第127話 妥協の二文字は許さない

「俺はティナに翼をさずけたい」


 ベクトル商会の一室で俺の真剣な声が響きわたる。


「……わふ?」

「……ごめんなさい。意味がわからないわ」


 モコとミランダさんは俺の宣言から数秒後、ようやく頭の整理ができたのか、俺に質問を投げかけてくる。


「聞いてほしいんだけど」

「わふ」

「うん。聞いているわ」

「ティナはどうみたって天使だろ?それでも残念ながら生物学的には人間に分類されるらしいのだ。俺には天使としか思えないがな。ここまでは理解できているよね?」

「わふっ」

「……うん。まあー、そういうことでいいわ。続けて」


 モコはもちろんっと元気に鳴いているが、ミランダさんの反応はいまいちだ。

 なぜかはわからないが、とりあえず、説明を続ける。


「ふと思ったんだ。うちの天使であるティナが本当に天使になるためには何が必要か。だって、天使である天使が天使ではないと言われるのは悲しい事でしょ?あんなに可愛いくて可憐で目に入れても痛くない、ふわりとした天使を天使と呼べないなんてこの世がおかしいでしょ?」

「ソラ君いったん落ち着いて?天使が暴走しているわ。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなの」


 俺の熱い気持ちを伝えていくが、ミランダさんからストップがかかる。

 確かに、天使が天使すぎて話が脱線するところだった。ティナの可愛さを語っているとどれだけ時間があろうと本題に進まない。


「ごめん。ティナが天使になるには、そう、翼がないんだ……」

「わふわふわふ?」

「そうだ。モコ。ないのならば俺たちがさずければいいんだ。えらいぞモコ」


 モコも興奮して話だし、だから翼をティナにさずけるのと正解を答えてきた。

 ほんとうちの子は天才だ。

 とりあえず、モコの体をわしゃわしゃしてあげる。


「ごめんなさい。まったくそのテンションにはついていけてないけど。ティナちゃんに翼をつけるってこと?」

「そう。何か方法はない?」

「んー。わかっていると思うけど。翼が生えてくる薬や木の実、ダンジョンさんの宝物なんかはないわよ?」


 それは想定済みだ。調べはしていないが、この世界に天使が溢れてない時点で理解している。

 おそらく翼を生やすようなものは存在しないだろうと。

 翼が生やすようなものがあると、みんな天使になっているだろ?可愛い子を天使にしているだろ?これは世界が変わっても常識のはず。だからこんな事実がわかったところで俺は悲しまない。


「わかってる。でも俺はティナに翼を授けたい」

「まあ、私に話に来たってことは服関係なんでしょうが、天使の翼ねー。正直無理よ」

「理由を詳細に教えて欲しい。できる可能性が何パーセントぐらいあるのかも」

「早口にならなくても教えてあげるから、とりあえず、ソファーに座って」


 ミランダさんの返事を聞き、ソファーから立ち上がってしまった。


「ごめん」

「いいわよ。無理といったのは商売の観点からね。翼の形状の服はどうしても形を保つのが難しいし、着用できる期間も短くなる。ドラゴンローブでさえ、比較的固めな皮で翼をつくり、着用期間を長く使用としているけど、おそらく二年ももたない。これは売る時にも説明しているわ」

「今回は商売のことは抜きにして考えてほしい。一着だけ、そうすればできないかな?そんなに長持ちしなくてもいい。別に一度着て次は着れないとかでもいい。俺は一目でも見てみたいんだ」

「そんなものを職人に作らせようとしているの?」

「失礼だろうが、この気持ちは変わらないんだ。どう?白金貨一枚、いや、二枚だす」


 ミランダさんはあきれを通りこしているみたいだが、金額の話しをすると目の色を変える。


「本気で言っているのかしら?」

「本気だ。そんぐらいの値段で天使が天使になれるなら、俺は幸せだ」

「わふわふ」


 モコも異論なしと。


「……はぁー、本気みたいね。わかったわ。ソラ君には感謝しているしね。やりますよ。それにお金はいらないわ」

「いや、ダメです。この金額は俺が天使のために使うお金。これだけは譲れないし、翼の材料にもこだわって欲しい。ふわふわで白い羽を翼状にし、なおかつ、ティナに似合うように作り上げて欲しい。ここに妥協の二文字はない」

「もう、ほんとバカなんだから。わかったわよ。では白金貨一枚もらいます。白いふわふわの羽ね。ダンジョン産の物でこれだけの資金があれば集められないこともないわ」

「なんなら俺たちがとりに行ってもいい」

「ここからだと遠すぎるわ。材料のことも含め、一度ティナちゃんをお借りするかもしれないけど、それ以外はベクトル商会会長、ミランダ・ベクトルにまかせときなさい。最上級の天使の翼を用意してあげる」


 胸を張り高々と宣言するミランダさん。

 俺は目の前がかすんでいくのを感じながらも感謝の気持ちを伝える。


「ありがとうございます。この御恩一生を通して返していきます」

「わふわふっ」

「もう、ほんとバカ」


 深々と頭を上げてお礼を言っている俺の頭をポンポンしてくるミランダさん。


「私も妥協はしない。最低でも半年、一年ぐらいは見ていて欲しい」

「それは……わかりました。最高の一品楽しみにしておきます」


 それは長すぎるのではないかと思ったが、移動だけでも数ヶ月かかり、作成にも時間がかかるのかもしれない。

 また、最高の一品ということだし、何個かの素材を試すのかもしれないしな。

 ここは大手ベクトル商会会長を信じよう。


 晴れ晴れとした気持ちでモコを引き連れ、ベクトル商会をでる。


 これで争いが世界からなくなる。

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