第118話 フィリアお前もか

「ソラ。起きてる?」


 なかば意識が覚醒していない早朝。

 部屋の外からフィリアが俺を呼ぶ声がする。

 体感的に早朝と言ったが、昨日は寝るのが遅かったため、すでに朝の時間はすぎているのかもしれない。


「んーー。起きてるよ?」

「入ってもいいかしら?」

「いいよ」

「入るわね。あら、まだみんな寝ているのね」

「わふっ」

「モコちゃんおはよう」


 ギラン組の殲滅、あほ金髪の処刑を終えた俺とテト。

 帰宅すると天使が眠たい目を擦りながらお出迎えしてくれ、そのまま一緒に眠りについた。それはもうすべての汚れが浄化させるような気分でティナカイロを満喫した。


 夜更かしをしたうちの子たちはもちろん仲良く夢の中。

 モコはフィリアの声が聞こえると目を覚ましていたが、ティナテトシロは目を覚ますようすはない。いつもはテトも起きるのだが、昨日あれだけ楽しそうに遊んでいたからか、起きてこない。


「どうしたんだ?」

「ソラがいきなり大量の回復ポーションを欲しがったでしょ?ソラらしくなかったからね。テトちゃんがケガをしていないか確認しにきただけよ。か、勘違いしないでよね。べ、別にソラがケガをしているかなんて心配してないんだから」


 うっ、朝からフィリアのツンデレは攻撃力が高い。

 求めてはいないが、こいつ外見だけは綺麗なんだよ。

 そんな美人が朝からツンデレしてくるとか、フィリアじゃなきゃ恋に落ちるところだった。

 危ない。俺は眠気で頭が回っていない状況で錯覚を起こすところだったようだ。。


 正気になれ。相手はフィリアだ。

 あの狂気じみた顔。まともな人間ができる表情ではない。

 いくらもふもふ、可愛いものが好きだといってもこいつは病気。隔離して療養してもらうのがいい。静かにねむりたまえフィリア。


「なんかいいなさいよ。その顔はまた私をバカにしているでしょ」

「しかたないんだ。フィリアは病気」

「はぁー?別に今もふもふの話ししていないでしょ。なんでそこにつながるのよ」


 朝から元気な奴だ。寝起きにフィリア。なかなかハードだな。


「でも、ケガはないようね。結局ポーションは使ったの?」

「もちろん、上級四本使ったぞ」

「え?ソラ大丈夫?テトちゃんも怪我はない?」


 俺に詰め寄り、服をめくり体を確認してくるフィリア。           

 あちこち触り、どこも怪我していないのを確認していく。

 テトは寝ているため、さわりはしないようだが、近くで観察している。


「ふー。本当に怪我はないようね。テトちゃんも大丈夫そうだけど……上級ポーションを四本も使うような怪我して……テトちゃんをいじめた人は誰なのかしら?」

「フィ、フィリア?」


 フィリアの体から魔力があふれ出し、部屋中に充満する。

 フィリアの表情は真剣そのものだが、どこか狂ったような目をしており、今にも首を刈り取りにいきそうな勢いだ。

 どこか部屋の温度が上昇したような気もする。


「と、とりあえず落ち着いてくれ。俺たちは怪我をしていないんだ」

「今はそんな嘘はいらないのよ?ソラ」


 怒るでもなく、諭すように、おっとりとした口調でいってくるフィリア。

 こ、これはやばい。

 話し方からでは感じないが、すごく怒っていらっしゃる。怒りが回りまわって冷静になる状態に近い。

 それにこれは……カトレアさんに少しだけ似ている気がする。

 

「ねぇ?ソラ。上級ポーションを四本も使うような大けがをさせたのは誰かしら?たしかギラン組の話をしていたわよね?ちゃんとつぶせたのかしら?生き残りはいるのかしら?私の子たちに傷をつけるなんて……」


 おっとりとした口調で俺に状況の説明を求めているが、フィリアの話が止まることがなく、話し出すタイミングがない。

 現状、私の子っていつ俺たちがフィリアの子になったんだとツッコめるような状況ではないのは確かだ。

 

「ちょっと、私行ってくるわ」

「えっ」

「お母様にもお伝えしなくちゃ。これはお仕置きが必要なの。私たちに対する敵対行為。生きていることが絶望だと思えるように、いろいろ考えないとね。ふふっ」

「まってくれ。フィリア。なぁ?とりあえずここに座ってくれ。フィリアは勘違いをしているんだ」

「大丈夫。ラキシエール家にまかせなさい。貴族が放置しすぎてのさぼったマフィアが調子にのったの。これは貴族である私たちの仕事。お母様、お父様と消してくるわ」


 こいつ俺の言葉の意味を理解しているのか?

 必死に座らせようとするが、フィリアは軽やかに俺の手を交わし、扉に向かおうとする。

 こいつこんな俊敏に動けるのか。


「モ、モコ。フィリアを止めてくれ」

「わふぅ」


 俺では止められそうにない。こういう時の最大の切り札モコガード。

 モコはフィリアの足にまとわりつき、フィリアの歩みを阻害していく。


「あら、モコちゃんも一緒に行きたいの?しかたないなー」


 さらっと、足元のモコはフィリアに抱かれ、モコガードが解かれる。

 う、嘘だ。あのフィリアがモコの攻撃に耐えるだ……と?

