第3話

吾輩の朝はいつも早い。

なぜなら朝が一番食い物が探しやすいからである。

これは吾輩の長年の経験からくる知恵だ。

吾輩はレベッカに気づかれないように寝ていたカゴから静かに抜け出す。

そして、食い物と情報を求めて外に出た。



この村は一言で言うとしょぼい村である。

吾輩は現代社会に慣れてしまっているからそう感じるだけかもしれないが。

しかし、村人たちの表情はそれなりに明るい。


前にいたところの人間よりも楽しそうに暮らしているように見える。

疲れ切った表情でとぼとぼと歩くスーツを着た人間みたいなのはいない。

幸せとは一体何なのであろうか?

吾輩はこの世の難しさについて少し考えてしまった。



朝ごはんにはパンを手に入れた。

レベッカたちが夜に食べていたので、簡単に手に入ると予想していた。

案の定、手に入れること自体はそれほど難しくなかった。

吾輩はレベッカたちがスープしかくれなかったのを疑問に思っていた。

しかし、その理由はこのパンを食べようとしたときに理解した。



とにかくこのパンは硬いのである。

家で飼われている猫どもが食べているあのカリカリするやつの何倍も。


ちなみに吾輩はあのカリカリするやつはあれはあれで好きである。

と言っても吾輩があのカリカリを口にする機会はそれほど多くはなかった。

最後に食べたのは夜の公園で酔っ払ったOLにもらったときであろう。

今となっては懐かしい思い出だな。


その硬いパンを食うのにずいぶんと時間がかかってしまった。

だが、ある程度腹は満たされたので、情報集めを再開しようとする。



「クロマル~!どこ~!」


レベッカが吾輩の名を読んでいるのが聞こえた。


「クロマル~!いたら返事をして~!」


このままでは村の人に迷惑がかかりそうなので、仕方がなくニャーと返事をする。



「あっ、こんなところにいたんだ、お散歩してたの?」


まあ、お散歩と言えばお散歩だ。


「じゃあ、お家に帰るよ、一緒に朝ご飯を食べよ!」


さっき、苦労してパンを食べたのだが……

まあ食えるときには食いだめをしておくか。



レベッカの家に戻り、用意された昨日の残りのような野菜スープを飲む。

そのスープもまずくはないんだが、もっとうまいものが食べたいのである。

吾輩が心の中で贅沢なことを言っていると、ダニエルが話し出した。



「では、こいつが食い終わったら、森に戻してくるぞ」

「えぇ!お母さんかお友達を探してあげるんじゃないの?」

「森の入り口に親や仲間らしきものがいればそいつらに返す」


ダニエルは吾輩の方を見ながらレベッカの問いに答える。


「だが、いなければそのまま森の入り口に置いてくる」

「森の中までは行かないの?」

「行くわけない。森の中心部には魔物も住んでいるんだ。危険すぎる」



魔物……?なんだそれは?

吾輩は食事を止めて、二人の話に耳を傾ける。


「でもだったらクロマルも危険じゃないかな?」

「大丈夫だろう、おそらくそいつは魔物の子どもだからな」


吾輩、魔物ではなく猫なのであるが……


「入り口にでも置いておけば、仲間がやってくるだろう」

「でも……」



ダニエルは一息入れてから、レベッカに語りかける。


「レベッカ。昨日も言ったが、森にこいつの親や仲間ががいるかもしれない」


ダニエルが吾輩を指さしながら話す。


「お前のワガママで離ればなれにするのは、かわいそうだと思わないか?」

「うん……」

「まあ、別れにくいのはわかるから、おれが森に置いてくる」



ダニエルは食事が終わった吾輩を持ち上げる。

そして、寝床に使っていたカゴに吾輩を入れる。


「その間、レベッカはおばさんのお手伝いをしてなさい」


そう言って、ダニエルは吾輩が入ったカゴを持ち上げて、そのまま外に出た。



どうやら異世界転移が正解だったのである。

さすが吾輩、見事な分析と推理だったな!

