第115話 手のひらで踊らされるバカ


「ソラ殿、テト殿」

「ん?」

「にゃっ?」


 テト師匠による無慈悲な蹂躙が屋敷へと届き、屋敷では阿鼻叫喚が繰り広げられている中。

 屋敷から両手を上げ、俺たちの名を呼ぶ眼鏡姿の男性が一人。

 

 両手をあげているということは俺たちに敵対心はないんだろうが、俺たちは影世界に連れてきた人間を誰一人として生かしておくつもりはない。

 今更降参したからと言って、もう遅いのだよ。


「俺たちになんか用事か?もうすぐすべて終わるんだが」

「はい。拝見しておりました。さすが武闘大会優勝者様でございます。間近で見ることができ、このキリツ感動を覚えています」


 キリツと名乗った眼鏡の男性は深くお辞儀をしながら俺たちにお礼を言っている。

 こいつは……恐怖で頭がおかしくなったのか?

 

 極度の恐怖。それは簡単に人間の機能を壊せるんだ。

 

 簡単なものでは動物への恐怖。これは小さい時に感じた恐怖で大人になってもトラウマとして植え付けられている場合がある。悲しい話だが、田舎だと野犬は危険だからな、小さな子供だと恐怖して当たり前だ。狂犬病なんかも怖いし。

 

 事故や高所恐怖症はもっと、顕著に問題がわかるだろう。

 脳内に植え付けられた恐怖は時間が緩和することなく、避ければ避けるほど、さらなる恐怖が蓄積し、自然と体を遠ざける。


 こいつも突然の灰色の視界。膨大な魔力でおこなわれている水魔法の竜による蹂躙。それによる恐怖に耐えられなかったのだろうか。


「今更命乞いをしても遅いんだが?」 

「そうですよね。ただ、私がギラン組、エルドレート家に組する者でなく、シルベスターファミリーに所属していると言ってもダメでしょうか?」

「んー。証拠は?お前の口だけだといくらでも嘘がつけそうだが」

「これが証拠でございます」


 そう言いながらキリツは右腕をまくり、腕に書かれているナンバーを見せてくる。

 三か。

 シルベスターファミリーの情報は全くないが、これがシルベスターファミリーに刻まれている物なのだろうか。

 ここは……すこし物知りぶっておくか。


「ほぉー、ナンバー三か。なかなかの位のやつが忍び込んでいたんだな」

「私は潜入、煽動、精神攻撃が得意でしてね。今回の仕事には最適でして」


 そういいながら、少し笑みを見せるキリツ。

 煽動ねー。何を煽動していたんだ?

 返答次第ではお仕置きぐらいは必要だが?


「お前がギラン組を操り、俺たちを襲わせたのか?」

「さすが。ソラ殿これだけの会話でそこまで思考をめぐらせますか。これはランクを更新しておかなければいけませんね」

「口だけの賛辞などいらないよ。それにランク?お前は俺たちを怒らせたいのかな?」

「申し訳ございません。人を評価するのが性分なもので。ランクというのは私たちの組織、シルベスターファミリーにあるレッドカテゴリーと呼ばれるものの中のランクでございます。わかりやすくいうと、そのランクが高ければ高いほど手を出すなということでございます」


 レッドカテゴリーね。触れるな危険って感じなのかな?

 ちょっとそれに載っている人の名前を見てみたいものだ。


「ランクのことはわかったよ。で、先ほどの質問の答えは?お前が煽動し、少しでもうちの子たちに危険性がでたのなら、即殲滅対象なんだけどな?」

「それは困りましたね。私は少しだけ後押しをしただけなのです。煽動と言っても零から作り上げるのは難しいものでしてね。精神魔法もそこまで優秀じゃないといいますか……。今回はエルドレート公爵家の次男坊が着火剤としていましたので、簡単に火が燃え移りましたね」

「煽動することで、俺たちにギラン組を向かわせ、その報復としてギラン組の殲滅が行われる。シルベスターファミリーが描いた未来図はこんなもんかな?まったく、死神を無断で使用するとはお高くつくぞ?お迎えが早まってもいいのかな?」


 ちょっとおかしいと思っていたんだよな。帝都のスラム街をまとめている三大マフィアの一角ギラン組。そこの組長がたかが武闘大会の侮辱により、俺に敵対するのか?

