第七話 進まないのです

「……で、なんでこうなった?」


 珍しく困惑顔を浮かべつつそう呟いたロクラエルの前には確かにこの世の物とは思えない黒雲浮かぶ紅い空と、その空にある割れたガラスの様なひび割れから紫色の光が荒廃した赤紫の大地へと降り注ぐという、非現実的な光景が広がっていたのだが……


「これはすごい!草木はねじ曲がり、石岩は浮いてるものもあり、正にっ!正に正に正にっ!異世界という新たな知識の宝庫ですぞこれは!」


 そんな景色の中、雰囲気をぶち壊す様に扉があった場所へ自衛隊によって凄い勢いで建てられている、最早要塞と言っても過言ではない簡易的な拠点と、その光景に狂喜乱舞する白衣姿の男が彼女達の目の前には居たのだった。


「私としても速攻即決が一番だと思うけど、上からのご命令でね────」


「そう!他世界という未知の存在っ!その様な場所の調査っ!それを命じられるのは当然っ!やらないだなんて冒涜っ!新たなる知識っ、素材っ、それらを手にし更なる発展を遂げる為っ!貴女方は我々国研に協力する義務があるのですっ!」


「……っと、言う事で。この国立研究所の人達と共に野営地が完成し次第、資料採取用の研究車両を護衛する形で私達の車両と軍車両、戦車数台で歪みの原因があると思われる場所へと向かい、この世界を攻略するわ」