……喜んでいる場合ではなさそうだが。



現在、吾輩はダニエルによって運ばれている。

昨日寝床にしていたカゴと一緒に。

レベッカと一緒に村に来たときは森を遠く感じたが。

しかしダニエルの歩幅であればあっという間に感じる。



「動きが少ないのは助かるな。運びやすい」


ダニエルがぼそりとつぶやく。

だが吾輩は動かないのには理由があった。

今後の方針を吾輩の天才的な頭脳で考えていたのだった。


これから吾輩がとるべき道は3つある。


・森で暮らす

・村に戻って生活する

・別の場所に行く


まず、森で暮らすのはあきらかに得策ではないだろう。

先ほど聞いた魔物とやらの存在が不安すぎる。

どういった生き物かはわからぬが、このマッチョのダニエルが恐れるのだ。

吾輩が戦って勝てる可能性は非常に低い。

吾輩は武闘派ではなく頭脳派の猫だからな。


次にさきほどの村に戻って、村で暮らすという選択肢である。

正直これを選ぶ気はあまりない。

なぜならあの村には大した食い物がなかったからだ。

あんなカチカチのパンやくず野菜のスープを一生食う気はない。

吾輩はグルメなのだ。うまいものを食いたい。


となると、吾輩にとって一番いいのはもっと豊かな町に行くことである。

そもそもそんな街があるかわからないが、可能性は十分にあるだろう。

ただ問題はどうやってそんな場所を探すかである。

吾輩にはこの周辺の知識がなさすぎる。

あの村に周辺の地理やほかの町に詳しい者から話を聞ければいいのだが。

そんな都合のいいことは起きないだろう。



「おい、ついたぞ」


気が付けは、吾輩たちは森の入り口まで来ていた。


「どうやら、迎えはいないみたいだな。」


ダニエルが森の方を見た後、吾輩に語りかける。


「まあいい、ほら森に帰りな」


そういってダニエルは吾輩を地面にそっと置き、村の方に戻り始めた。

こんなところに置かれてどうしろというのだ。

地面に置かれた吾輩は村に帰ろうとするダニエルを見つめた。



そんな吾輩の視線に気づいたのか、ダニエルは急に振り向いた。

そして、吾輩の方にスタスタと戻ってきた。

なんだ、やっぱり吾輩が恋しくなったのか。

ダニエルはそのまま吾輩の横を通り過ぎて行った。



「せっかく森に来たのだから、ついでに回復草でも摘んでいくか」


そういってダニエルはそのまま森の中に入っていった。

回復草?なんだそれは?

興味を持った吾輩は森に入ったダニエルの後をつけることにした。



ダニエルは森に入ったすぐの場所で、変なにおいのする草を摘み取っていた。

それを吾輩はじーっと見つめていた。


「なんだ、まだいたのか」


ダニエルは吾輩が自分の手を見つめていることに気づいた。


「これか気になるのか?これは回復草だ。ポーションの材料になるんだよ」


ポーション!そんなものもあるのか。

確かポーションとはゲームなどで出てくる体力を回復できるやつだな。

吾輩はゲームはやったことはないが、子どもがやっているのを見たことはある。

しばらく世話になっていた老人の家に遊びに来ていた子供がやっていた。

やつが来ると吾輩のおやつが減るのであまり来てほしくはなかったがな。


「だから、これは月に1回来る行商人にそれなりの値段で売れるんだ」


行商人だと!吾輩が求めていた人材がいるのではないか。

行商人であれば、この辺の地理に詳しいに違いないし、

おそらくもっと大きな町にも行くはずである。


「おそらく2,3日以内に来るだろうからな。今日摘んでおこう」


さすが吾輩!天才なだけではなく運までいいとは。

日頃の行いのせいであろうな!



「あれ?待てよ?」


回復草を摘んでいた手を止めて、ダニエルが急につぶやいた。

そして、吾輩をじーっと見つめる。

なんとなく吾輩もダニエルをじーっと見つめる。


「こいつ、あんまり見たことのない魔物だよな?」


吾輩は魔物ではないがな!と主張するためにニャーと鳴く。


「ということは、もしかしてこいつ高く売れるんじゃ……」



吾輩はそれを聞き終わるまでもなく、一目散に逃げだした。



「ははっ、冗談だよ。元気でな!」


ダニエルがそう発した声は吾輩には届いていなかった。

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