 あのバカ金髪が依頼したといって、そんな簡単に受けるのか?

 長年組織をまとめ、スラム街を占拠している組が下す判断としては少しだけ安易に思えてしかたなかった。

 

 それにしても、シルベスターファミリー。死神を安くみすぎじゃないだろうか。

 優しい少年の顔を持つが、ボランティア活動は好きじゃないんでな。そんな時間があるなら俺は天使ともふもふと戯れたいぞ。

 

「ここに手紙があります。差出人はエルドレート公爵家現当主、カイル・エルドレート様です。これを読んでいただけると話の全貌がわかると思われます」


 カイル……だれだ?長男かな?

 エルドレート公爵家の現当主はあの息が臭いじじいで行方不明のはずだろ?

 もう当主の交代がされたのか?それだと早すぎる気がするんだが。


「手紙か。読み上げてくれ。精神魔法という物に疎くてな、お前に近づくのも嫌だし、魔法の発動条件がわからない以上リスクを冒せない」

「かしこまりました。では要約してお伝えさせてもらいます。ソラ君。父を殺してくれてありがとう。いつまでも席をゆずらない頭の固いじじいは邪魔だったんだ。僕が手を出すのは難しかったからね。手紙を読んでいるということはただ働きをさせてしまっているだろう。そのことについては後日謝礼金を払う。そしてソラ君の家族のことは大丈夫だと思っているが、危険性を与えてしまって申し訳ない。後日あって必ず謝罪する。

 働かせてしまっているついでに、弟をこの世から消して欲しい。僕が当主になるので、もうあいつは不要なんだ。初めは自由にさせるつもりだったけど、最近の問題行動が目に余ってね。ソラ君のこともあるし、気に入らないなら消して欲しい。それに僕はソラ君と敵対しないことを誓おう。ドラゴンと知り合いな君たちを敵対するのは、貴族としてだけでなく、人としてもしないほうがいいだろうからね。ソラ君が良ければ今後仲良くしてほしい。以上となります」


 こいつは思ったより厄介な奴が出てきたな。

 あほの金髪遺伝子はどこにいったのやら。あほの二文字はまったく見えず、手紙から読み取れるのは人間性の破綻、情報収集能力の高さ。そして少しのおごりか?


 まあ、ようはあれだろ?シルベスターファミリーとカイルが手を組んで、ギラン組とバカ金髪を消す手段を講じた。それに最適だった俺を使用したと。


 ちゃんとただ働きの事も触れ、うちの子たちの事にも触れる。

 俺の性格を十分に調べ上げ、怒りを買わないように立ち回る。

 

 ドラゴンのことについては、これぐらい僕は知っているという自己表現の一つかな?

 キリツさんの口から伝えられた言葉だが、その文章から自信があふれ出ているのを感じる。


 僕は君たちのことはよく知っている。どうだ、すごいだろ。そんな優秀な僕とは今後仲良くしていたほうがいいぞ。

 そういわれているようで癪に障る。


 それに弟を消して欲しいか。貴族の世界の兄弟関係が日本に生活している人間には理解できないような関係性があると知ってはいるが。こうも目の当たりにすると恐怖を感じるよ。

 血を分けた人間の命があまりにも軽すぎないだろうか。

 ギラン組をつぶすついでに消して欲しい。残念ながら、ついでで身内を消す判断ができる人間と仲良くなれる気がしないな。

 身内ではない俺らの命なんてそれよりも軽い物だろう。


 この世界では当たり前なのかもしれないが、俺やテトモコの事を化け物と呼ぶなら、カイルも一種の化け物だと俺は判断するよ。

 

