第133話 好き
「きたよぉー」
冒険者ギルドに足を踏み入れると、ティナは元気よく挨拶をする。
今日はテトモコシロがいないから安全アピールは必要ないのだが、周りにいる冒険者はティナと俺を見て、笑顔で迎えてくれる。
ふ。うちの天使の可愛いさに陥落したか。
この街の冒険者もうちの天使の手によれば、造作もない事だったな。
「二階にいこっか」
「はぁーい」
ティナの手をとり、二階へと続く階段へと進む。
「まてまて坊主。二階は上級冒険者のフロアだ。坊主の依頼なら一階だな。あそこに依頼書があるから確認してみろ」
大柄な男性が俺たちの行く先をふさぎ、一階にある依頼掲示板を教えてくれる。優しいひとなんだろうな。
けど、俺は依頼掲示板を使ったこともないし、こう見えて上級冒険者なんだわ。
少しだけ優越感にひたり、男性の言葉を否定しようとすると。
「バカあんた、その子は大丈夫だよ。ごめんねうちの人が。最近ダンジョンから戻ってきたばかりでね」
「……いえいえ、お気になさらず」
横にいる女性が男性の頭部を殴打し、すぐさま意識が飛びかけている男性を引きずり、階段前からいなくなる。
殴った時の風圧、打撃音。100キロ越えであろう男性を引きずることができる腕力。
世界は広いな。
やはりこの世界の外見なんてあてにならない。
見た目は普通の女性。服装からは魔法士のように思われるんだが……あれは近接もいける人の動きだ。
この男女の冒険者のことが気になるが、今はうちの天使の宝物さがし優先だ。
男性がいなくなり空いた道を進み、階段を上っていく。
後ろからはまじか?と大きな声が聞こえる。よかった。一命をとりとめたようだ。
少しだけ耳を傾けると、だいたいあんたはさーと、女性の愚痴が始まっている。
頑張れ。優しそうなお兄さん。骨の一本ぐらいですむといいな。
関係性はしらないが、そういう時は全肯定がよい。言い返すなんてことはもってのほかだぞ。
言い返しても結局いい未来はない。穏便に、できるだけ穏便にし、愚痴を聞くだけでいいんだ。
男性の未来に幸あらんことを。
俺は名も知らない優しい男性の顔を浮かべながら、神様に祈っておく。アーメン。
「ソラ?」
「あー、悪いな。どこの世界でも大変なものは変わらないと再確認していたところだ」
「?」
「ごめん。わからないよな」
「んーん。ソラの考えている姿、ティナ好き」
「うっ」
「ソラ?どうしたの?」
胸が痛い。これは精神攻撃のスキルや魔法の類か?
ティナから好きという言葉が出た瞬間、俺の心臓は強く、早く鼓動し始めた。
どこか体温も上がり、脈拍も速い気がする。
なんたる攻撃力。これでも毎日ティナといる俺には耐性がついているんだぞ?
詳しくデータを取ったことはないが、おそらくティナの攻撃を50%はカットできている。
それなのに、俺のHPを全損させかねないほどの攻撃力。なんたる可愛さ、天使さか。
これが俺でよかった。フィリアなら確実にお星様となっていただろう。
「ごめん。なにもないよ。それより俺の考えている姿が好きなのか?」
「うんっ。ソラいっぱい考えごとしているでしょ?その時のソラカッコいいんだよー。みんなも好きなんだー」
「……ふぅー。ありがと。みんなってテトモコシロ?」
「そうだよー。ソラが考えごとしている時はみんなで見てるのー」
危ない。呼吸を忘れそうになってしまう。
あまりカッコいいとか好きとか言わないで欲しい。いや、本当に言って欲しくないわけでは断じてない。
ただ、いきなりは心臓に悪いんだ。嬉死しかける。
それにしても考えている姿がカッコいいか。
それこそ考えていなかった事柄だ。確かにどちらかというと普段から常に思考しているタイプだ。
ティナの可愛さ、天使さについて。モコの毛のモフ度について。テトの肉球の神秘さについて。シロの愛嬌について。
どれもこれも考察のしがいがあり、時間がどれだけあっても足りないぐらい考察したい内容だ。
んー、テトモコシロも俺の考えている姿が好きと。
みんなで見ていると言っていたけど、見られていたと思うと少し恥ずかしいな。
「今もかっこいいー」
「はぁっ……ありがとう。ごめん。暇にしてしまったな」
「んーん。見ているの好き」
ティナは俺の目を見つめ、あふれんばかりの笑顔でそう言ってくる。
やばいぞ?なんだこの天使は。
強すぎる。あまりにも強すぎる。二人きりのティナが無双状態なんだが。
それにティナはこんなに愛情表現をする子だっただろうか。
この数か月という短い間だが、あまりティナに好きと言われたことはない。記憶にあるのは最初の出会いの時ぐらいだ。
いつのまにこんなに笑顔で好きといえるようになったのか。
これは……たぶんテトモコシロのおかげだろうな。
ここは俺のおかげだと言いたいところだが、さすがにテトモコシロのおかげだ。
悔しいことに、ティナは毎日必ずテトモコシロのことを好きと本人に言っている。
俺は毎日言われないのにだ。
まあ、気持ちもわからなくない、ペット相手に好きとか可愛いとかをつぶやく愛情表現をしている人は多いだろう。人間相手には絶対にしないような愛情表現をしている人もいるはず。親戚のおねえさんがそうだった。
これは同じ生物カテゴリーに生まれてしまったが故の差なのだよ。
俺はそう割り切って、いつもティナに愛されているテトモコシロを平然とした顔で見ている。
それにしても二人の外出は定期的にしよう。こうやって二人になって感じるものも多い。
初めは少し硬く、緊張した笑顔だったティナも、本当のお兄ちゃんに、家族に見せるような自然の笑顔を見せることが多くなった。
母親の死、暗殺未遂事件、それの熱が冷めないうちに知らない男の子ともふもふと生活する。
俺たちについてくると決めたティナの心情はどんなものだったのだろうか。
たった五歳。貴族の教育がどこまで進んでいるかは知らないが、五歳なんてどの世界でもそんなに変わらないだろう。
俺だったら……俺がティナの立場だったら心が壊れてしまっていたかもしれない。
自分でも気づけないほど心にダメージを負い、日常生活すらできなかったかもしれない。
まあ、実際はわからないよ。
五歳の時の記憶なんてほとんど、いや、まったくないし。その時どのような考え方で生きていたなんて覚えていない。
思考力も低いはずだから、案外普通に生活するのかもしれないしな。
でも、いつか。ティナがもっと大人になって、家関連のことを気にしないようになったときに聞いてみたい。
『俺たちについてきて幸せだったか?』と。
目を開けると、ティナと目があう。
考えごとをしていた俺をずっと見ていたのだろう。
「俺もティナが好きだぞ」
えへへと俺の前で笑顔を見せるティナ。その笑顔はあまりにも自然でそこに嘘偽り、混じりけは一切ない。
この笑顔を守りたい。
俺が異世界転移した意義はただこれだけなのかもしれない。
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