 やばい、このままではフィリアの勘違いがカトレアさんに伝わってしまう。

 それだけは避けないといけない。絶対にだ。

 フィリアでこの取り乱し様。カトレアさんなら……

 考えるだけでも大惨事だ。この帝都のスラム街が消滅してしまう可能性がある。


「ティナ、テト、シロ。起きてくれ。頼む。フィリアを止めてくれ」

 

 モコだけで無理なら、もううちの子全員で攻撃をしかけるしかない。

 

「んー。ごはん?」

「にゃ?」

「きゅ?」

「ううん。ごはんは後でな。今は緊急事態なんだ。フィリアをこの部屋にとどめて欲しい」

「んー」

「きゅー」


 ティナとシロはまだ眠いのか、頭が働いていないようで、ベットでノビをしている。

 テトはモコを抱き、今にも部屋を出ようとしているフィリアを視界で捕捉し、状況を理解したのか、すぐさまフィリアの元へ。


「んにゃー」

「あら、テトちゃんおはよう。テトちゃんもいくの?」

「にゃにゃにゃ、にゃんにゃん」

「ふふっ。くすぐったいわ」

「にゃっ?」


 フィリアの足元を高速で動き、手に捕まえられないようにしていたテト。

 普段なら、つかまることはないが、今日のフィリアは一発でテトを捕まえ、そのまま抱き上げてしまった。

 うそだろ?高速移動中のテトを捕えるだと?

 やばいやばいやばい。


「フィリアっ」

「いってくるわー」

「ちがーう」


 ダメだ、俺の声がBGMのようになっている。

 

「ティナ、シロ。頼む。フィリアを止めてくれ」

「んー。わかった。フィリアおねーちゃん」

「きゅうきゅうっ」

 

 ティナが後ろからフィリアに抱き着く。

 シロは前に回り込み、ドアの前にお座り。 

 ナイスコンビネーションだ。移動スピードを考えてもこれが最適解だろう。

 なにもいわなくても最適の布陣を敷けるのはやはりうちの子は天才か?

 とかを考えている時間などない。


「あら、ティナちゃん。シロちゃんおはよう。どうしたの?」

「んー。ソラ?」

「あー、フィリア。いったん話を聞いてくれ。俺たちは怪我をしていない。上級ポーションは研究に使ったんだ」

「んー?どうゆうことなのかしら?」


 うちの子全員を戦線にだし、ようやく俺の声が届いたようだ。

 手がかかる伯爵令嬢なことで。

 なんで俺は朝っぱらからスラム街の行く末を心配しなくちゃいけないんだよ。

 

「回復ポーションの効果を実験してみたくて、相手を被検体にして研究をしていた。だから俺もテトも一切傷を負っていないんだ」

「本当なの?」

「にゃっ」

「本当だ」


 真剣な表情で俺とテトを見比べて表情を確認してくる。


「嘘はついていないようね。もうー、先にいいなさいよう。ソラとテトちゃんが大けがをしたとおもっちゃったじゃない」


 にこやかに話すフィリアだが。

 勝手に勘違いをして怒り出して話を聞かなくなった奴のセリフではないわ。

 色々文句を言いたいところだが、一つだけわかったことはフィリアも怒らせると厄介ということ。。

 カトレアさんは単体で厄介な存在だが、フィリアも似たようなところがあり、さらにカトレアさんエドさんを巻きこんで問題を拡大させるという厄介さ。

 あれは本気で帝都のマフィアを懲らしめる勢いだった。

 

 そりゃー、可愛い娘が怒り心頭で話せば、カトレアさんは喜んで手を貸すだろう。その近くにいるだろう妖精も。

 それにエドさんの性格は知らないが、二人とも元Aランク冒険者ということは変わりがないので、戦力が高い。

 さらに貴族の本気、元Aランク冒険者が本気を出せば、どれだけの人材をあつめられるのだろうか。

 今回、寸前で阻止できたが、そんな事態に発展していたら、もう平謝りでは済まない気がする。


 気を付けよう。フィリアも怒らせてはダメ。

 いいか。みんな。


 横でテトモコは頷き、賛成の意を示している。

 残念ながらシロはアイコンタクトの意を読み取れていないようで、遊んでくれると勘違いしたのか、俺の足元に近寄ってくる。

 もー、可愛いんだから。

 

「それで?研究はうまくできたの?」

「おうよ、ちゃんと実になる研究だったぞ」

「回復ポーションの研究ね、誰にしたのかは知らないけど、想像したくはないわね」

「まあ、気持ちのいいものではないが、いい被検体だったぞ」

「ご冥福をお祈りいたしますわ」


 あほ金髪にそんなものは必要ない。

 崇高な研究に参加させてもらい、苦しみが少ない死を与えてやったんだ。感謝してほしいぐらいだぞ。

 フィリアは話を聞いて満足したのかそのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「ソラ―。お腹すいたー」

「にゃー」

「わふー」

「きゅー」

「そうだな。俺もなぜかお腹ペコペコなんだ。食べに行こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る