。

 ルドルフはそれを眺める。


 デルロイ・リゴレット 二十一歳


職務における功績

 違反物取り締まり 四百八十件

 魔物討伐  四十五件

 検挙率 九十八%


職務態度

 概ね良好 やや服装に乱れあり


性格

 社交的



「特に問題があるようには見受けられませんが」


 紙面から顔を上げ、ルドルフが答えた。


「むしろ入職して一年目ということを考えると、この取り締まり件数は尋常ではないと思います。俺でもここまでの検挙数は挙げられませんでした」


「まあそうだな。さっきも言ったが仕事はできるんだ。問題はここに書かれている以外の部分にある」


「はあ」


 いつも明朗快活なミルドが珍しく歯切れが悪い。このデルロイという男、そんなにも問題児だというのか。もしや検挙の仕方が逸脱した武力行為で違法スレスレだとか、そんな感じなのか。ルドルフは少し身構えた。


「デルロイ・リゴレットは……」


「はい」


「やたらに顔がいい」


「はい?」


 ルドルフは首を傾げた。本日二度目の「はい?」だ。本来彼は目上に対しこんな失礼な言動を取らないのだが、仕方がないと言えよう。ミルドの態度だっておかしい。ミルドはユーモアのわかる上司だが、大真面目に「顔がいい」なんて人を評する人物ではない。


「会えばわかる。とにかく顔がいいんだ。そしてその顔の良さで、人を落とす」


 そしてミルドは苦々しげな顔で語り出した。


 曰く、最初に女性職員と組ませたのが間違いだった。彼女は若手の育成に定評があり、職務に常に真面目な人物だった。件のデルロイは騎士学校で優秀な成績を収めているようだったが、何せ入職してきた職員の中で最も若かった。空港の保安部で働く人物はそれなりに経験を積む人物を採用することが多いし、割と危険がつきまとう仕事内容なので新人にはベテラン職員と組ませる必要があった。

 ルドルフのようにぶっちぎり首席で学生時代に遠征等の経験も豊富な人物であったとしても、最初の一年というのは試用期間のようなものだ。先輩のやり方を見て覚え、経験を積む大切な年といえよう。なのにだ。


 デルロイはその先輩女性職員を出会って五秒で恋に落とした。


「デルロイ・リゴレットです。よろしくお願いします」


 そのたった一言と、彼の笑顔で、それまで生真面目でどちらかといえば堅物だった女性職員のハートは撃ち抜かれたという。デルロイを前にすると挙動不審になるし、会話はしどろもどろだし、後輩の顔を見て指導することなど以ての外だった。あの彼女がずっと赤面していてもじもじしている様は見ていて新鮮だなとミルドは思ったそうだが、そんな状態で仕事が手につこうはずもなく、組んでからわずか一ヶ月でバディは解消と相成った。ちなみにデルロイの方は女性職員に職務以上の興味を示さなかったらしく、彼女はバディ解消と同時に失恋する羽目となった。燃え尽きた彼女にはリハビリが必要だ。

 幸いにして空港は二十四時間稼働しており、保安部はシフト制で勤務している。しばらくはデルロイとシフトが被らないようにコントロールする配慮が必要になった。


「で、次に組んだ奴な」


 ミルドは話を続ける。次にバディに選んだのは壮年の男性で、四十にして独身で仕事一筋を貫いている職員だそうだ。女性じゃないから惚れるということもないし、どちらかといえば厳しい指導方針で有名だったのでまあ、ぴったりじゃないかな、という気持ちでミルドは彼を選抜した。


 これも間違いだった。


「先輩、一緒に飲みに行きましょうよ」


 初めて組んだその仕事帰り、デルロイが何の気なしにそう誘い、職員はこの誘いに乗っかった。これは別に責められることではない。職場の人間が友好を深めるのはいいことだし、いい大人が飲みに行くのを止める権利など持ち合わせていない。

 しかし王都郊外で見繕った適当な酒場で二人が酒を酌み交わしていると、男性職員は女性の視線をちらほら感じたらしい。


「なんか、見られてねえか?」


 職員がそういうと、デルロイは端正な顔立ちに人のいい笑みを浮かべて言ったという。


「例えば先輩の後ろの人ですね」


 職員は振り向き、デルロイは軽く手を振った。そうすると一人の女性が立ち上がり、こちらに歩いてくるではないか。


「お兄さんたち、素敵ですね。ご一緒してもいいですか?」


「どうぞ」


 デルロイは勝手にそう答えた。女性は二十代後半といった年頃か、メリハリのある体を見せつけるような服を着ていて、成熟しつつある色気を発していた。こういった手合いにあまり慣れていない男性職員は目のやり場に困ったが、デルロイの方は慣れた感じで応対していた。数分会話を交わした頃だろうか、唐突にデルロイがこう言いだした。