「何ともまぁ……濃ゆい奴やのぉ。ま、水無月も役人じゃし上からの司令には逆らえぬのは仕方ないか」


「本当、上の人達は一体何を考えているのですか……空間の歪みを早く直せと指示してる癖に、研究とかそんな事してる場合じゃないですよ」


「同意」


「しっ、あの人に聞かれたらめんどくさくなるから聞かれないようにね」


「さぁ!調査っ!調査っ!調査ですよぉぉお!」


 こうして、国立研究所の男を加え水無月達はこの世界を攻略する事になったのであった。


 ーーーーーーーーーー


「で、その目的地じゃが一体どこら辺にあるのかの?」


「ここからだいたい5、60キロ辺りに反応があったそうよ」


「根拠は?」


「あら?ロクラエルちゃんもういいの?」


「ん、大丈夫。もう最低限は回復した。それで、根拠」


「根拠は簡単よ。元の世界で確認した歪みの波長と同じ波長がその場所辺りで確認できたからね」


 そんな一日もあればたどり着く距離を数キロ進めば止まり、数キロ進めば止まりを繰り返しているせいで一向に進まない一団の中。

 いつものキャンピングカーの中で、水無月は最早野営地とは言えない程立派になった扉周りの拠点を覆う巨大な結界を貼り、丸一日ダウンしてたロクラエルの質問にそう答える。


「ほんと。最悪この歪みで自分の国が滅ぶかもって時なのに、あんな呑気に寄り道ばっかりしてられる気が知れないのです」


「はははっ、こういうのに関しては流石手厳しいのぉ。白の巫女様?」


「ちょっ!ヘグちゃんその呼び方はやめてくださいです!」


「ふふふっ。まあ気負い過ぎてもあれだし、私達は私達で何があってもいいように備えながら適度に息抜きしつつ行きましょ」


「水無月、出発みたい」


「おっと、それじゃあついて行かないとね。しゅっぱーつ」


 調査やら採取やらで足取りは牛歩どころか亀の歩み程だが、ゆっくりと進むこの世界には合わない様々な車両の隊列の中で、彼女達はもしもに備えるのであった。

 そしてそんなある日の事、そのもしもは起こった。


「ノルン、早い」


「ふふふふふっ!今日こそまけないのです……ってあぁっ!ずるいのです!それアタシが取りたかったのに!」


「ふはははは!一瞬の油断が命取りじゃったな!これで昼飯のデザートは妾のもの──────」


『特務車、こちらマルヒト、1時の方向に人影を発見、対応求む』


 ここ数日、水無月の運転する車の中で余りにも暇を持て余していた三人がゲームで盛り上がる車内に、前方を走る軍用車両から緊迫した声色の無線が響き渡る。


「敵なのです?」


「分からん。じゃが、妾が気が付かなかったという事は、そこまでの力の持ち主ではないはずじゃ」


「とにかく、前に出て発見車両と合流するわ。マルヒトへこちら特務車、対応についてはこちらで対象を確認後検討する。こちらが合流後状況説明せよ」


『こちらマルヒト、合流後状況説明、確認後対応、了、終わり』


「さて。それじゃあ無線も返したし、少し飛ばすから皆しっかり座っててねー!」


 水無月はそう言うとやっと状況が動いたといわんばかりにアクセルを踏み込み、前方の無線を送った車両へと車を走らせるのだった。

 そして合流後、発見に至った経緯や対象の動き等を水無月は自衛隊員から聞き出していた。


「以上が我々の方で確認した事であります」


「ご苦労さまです。という訳だけど、どう?ノルンちゃん」


「自衛隊さんは子供って言ってたけれど、あれはゴブリンで間違いないと思うのです」


「ゴブリンって言うと……ゲームとかで出てくるあの?」


「なのです。アタシの世界に居たのと全く同じなのです。ただ、すばしっこいのと同族以外には見境がない奴らなので、気付かれると厄介なのでー……あっ」


「……まさか」


「がっつりこっちに向かってきてるのです!しかもすごい数なのです!」


「みんな戦闘準備お願い!自衛隊の皆さんも迎え撃つ準備を!」


「はっ!」「「「了解」」なのですっ!」


 望遠鏡で人影の正体がゴブリンであると暴いたノルンのそんな報告を受けた水無月の指示に、その場にいた全員がすぐさま返事を返し動き始め、数分後には数百匹は居るであろうゴブリンを迎え撃つ態勢を整え切る。


「さて、一応妾達も……というより、軍の人達の準備は間に合ったの」


「皆は魔法とか体術とかだから、準備少なくていいもんね。でも間に合ったとはいえ、凄い数……自衛隊の皆さんだけで大丈夫かな」


「あの人達には銃があるのですし、大丈夫なのです!」


「あれはずる」


「妾達の世界から見るとあの武器はほんとにずるそのものじゃからのぅ……ま、最悪危なくなったら妾達が出れば解決じゃ。っと、おっぱじまるみたいじゃぞ!」


 陣形を作っている自衛隊の面々とそれに向かってくるゴブリンの群れを前に、そんな話をしていたルシィーナがそう言った途端、凄まじい量の銃声が鳴り響く。

 そしてルシィーナも言っていた通り、棍棒や素手のゴブリンに銃の威力は凄まじく、物量でジリジリと迫って来るもののあっという間にあと少しで殲滅が出来ると言った所で──────


「なぁーにをやっているのですっ!貴重な!貴重な異世界の生き物、生体サンプルなんですよぉ!?今すぐ射つのをやめなさぁぁぁあああい!」


 数多の銃声すらかき消す程の奇っ怪な白衣の男の叫び声に、数人の隊員が思わず打つのを辞めて男の方へ振り返ってしまう。

 その一瞬だけ弱まった弾幕の隙に、最前線にあった死体の下で弾幕をやり過ごしていたのか、生き残っていたゴブリンが飛び出し、気をそらされた隊員へと襲いかかる。


「グギャギャギャァア!」


「うわぁぁあ!」


 バァン!


「ふぅ、間一髪なのです」


 しかしもう少しでゴブリンの手が隊員へ届く所でノルンの銃撃がゴブリンの眉間を撃ち抜き、ゴブリンの息の根を止める。


「戦闘中は目の前の敵から目を離しちゃダメなのです。それに──────」


 パチンっ!


「あっ、あぁぁぁあ!貴重な……貴重な異世界のサンプルがぁぁぁあ!きっさまぁ!」


「ゴブリンはしぶとい。ノルンの様に致命傷を与えるか、こうして跡形残さず消しておかねば、すぐに完治して襲いかかってくるぞ。それに石や土はともかく、魔物を持って帰る様な設備などある訳がないじゃろう。そこを含め、お主は少し、我らがここへ来た理由を考える必要があるの」


 ギロリと指パッチンと共にゴブリンを燃やしたヘグレーナへ怨みの篭った目を向けた男に、ヘグレーナはそう言うと軽く髪を払い上げ身を翻し、ノルンと共に車へと戻る。

 その言葉が聞いたのか、次の日から男は大人しくなり、一向に進まなかった一団は一日もかからず目的地があると思わしき、巨大な山の切れ目へとたどり着いたのであった。

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