「状況は分かった。だが、この魔法を見られてしまったら、お前を生きて返すわけにはいかないんだ」


 そう、影魔法は誰にも知られたくない。表の世界では土地や屋敷が消えただけで、どのようなスキル、魔法かはわからないだろう。だが、中に入ると影魔法だとわかってしまう可能性がある。

 

「これをご存じですか?契約の魔道具。契約した内容を相手に締め付け、破った時に罰を与える物。私も仕事がありますし、まだ生きていたいですからね」

「ほぉー、見たことあるな」

「さすがソラ殿です。大変貴重なものなのですよ」


 レオン殿下にやられれた魔道具だな。忌々しいが効果を知っていると恐ろしくて試す気にもならない。優秀な魔道具であることには変わりないのだが、リスク管理のため殺すのが手っ取り早い。


「もちろん、ソラ殿が私を殺せばいいだけの話なのですが、シルベスターファミリーは長い歴史がありまして、他国にも名を変え、形を変え、組織として存在しています。この大陸を安心、安全に回りたいのであれば、こんなちっぽけな命ですが見逃していただけると感謝します」


 ふーん。脅しってわけな。

 他国にも存在するなら、それを全部相手するのもめんどくさいな。

 ここはさすがナンバー三ってことにしとくか?立ち回りが上手くて、正直、もうこいつを殺すという気すらならない。

 契約するのもそんなに手間がかからないしな。手紙の返事も伝えてほしいし。

 

「にゃにゃっ」

「ん?」

「にゃにゃにゃにゃ」

「ほぉー、これが煽動ってやつの仕事か。スキルか魔法かは知らないが大したもんだ。テトもありがと」

「お褒めいただき感謝します。意識してはいないのですがね、命がかかっていますのでスキルが反応してしまったようです。申し訳ありません」


 テトに言われるまで思考にロックがかかっていることにも気づかなかった。

 テトが言うには俺は途中からキリツを全く警戒していなかったらしい

 魔物のテトの警戒心は消せなかったようだが、警戒心の強い俺の警戒を解くのはさすがと言わざるを得ないな。

 三大マフィアのナンバー三。俺が想像するよりこいつも厄介だな。

 もうこんなやつらと関わり合いたくない。

 はやく契約して表世界に送り返す。


「じゃー、お前は俺の魔法について他者に伝えることを禁止する。相手が理解した時点でお前は死ぬ」

「承りました。私、キリツはソラ殿の魔法について生涯他者に伝えることはしません」


 紫の魔石はほのかに光、契約ができたと示しているようだ。


「これで契約完了です。これはソラ殿がお持ちください。この魔石を割ることで契約が破棄されますので」

「ほぉー、そんな効果もあるのか」

「どこかでこれを使用されましたか?」

「……」

「契約ですね。わかりました。今さっき言ったように魔石を割ることで契約破棄できますので、お試しください」


 無言でいた俺の意図をくみ取り、対処法を教えてくれるキリツ。

 簡単に言ってくれるが相手は皇子様なんだよ。

 警備が厳重するぎるし、どこにあるかさえわからんわ。


「じゃー、カイルというやつにこう伝えてくれ。お前と仲良くする気はない。謝礼は受け取るが、今後俺たちに関わるなと」

「かしこまりました。そうお伝えします。ギラン組組長と次男坊はすでに寝かせておりますのでお好きにお願いします」

「ん?ありがと。じゃーな」

「お先に失礼します」


 終始礼儀正しく、最後にお辞儀をして影へと消えていくキリツ。

 すでに二人はなにかの作用により寝ているのかな?くー、最後まで優秀かよ。

 シルベスターファミリー恐るべし。

 

「なんか疲れたわ。それにしてもいつもバカは手のひらで踊らされる定めなのかな?」

「にゃー」


 崩壊しだしているギラン組の屋敷を見ながら、そうつぶやく。


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