成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~

てぬてぬ丸

第一章 旅立ちの章

第1話 プロローグ

アステリア大陸地図

https://kakuyomu.jp/users/tenutenumaru/news/16817330659499695429


ヴィーケン王国地図

https://kakuyomu.jp/users/tenutenumaru/news/16817330651213909239


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 アステリア大陸。この大陸にはかつては五つの国があり、周辺の二つの島国と合わせてアステリア七国として長年栄えてきた。しかし内乱や戦争の末、その数も徐々に減っていった。いまその戦乱の中心にいるのはカザラス帝国。大陸に存在した五つの国のうち四つをそのその領土に収め、南西に突き出た半島部を支配するヴィーケン王国をも支配しようとその手を伸ばしていた。


 カザラス帝国とヴィーケン王国の間はバーランド山脈によって隔てられている。この山脈は険しいうえにワイバーンなど危険な魔物の住処となっており、唯一、軍が移動できるガルツ峡谷が両軍にとって最重要地点であった。軍事力に劣るヴィーケン王国はここに要塞を築き、国防のかなめとしていた。


 寒さが和らぎ始めた初春、カザラス帝国は三万もの兵を攻略のためガルツ峡谷に進軍させた。国の命運をかけ築城されたこの難攻不落の要塞に、ヴィーケン王国は国中からかき集めた一万二千人の軍を詰め込んだ。ヴィーケン軍は半分以上が徴集兵であるのに対し、カザラス軍は専業の兵士。数の差だけではなく質の差も歴然としている。


 カザラス軍は狭い峡谷のせいで数的優位を生かせなかったが、地面に埋め込まれた木製の防御柵を破壊しつつ徐々に城壁に近づいていた。先頭に立つのは重厚な鎧と大きな盾で身を護る重装歩兵だ。雨のように降り注ぐ矢をものともせず、城壁を超えるための梯子を持った兵を守りながら進む。時折、ガルツ要塞の投石機から放たれる石弾によって肉塊と化す者もいるが、それを踏みつぶしながらカザラス軍は突き進んだ。


「城壁さえ乗り越えれば我々の勝利だ! 怯むまず進め!」


 前線の指揮を執る指揮官が兵たちに檄を飛ばす。毅然とした態度を装っているが、その声には若干の怯えが含まれていた。立派な鎧と装飾の施された兜を纏い、周りを盾を構える重装歩兵に囲まれながらも、目は不安げに泳いでいる。


「落ち着いてください、これだけの護りなら奴も手は出せますまい」


 副官がそんな様子に気づき、小声で指揮官をなだめる。指揮官は少し怒ったように副官に顔を向けた。


「も、もちろんだ! 私は怯えてなど……」


 しかし副官はそれ以上、指揮官の顔を見ることはできなかった。何かが視界を遮ったのだ。生暖かい、少しぬめり気のある液体が顔にかかっていた。それを拭い、目を開けると指揮官は消えていた。周囲の兵が信じられないといった様子で地面を見ている。副官も視線を下に下げると、地面に指揮官が倒れていた。そしてその顔には、深々と一本の矢が刺さっていた。


「ひぃっ!」


 副官は小さく悲鳴を上げた。自分の顔に指揮官の血液がかかったからではない。ここが狙われていると気付いたからだ。


「や、奴だ! ”首狩り”アデ……」


 副官が叫び声をあげる。しかしその言葉も飛来した何かによってまた遮られた……




 カザラス帝国からヴィーケン王国への攻撃は過去に二度行われている。いずれもガルツ要塞を防衛線としたヴィーケン王国がカザラス帝国の撃退に成功していた。前述したとおり、第三次ガルツ防衛戦はカザラス軍三万人がガルツ峡谷に進行、ヴィーケンは国中から集めた一万二千人でこれを迎え撃った。


 しかしそれまでの戦いとは違ったのは、カザラス帝国はバーランド山脈の地中を掘り進み、長大なトンネルを築き上げていたことだ。ガルツ要塞を攻めた三万人の兵士は囮だったのである。もちろんそんなトンネルを掘るの莫大な時間と労力がかかり、なおかつ相手の諜報から逃れることも難しいはずだが、なぜかヴィーケン側はトンネルの存在に気付くことができなかった。


