第321話 回り道(イルスデン カイバリー)
「そうですか。アイナハーがやられましたか」
帝都イルスデンのラーベル教会の大神殿。人の好さそうな想念の男が報告を受け、残念そうに眉を目をつぶった。ラーベル教会大司教のマクナティアだ。
「やはり竜共とダークエルフの同盟は厄介ですね。急造品とはいえ、救命騎士団が時間稼ぎにもならないとは……」
マクナティアは小さくため息をつく。
「実戦で使えると分かったので良しとしますか。ちょうどテストをしたいと思っていたところですしね。ダルフェニア軍周辺であれば、向こうのせいにすることも容易でしょう」
柔和な顔に笑みを浮かべ、マクナティアが言う。しかし眼鏡の奥の瞳には冷たい光が宿っていた。
「しかしこれでダルフェニア軍はガルツ要塞に戦力を集中できます。アーロフ様は厳しい戦いを強いられるのでは……」
マクナティアの傍らに控えていた司教のフランツが不安を口にする。
「確かにアーロフ様の最終試練は少し厳しいものになってしまうかもしれませんが、まあおおむね想定内でしょう。犬の準備はできていますか?」
「はっ。すでにロスルー周辺に向かわせております」
「そうですか。くれぐれも人目につかぬようにしてくださいね。回収にも万全を期してください。アレは貴重なサンプルですから。それと北のドラゴンにも試作品を送ってください。ドラゴン相手にどれだけ戦えるか知りたいですし、ダルフェニアに合流される前に数を減らしておきたいですから」
「承知いたしました」
マクナティアの言葉に、フランツが深々と頭を下げた。
青白い月の光が夜空に広がっている。夏は完全に終わり、夜になると涼しさを感じられるようになってきた。そんな中、三つの影が空を横切っていく。翼をはためかせながらミドルンへと向かう影……それはアデル、ラーゲンハルト、イルアーナを抱えたハーピーたちであった。
「本当にガルツ要塞に直接向かわなくて大丈夫ですかね?」
「大丈夫だって。あそこを攻めたことがある僕が言うんだから間違いないよ」
不安げにいうアデルにラーゲンハルトが笑顔を向けた。
「まさに難攻不落の要塞。よくヴィーケンにあんなもの作れたなと思ってたけど、いろいろ話を聞いてるとよくわかったよ。あれはヴィーケン王家がこの国の独立を守ろうとする執念を具現化したものなんだってね」
ラーゲンハルトが呆れたように語る。ガルツ要塞はカザラス帝国が出来る前から作られていたものだ。旧ハーヴィル王国も強力な軍事力を持っていたが、当時の情勢では考えられぬほど強固な防御力を持った設計となっている。
「カイバリーもすごい強固な都市だったし、普通に落とそうと思ったらすごい大変な国だったよ。諦めてアデル君の下について正解だったかな。あはは」
ラーゲンハルトがおどけて言った。
「う~ん、心配だなぁ……」
アデルはそれでも晴れない表情で呟いた。
カイバリーの占領を終え、撤収の準備をしていた時。一刻も早くガルツ要塞に向かいたいアデルであったが、そこに待ったをかけた人物がいた。
「アデル、一度ミドルンに戻らないか?」
「え、どうしてですか?」
そう言い出すイルアーナをアデルはキョトンとして見つめた。
「ラーベル教会が欲しがっていた王冠が気になる。調べてみたい」
ヴィーケンの王位継承の証である王冠。キャベルナから預けられた王冠は「一番安全なところで保管するべき」というキャベルナの主張でレイコの部屋に置かれていた。そしてエリオット王も亡くなり、王冠の所有権は正式にアデルへと移っていた。
「王冠ですか? う~ん、それは戦いが終わった後でもいいんじゃ……」
珍しくアデルはイルアーナの提案に難色を示す。
「いや、僕も気になってたんだ」
そこにラーゲンハルトが割って入った。
「いままで教会は『薄気味悪い組織』程度の認識だった。帝国や権力者に取り入って勢力を拡大し、金や権力を手に入れようとする組織にすぎない。そう思ってたんだけど、それは違った。救命騎士団なんてダークエルフや冒険者ギルドですらわからない謎の軍事力。今後もそれが僕らに向けられる可能性は十分にある。そしていままで秘密にしていた力を使ってでも手に入れようとしたのが王冠だ。彼らの目的は知っておく必要がある。なんなら王冠を交換条件にして和解や共闘だってできるかもしれないよ」
「な、なるほど……」
ラーゲンハルトの話を聞き、アデルは唸った。
「それに僕らだけガルツ要塞に行ったところでどうにかなるもんじゃない。ロニーさんは優秀だよ。僕らがいなくても十分、カザラス軍の相手ができるだろう。相手が人間の軍隊ならね。僕らは今まで、相手からすれば未知の戦力である異種族の力を借りて勝ってきた。だけど今、その立場は逆転しそうになっている。今後差し向けられる
「より強力な敵? なんでそんなのがいるってわかるんですか?」
アデルは首を傾げた。
「カイバリー戦は相手にとって負け戦だ。教会が撤収の準備を終えていたことから言っても間違いない。つまり救命騎士団はラーベル教会にとって失ってもいい戦力に過ぎないんだよ」
「ええっ!? そんな……」
あれだけ手こずった敵が捨て駒だと聞き、アデルは絶句する。
「で、でも王冠を調べたからって、何かわかるとは限らないんじゃないですか?」
「おそらくだが、その王冠は何かの魔法道具だ。私が見れば、少なくとも魔法道具であるかどうかはわかる」
アデルの疑問に今度はイルアーナが答えた。
「魔法道具?」
「ああ。ラーベル教会にとって王位継承の証としての王冠は必要ない。自分たちがヴィーケン王国を支配するわけではないからな。金目のものとして欲していたとも考えづらい。それならば王冠にこだわる必要はない。そう考えるとラーベル教会が欲しそうなものといえば魔法道具と考えるのが自然だ。ヴィーケンは魔法文明を打倒した者たちが作った国。王位継承の証として何らかの魔法道具が受け継がれていたとしても不思議ではない。実際にミスリルの剣などが宝剣として受け継がれているようだしな」
「な、なるほど……もし強力な魔法道具であれば、僕らが利用できるかもしれませんね」
「全ては実物を確認してからだな。ここで推測だけで話していても何も始まらぬだろう」
イルアーナの言葉にアデルも頷く。
こうしてアデルたちは一度ミドルンへ寄ることになったのだった。
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