第323話 第六次ガルツ要塞攻防戦(ガルツ要塞)

 第六次ガルツ要塞攻防戦はカザラス軍側にとって想定外の出だしとなった。


「防壁は後回しだ! 先に門を破壊しろ!」


 アーロフの命令で投石機部隊が偽装防壁の門に狙いを定める。巨大な門は鉄で補強されているが木製であり、厚さも防壁に比べれば薄い。


 投石機による攻撃が命中し、木製の門がたわみながら悲鳴を上げた。門はしばらく持ちこたえていたが、集中攻撃を浴びて門の一部が砕け散る。一部が破壊され剛性の失われた門は続く一撃で完全にその機能を失った。


「やったぞ!」


「奥の防壁にも門がある! そこを突破すれば目標は目の前だ!」


 門が破壊される様子を見てカザラス兵の士気が上がる。


「しかし次の門は手前の防壁が邪魔で狙いづらいですな。いかがいたしますか?」


 沸き立つ兵士たちとは対照的に、ヤナスが冷静にアーロフに確認した。


「仕方ない。次の門は破城槌で壊せ。投石機部隊は防壁の破壊だ。あの門では数人づつしか通れぬからな」


 アーロフの命令に従い、カザラス兵たちが先を丸くとがらせた丸太を運んでいく。それを数人がかりで門に打ち付けて破壊しようというのだ。


「行け! 壊せ!」


 ガンガンと破城槌が門に叩きつけられる。そのたびに門が大きく震えた。門はその攻撃に耐え続けていたが、その回数が十度を超えるとさすがにカンヌキが歪みだした。


 破城槌による門の破壊は、通常であれば守備兵の攻撃を受けながら行う危険な作業だ。この門は強固であったが、通常よりもはるかに楽に破壊されようとしていた。


「もうすぐ開くぞ! 盾兵は門の脇で突入に備えろ!」


 大きな盾を持ったカザラス兵が門が壊れるのを待つ。門の破壊と同時に突入し、矢の攻撃を防ぎながらガルツ要塞本体に取りつく手はずだった。後続の兵たちも門の近くに殺到し、出番を待つ。


 そしてついに木が折れる音とともに門が開いた。


「進め!」


 盾を構えたカザラス兵たちが開いた入り口に飛び込む。次の瞬間、空気を切り裂くブォンという音。


「……っ!?」


 何か茶色い、大きいものが飛び込んできた。地面にぶつかったそれは大きく跳ね飛ぶ。門のあった場所には赤い花が咲き、一瞬遅れてそれが後続の兵士たちに降り注いだ。それを浴びた兵たちはベチャベチャという嫌な感触を味わった。


「うわっ!」


 その茶色いものが落ちてきて兵士の一人が巻き添えを食って怪我をしていた。その茶色いものの正体、それはバリスタの矢であった。


 恐る恐る兵士たちが門の先を覗く。そこには先に飛び込んだ兵士たちの残骸と、こちらを向けて設置されたバリスタが見えた。カザラス兵が門を破壊して突入してくることを見越し、ロニーは地上、防壁上ともに数台のバリスタ、そして投石機と多数の弓兵をその出口に向けて準備していたのだ。


 やっと開いた門の先。そこはカザラス兵にとって地獄の入り口にしか見えなかった……


「門の先には敵が待ち構えており、集中砲火を受けます! 前進は困難です!」


「くそっ、ダルフェニア軍め……!」


 伝令の報告を聞きアーロフは顔をしかめる。アデルからの狙撃対策のため、アーロフの周囲には同じ格好をした影武者兼護衛が十名配置されていた。伝令には顔を下に向け、誰に言っているのかわからないようにすることが徹底されている。


「奇襲対策で崖上に配置している兵も魔物に襲われ始めているようです。一度下に降ろしては……」


 ヤナスが提案するがアーロフは首を振った。


「ダメだ。あの防壁が壊れるまでは相当時間がかかる。それを待っていては兵の士気も下がるし敵の援軍もどんどんやってくるだろう。それに急な出陣で兵量も心許ない。歩兵を崖上に昇らせろ。崖上からガルツ要塞を攻撃するのだ」