 カザラス軍は五千の兵をこのトンネルからガルツ要塞の裏へ送り挟撃するつもりであったが、偵察中の小隊がこれを発見して阻止。この時、トンネルを発見したのがこの戦争で”英雄”と呼ばれることになるアデルである。本格的に軍を送り込む前に発見されてしまったカザラス軍は、ここでも数の優位を生かせず後退する。


 トンネルによる挟撃を諦めたカザラス軍は正面からの力押しを試みるも、アデルの正確無比な弓による射撃で次々と士官、下士官が討ち取られ、統制をが維持できなくなっていた。カザラス軍は無駄な兵の損失と戦闘の長期化を嫌い撤退。こうして第三次ガルツ防衛戦は終わりを告げたのであった。




 また大きな歓声が上がる。夜の闇の中に無数に浮かぶ焚火の周りで、お手本のようなお祭り騒ぎが繰り広げられていた。文字通り勝利の美酒に酔う兵士たちは歓喜と興奮、そして何より死の恐怖から解放された安堵から、皆が狂ったように酒を浴びている。


「隊長も飲みましょうよ」


 酒の飲めないアデルは副官の誘いを苦笑いではぐらかす。知らないものからすれば、まだ幼さの残るこの少年が大国カザラスを退けたとされる英雄とは信じられないだろう。


 彼は国家の危機に対処するため徴兵された一般人に過ぎなかった。猟師であった彼はその弓の腕によって多大な戦果をあげる。その活躍を軍も士気高揚のために利用し、実際の活躍以上に英雄へと祭り上げた。


 そこへ周りで酔いつぶれている兵士とは明らかに身分の違う男がやってきた。年のころは四十半ばだろうか。半分白髪が混ざった髪を後ろに流し、口ひげを蓄えている。身にまとったプレートメイルは貴族の証だ。腰には装飾の施された高価な剣を携えている。後ろには完全武装した兵士を十人ほど従えていた。


「楽しんでおるか」


「これはマイズ様」


 アデルが慌てて立ち上がり、敬礼をする。酔いのまわった副官はバランスを崩しながらもなんとかそれに倣った。


「はい、マイズ様が振舞ってくださった酒に喜んでおります」


「お前はあまり飲んでおらんようだな」


「あ、私はお酒が飲めないもので……」


「それは残念だ。他の兵の分まで回したというのに」


「も、申し訳ございません」


「まあよい、一人ならどうとでもなる」


「え?」


 マイズが剣を引き抜き、無造作に振るった。闇の中で揺れる焚火の明かりの中に赤い血飛沫が舞う。アデルは左肩に強い衝撃を感じたが、まさか味方である上官に斬られたとは信じられなかった。


 茫然とマイズの顔を見る。マイズは口を歪めてアデルを見下ろしている。笑っているのか、侮蔑の気持ちなのか、少なくとも哀れみや罪悪感は感じていないようだ。


 アデルの体から力が抜け地面に倒れる。その口からも血が噴き出し、呼吸を邪魔した。横を見ると副官が首から血を噴き出して倒れている。いたるところでアデルの部下たちが悲鳴を上げていた。


(中隊のみんなも……)


 先ほどまで生き残ったことを共に祝っていた仲間たちが次々と殺されていく。しかしそのことに悲しみや怒りを感じる余裕はアデルには残されていなかった。


「敵襲! 敵襲!」


 どこかで誰かがそう叫ぶのがアデルの耳に聞こえた。女性の声だ。その声に反応し、暗闇で多くの光が揺れ動く。


「くそっ、誰か敵襲と勘違いして兵を呼びやがった!」


 マイズの配下が狼狽えた声で叫んだ。


「落ち着け。アデルの隊は全員殺した。この場を離れるぞ!」


 マイズの言葉と共に複数の足音が遠ざかっていく。


 そしてアデルの意識も完全に闇に覆われた……


「英雄アデル暗殺」


 翌朝、ヴィーケン軍はそう発表した。カザラス軍が撤退したその日の夜、”英雄”アデルは敵の暗殺部隊の手によって暗殺されたと。若き英雄の死に多くの国民が悲しんだ。

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