「俺、先に帰るんで。あとは二人でごゆっくりどうぞ」


 そう意味ありげに言うと、とめる暇もなくお代を机の上に多めに出して颯爽と去っていった。後に残された男性職員はどうすればいいかわからず呆然としていたが、女性の方が話しかけてくる。


「ね、あのエア・グランドゥールで働いているって本当かしら。もっとお話し、聞かせてくれない?」


 翌日この男性職員は大層機嫌が良かったらしい。空港の保安部職員というのがいわゆるモテる職業だということを初めて知り、そしてそのことに味をしめたそうだ。そしてデルロイに頭が上がらなくなったという。 

 結局この男性職員は毎日のように一人で、あるいはデルロイと飲み歩くようになり、職務に差し障りが出るようになってしまったことから四ヶ月ほどでバディが解消された。


「で、次が最後のやつな」


 ルドルフは聞いてて頭が痛くなってきていたが、最後まで聞かなければならないのだろう。


 三人目に選んだのは妻帯者にした。愛妻家で知られる彼ならデルロイの毒牙にかかることはないだろうと踏んだのだ。最初のうちは目論見通り、つつがなく職務をこなしていた。異変を感じたのは三ヶ月を過ぎたあたりからだという。


「あいつ、気づいたら人のパーソナルスペースに踏み込んできてるんですよ」


 そう職員は言ったという。気づいたら家族構成とか、職務の与太話とか、なんでも話してしまっているらしい。そしてなんだかんだ言いくるめられて一緒に飲みに行ったりしてしまうのだとか。そうすればもれなく女性の好意的な目線が飛んでくる。デルロイは乗り気でそれに答えているが、家で妻が待っている身としてはよろしいことではない。しかし後輩との交流を持つことも大切だ、と妙なところで真面目な彼は葛藤した。

 葛藤した結果、


「部門長……俺にあいつをコントロールするのは無理です」


 と言ってきたのだという。


「そんなわけだ」


 ミルドは腕を組んで神妙な面持ちで言った。ルドルフはなんと答えていいかわからなかった。


「ではこのデルロイという人間は、この一年で三人もの人間とバディを組んでは解消してきたんですか」


「そうなるな」


 ルドルフは天井を仰ぎ見る。この四年間働いた中でそんな奴は初めて聞いた。


「でもなあ、そんなこんなだけど調査書を見ての通り仕事はできるだろ。問題起こしてるわけじゃないからクビにするわけにもいかないし、俺の人選が悪かったんだ。そんなわけで」


 ミルドは机に両手をつき、頭をガバッと下げた。


「頼む! もうお前しかいないんだ。お前がダメならもう……後がない。俺を助けると思って引き受けてくれ。もう人員配置で頭を悩ませるのは終わりにしたい! 面倒だ!」


 後半に本心がダダ漏れていたが、こんな風に部門長に頭を下げてもらっては断るわけにはいかない。


「わかりましたので、頭を上げてください」


「おお、引き受けてくれるのか」


 ミルドは頭を上げて答えた。ルドルフは調査書を再び一瞥した。気になることはもう一点ある。


「リゴレットという苗字ですけど。リゴレット伯爵家の出身ですか」


「やっぱり気がついたか。その通りだ」


「代々王国の騎士団に所属していますよね。確か現伯爵は大団長のはず」


「そうだ。三人兄弟の三男らしくてな。上二人も騎士団に属している。デルロイだけなんでウチに来たのかはわからんが、入職志望理由を聞いた時「騎士団以外で腕が振るえるところが良かった」と言っていたから、なんか折り合いが悪いのかもしれんな。まあウチとしては仕事ができる人間ならなんでもいい」


「はい」


「というわけだ。件のデルロイ・リゴレットは後一刻ほどで出勤時間だ。奴の特徴はピンクの髪にやや着崩した制服、後やたらに顔立ちが整っている。じゃ、顔合わせから手合わせ、哨戒任務まで頼んだぞ!」


「承知しました」


 ミルドはまくし立てるように言い、ルドルフは頷いた。厄介な奴のようだが部門長直々の願いとあっては断れない。せいぜいデルロイの口車に乗らないよう気をつけるか。


 デスクについて彼はまだ見ぬ相方の到着を待つことにした。

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