第3話 マイズ激昂
「どうしてマイズ様は僕を…」
マイズが自分を斬る瞬間をアデルは鮮明に覚えている。しかしそれでもなお、なぜそんなことが起きたのか信じられなかった。
「まあ、あくまでも推測だが、お前の功を横取りするためかもな」
(猟師に過ぎない自分などの功を侯爵であるマイズ様が……?)
アデルは釈然としなかったが、他に納得できる理由も思いつかない。
「僕の隊のみんなは?」
「ほとんどは殺された」
「なぜ僕は助かったんだ……?」
「私が助けた。お前の部下が抵抗して混乱が生じた隙に魔法で姿を消してお前を運び出した」
「魔法……?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
この世界でも魔法は一般的なものではない。少なくとも庶民が接する機会はほとんどない。人間では宮廷魔術師や神官など、限られた者しか使えないものとされていた。
「いや、さすがダークエルフだなと」
「まあ、我々の魔法は人間などとは比べ物にならんからな。お前の傷も私が魔法で治した」
イルアーナは胸を張って得意げに言った。
イルアーナの話によれば、アデルがマイズに斬られた日から3日ほど経っているらしい。とはいってもアデルの感覚で言えば現代日本を挟んでいるのでだいぶ前になるのだが。
場所はアデルが斬られたガルツ要塞からさほど遠くない林の中らしい。
「ここまではあなたが運んでくれたんですか?」
「お前の副官に協力してもらった」
「えっ、彼は死んだのでは……!?」
「いや、死体をゾンビにしてお前を運んでもらった。遺体は埋めたから安心しろ」
「ゾ、ゾンビ……?」
(聞かなきゃよかった)
やはりダークエルフとは邪悪な存在なのだろうか。アデルは少し不安になった。
「ところでこれはお前の持ち物か?」
「え?」
イルアーナが差し出した手には何か石のようなものが乗っていた。宝石のような形をしているが質感は石っぽさもある。色は赤黒く、少し不気味だった。
(固まりかけのマグマみたいな……)
アデルの頭にテレビで見た光景がよぎった。そう思うと触るのも少しためらわれた。
「いや、知らないですけど……」
「そうか……じゃあ捨てるか」
イルアーナはその石をポイッと放った。
(なんか気になるけど……まあいいか)
あんな石よりも気になることはたくさんあった。
「それで……どうして僕を助けてくれたんですか?」
「それに関しては移動しながら話そう。多少の痛みは我慢しろ。この辺は頻繁に見回りが来る」
アデルとイルアーナは巡回の兵士に見つからないよう、その場を離れた。
「死体が見つからんとはどういうことだ!」
マイズは側近のカークスに怒声を浴びせる。場所はガーディナ州都カナンにある自身の城の執務室だ。
大陸の南西に突き出た半島を領土とするヴィーケン王国は主に5つの州から成り立っている。
その半島の中でも南西にあるのが王都カイバリーを要するグラスター州、その東が牧畜が盛んなダルム州、グラスターの北西にあるのが漁業が盛んなソルトリッチ、北東にあるのが暗き森を有するガーディナ、ダルムの北にあるのがヴィーケンの守りの要、ガルツ要塞を有するソリッド州だ。
マイズはガーディナ州を治めるエルフレッド家の当主である。元々は黒き森に住むダークエルフたちから王国を守るために創設された州であり、そこを治める者は武に優れたものが選ばれ、代々「
とは言ってもここ数十年、森の怪物たちが組織だった攻撃をしてくることはなく、若者の間では年寄りが子供を怖がらせるためのおとぎ話だと思っているものもいた。
「なにぶん、戦争直後です。多くの死体があり、そこに紛れられると……」
マイズの側近、カークスは深く頭を下げながら弁明した。
「くそっ、敵襲と間違えられて騒ぎにさえならなければ……」
(それはお前の手際のせいだろう……)
カークスは悔しがるマイズを冷ややかに見つめた。カークス自身はカナンの留守を預かっていて、その場には居合わせなかった。
「……ですがアデルは間違いなくマイズ様が殺されたのですよね?」
「も、もちろんだ。あの傷で生きているわけがない! 体をほぼ真っ二つにしてやったからな!」
「でしたら判別の付かない死体の中に混じっているのでしょう。丸焦げの死体もあったそうですからな」
夜の出来事だったため、混乱の中でかがり火などが倒れ、現場には判別もつかないほど燃えてしまった死体もあった。
「そ、そうか……だが秘密裏に捜索は続けろ。アデルが生きているなどという噂すら逃すな」
「承知しました」
もう一度頭を深々と下げ、カークスは退室した。その表情は冷たく硬い。
(アデルは死んだことになっているのだ。何と言って兵たちに探させるのだ? もし生きていたとしても自分のミスだろう。やれやれ、捜索隊を出したと嘘をつくしかないか……)
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