「崖上からですか……承知しました」


 ヤナスは頭を下げる。ガルツ峡谷はバーランド山脈の真っただ中にあり、本来は険しい岩山が連なる場所だ。しかしガルツ峠の頂上から流れる川によって地面が削られ、今のガルツ峡谷となった。今では川は枯れてしまっているが、ガルツ要塞の裏手にある泉がその名残だ。


 そういった成り立ちからガルツ峡谷の崖の上は険しい岩山となっている。もちろんその間を縫って進むことは可能だが、大軍が行軍することは難しい。そして地形の険しさもさることながら、危険なのはそこに住む魔物たちだ。


 カザラス帝国側もこれまでガルツ要塞を迂回しようと多くの調査兵を送ってルートを探したが、その試みは上手くいっていなかった。ヴィーケン軍側もガルツ要塞の裏手に通ずるような道には罠と防壁を配置し侵入できないようにしている。もっとも、これは敵軍に対する備えと言うよりは魔物を近寄らせないためという目的の方が大きかった。


 第一征伐軍に配備されている兵士たちの間でもバーランド山脈の魔物のことは認知されており、わけのわからない魔物に殺されるよりは人間相手に殺される方がマシというのが一般認識だった。


「崖の上に昇るのかよ……」


 命令を受けた兵たちが不安げに攻城塔を昇っていく。


「た、助けてくれ!」


「ええい、この草め!」


 南側の崖上では先に昇った兵士たちが群がる狩りフラワーと戦っていた。「狩りフラワー」は背丈1mほどの植物状の魔物である。一見、薔薇のような奇麗な植物だが、自由に動かすことができる数本の蔦と根っこを持っている。


 狩りフラワーは一人の兵士を蔦でからめとり、根をその兵士の体に差し込んでいた。根がポンプのような動きで兵士の血液を吸い取っていく。他の兵士がショートソードで斬りつけるが、柔らかくも強靭な蔦はその攻撃を弾いてしまっていた。ノコギリのように少しづつ削り、ようやく一本の蔦が切断される。


 攻城戦ということで槍や弓を持ってきている兵が多いことも災いした。狩りフラワーは斧や剣でなければ倒すのが難しい。また剣や斧があったとしても強靭な蔦は簡単には切断することはできなかった。以前にアデルたちがここで待ち伏せできたのは腕利きのフレデリカ隊の護衛があったからなのだ。


「うわぁ、蛇だ!」


 一方、北の崖でも悲鳴が上がっていた。数メートルはあろうかという蛇のような生き物が一人の兵士にかぶりついていた。他の兵士が助けようとするがその生き物は尻尾を振り回して威嚇する。それはリクウツボという魔物で蛇と違い口には鋭い歯が並んでいる。そのため蛇のように丸呑みするのではなく、食いちぎるのであった。


「くそ、あんな風に死ぬのはごめんだ……うわっ!」


 思わず後ずさった兵士は足の裏に柔らかい感触を感じ、悲鳴を上げる。足元を見るとネズミのような生き物が怒った顔で兵士を見上げていた。


「な、なんだよ驚かせやがって。ただのネズ……」


 次の瞬間、兵士の頭が宙に跳ね飛んだ。切断された首から盛大に血が拭きあがる。


 クリティカルラット。一見ただの非力なネズミではあるが、時折一撃で首を跳ね飛ばす強烈な攻撃を放つ魔物だ。クリティカルラットは「つまらぬものを斬ってしまった」と言わんばかりの表情で草むらへと姿を消した。


「こっちはなんだ! 何にやられた!?」


 突然頭を失った同僚を見て、カザラス軍に動揺が広がっていた。






「ここまでは想定通り。だがこれで諦めてくれるようなヤワな軍隊ではあるまい」


 戦況を見つめながらロニーが呟く。


「崖上からもカザラス軍が攻めてくるでしょう。しかし狭い山間からの攻撃ではこちらが数的優位に立てるはず。両翼の守備はお任せしましたぞ」


「は、はいっす!」


「任せとけよ」


 ロニーの言葉にヒューイとアルバートが頷く。ヒューイはミドルンの守備隊を率いて北側、アルバートは金獅子傭兵団を率いて南側、それぞれ崖上からやってくるカザラス軍の対処を任されていた。


 第六次ガルツ要塞攻防戦。その戦いはまだ始まったばかりであった。

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