『何度でも』君にそう伝える。

八蜜

短編小説:『何度でも』君にそう伝える。


屋上の定位置で寝そべる。昼過ぎの暖かい風は全てを忘れるほど心地よく、今の自分に「ここに居て良いんだよ」と言ってもらえているような気持ちになる。


「あ、またさぼってるな〜」


私も、そう言い俺と同じように横に寝そべる彼女は加賀美(かがみ)。同じクラスでも俺とは違う人種だと、そう勝手に思い込んでいた。

俺はクラスでも目立たない暗い人物、はたや彼女はクラスの中心人物で俺とは真逆の人間だ。


「なんできたんだ?」


「ん〜?あー、言わなきゃダメ?」


「…」


「わぁ、怒んないでよ!私は空が好きなの!」


黙っていただけなのに勘違いをされてしまったようだ。それは相手の思い違い。俺と言う人物を知らないからだ。


「空が?」


予想外の理由に聞き返す。


「うん。空ってさ全く同じ景色って無いんだよ、知らなかったでしょ?」


「知らなかった」


ふふ、そう笑い話を続ける。


「何かあった時とか、なんで私だけとか、もう嫌だってなった時とか空を見ると元気出るんだ。あぁ、自分はこんな小さい事で悩んでるのかって。そしたら自然とね」


笑顔を絶やさず話している彼女の考え方に感心する。自分とは全く異なる考えだからだ。


「その考え方は好きだ」


「へ…?」


素直に言葉にする。彼女は面食らったように固まり徐々に顔を赤らめていく。


「どうした?」


「そんな素直に言われると思ってなかった!」


顔を手で覆いじたばたする彼女を見て騒がしいと思った。でも、不思議と嫌な気はしなかった。



俺と彼女は昼休み、放課後の空き時間にちょくちょく屋上で落ち合うようになる。でもそれは約束しているわけではなく、俺がいる場所に彼女が着いてきているだけなのだ。


「なんでいつもくるんだ?」


一人の時間を邪魔され続けた結果、彼女にそう聞いていた。


「ん〜、君がいるからかな?」


冷たいコンクリートに三角座りで頬杖をつきながらニコッと笑う。それが自分の質問を蔑ろにされたようで少しムッとする。


「ああ、怒んないでよ!真面目に話すから」


同じようにコンクリート床に腰を下ろしている俺に正座で向き、深呼吸の後話す。


「わ、私とエッチなことしてくれませんか!」


(………はぁ?)


「………はぁ?」


心と口から出た言葉がシンクロした瞬間だった。

彼女からそのような言葉がでるとは思っていなかったし、彼氏でもない相手にそんな事を頼むのは、と人間性を疑いたくなる。


俺が放心し、固まっているといそいそとセーターを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外し出す。


「何してんだよ!!馬鹿なの!?」


そう言い静止させようとするが仮にも俺は男子高校生。美人なクラスメイトに言い寄られて嫌な気はしない。決して外されて露わになった初めて見る隠れた素肌に絆された訳ではない。

その隙を逃さず、彼女は俺に覆いかぶさる。


「こ、こう云うのは好きなやつとしたら…」


「私は貴方が好きなんだけど?」


彼女を見る。彼女の肩は少しだけ震えていた。その光景が俺の理性を引き留めてくれた。

彼女の肩を両手で押し退け俺は屋上から足早に去る。


彼女は俺のことを知らなさすぎる。俺がどんな奴なのか…


俺は中学の時、西坂直人(にしざかなおと)と言う一人の、唯一無二の親友を救えなかったのだから。だから誰とも関わらず、距離を置き、壁を作っていたのに、彼女はその壁を意図も容易く破り、無遠慮に近づいてきた。俺は彼女が離れていくことを恐れている。俺は誰かを自分にとっての“特別”にしたくないのだ。


それから彼女は学校に来なくなった。先生からは体調不良とだけ伝えられ、他の事は何も教えてはくれなかった。不安、机に座っている俺はその場から動けなかった。椅子から立ち上がることができない。椅子に強く縛られている、そう錯覚するように感じる。


その数日後、妹の見舞いに病院へと向かうと聞き覚えのある声が妹の声と一緒に聞こえる。


「あ、お兄」


「おっス!元気だった?」


「…」


病院に向かう途中で買った花を妹に渡して彼女の手を引き病室を出る。向かう先は病院の屋上。広い屋上の小さなベンチに腰掛ける。先に口を開いたのは彼女だった。


「もう、びっくりしたじゃん!あの時はヘタレの癖にこう云う時は強引なんだから〜」


「馬鹿か」


胸が苦しい。彼女が何故この病院に居たのか、それは彼女の容姿を見れば一目瞭然。先生が体調不良の他に何も教えなかったのはこの事を他の生徒に隠す為だったのかと今理解する。


「病気なのか…?」


「病気だよ。手術の成功率は低くて、手術が成功しても100%治るか分からないって言われた」


聞いていいのか分からなかった。そして聞いて後悔した。それはあまりにも残酷な話だったから。

そして、彼女の話していた言葉の意味を理解する。


『何かあった時とか、なんで私だけとか、もう嫌だってなった時とか空を見ると元気出るんだ。あぁ、自分はこんな小さい事で悩んでるのかって。そしたら自然とね』


「あの時から…?」


「ん〜?ふふ、そうだね。あの時の溢しちゃった言葉覚えてくれてたんだ」


「なんで…」


なんで、もっと早く言ってくれなかったんだ…そう言いたかったが、言えなかった。


「中学の時、親友を亡くした君に私はさらに重しを残したくなかったんだよ〜」


「その事、なんで知って…」


「私の苗字は元々西坂だよ」


西坂…その苗字は直人と一緒の…


『俺、親が離婚したんだけど妹がいたんだよ〜しかも双子の!』


その時は直人の妄言だと笑っていた。でもそれが本当だなんて思っても見なかった。


「高校に入って君を見つけた時、中学の時に見かけた直人と一緒に過ごしていた頃の君では無かった。誰とも関わりを持たない君を救いたかった」


救われた。もう十分救われてたんだよ。人の気持ちと言うのはこう決めていても一人では心細く、また一人では実現困難だから。


「関わっていくうちに君の本心に触れてますます好きになった。でも病気が分かって落ち込んだ。あの日屋上で君に拒まれて気持ちの整理が着いたんだ。手術を受けようって…」


彼女は言葉を紡ぐ。目には太陽の光を反射し、光る粒が留めなく流れる。


「でも決心、揺らいじゃったな〜。君に会ったからまだ生きたいって思っちゃった…」


俺はどんな言葉をかけたらいい?どんな言葉なら安心させられる?彼女のその震える肩、溢れ出る涙をどうしたら止められる?彼女に会ったらと用意していた言葉は消えて無くなり、気づいたら口に出ていたのは、用意していた言葉では無かった。


「好きだ」


用意していた言葉ではない。嘘偽りの無い、自分の剥き出しの感情。


「俺は君が安心するまで、何度でも、何度でも言うよ」


「う、ううう…嬉しくても…涙って出るんだね…」


捉えた体温を逃さず、包容の間に甘い口づけ。その思いは黄昏の空に…



西坂家。そのお墓の前に立ち枯れた花を入れ替え、汲んできた井戸水で墓跡を綺麗にする。お墓に線香を備え両手を合わせる。


「さて、行くか」


あの日、屋上で交わした約束は今でも忘れず、この胸に抱いている。

そう『何度でも』君にそう伝える。

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『何度でも』君にそう伝える。 八蜜 @Hatime

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