第92話 戯れ

 水のせせらぎ、木々の葉がこすれる音。

 葉の間からこぼれはいってくる日差し。

 時折聞こえるくぅーんという気持ちよさそうでとろけるような声。


 魔物十二匹分の大量の肉を焼ききり、無事食事を終えた俺たちはまったりとした時間を過ごしている。

 目の前には、順番待ちの最後のウルフのブラッシングをしているティナの姿がある。

 その周りにはグレーのウルフが伏せて今にも寝そうだ。


 最新のモフモフが九頭。俺とティナがもふらないわけがなく。

 食事を終えた俺とティナはウルフの水浴びと乾燥、ブラッシングを行った。

 はじめにリーダーであろうウルフに声をかけたのだが、俺が言っても、ティナが言っても、モコの反応を待つばかり。

 しかたなく、モコに許可を出させるが、リーダーウルフはテトモコシロが先だとずっと駄々をこねていた。


 今考えると、知らない人間がなにかやると言って、ブラッシングを知らないウルフたちにとっては怖いものだったのかもしれない。

 モコの目もあることだし、無下にもできないが、知らない物はうけたくない。

 だから、モコにやってほしかったのかもしれない。

 まあ、モコがブラッシングをし始めて数分すると、九頭のウルフは何も指示をしていないのに、勝手に川で水浴びしていたがな。


 さすがに毛の多いウルフたちの乾燥は自然乾燥を待つと日が暮れるので、俺とモコの併せ技でやらさせてもらった。

 そう、風魔法と火魔法だよ。


 ウルフたちは恐怖の表情を見せていたが、モコの火力次第だから安心してと伝えると。

 決意を決め、戦場に向かう戦士のような顔になった。


 モコに殺させるならしかたないぐらいの気持ちなのかもしれないが。

 俺からするとモコがミスるとは思ってなかったからね。

 安心してそよ風をふかせて、モコは火を浮かべて温度調節をしていた。


 そのあとは俺とティナで手分けしてウルフたちをブラッシング。

 まあ、結果は言わなくても、今現在、ティナの周りで寝転んでいるウルフたちの姿を見ればわかるだろう。

 みんな気持ち良すぎておねむみたいだ。

 初めてされたブラッシングだろうからね。もしかしたら縄張りにお邪魔しているかもしれないから、これは感謝の気持ちだ。


 さすがに一二匹分の食事、ブラッシングを終えると俺もくたくたなので、もう動く気にならない。

 

「みんなもう巣にもどっていいよ?」

「わふわふ」

「ぐる。ぐるぐるぅー」

「みんないるのっ?」

「わふわふわふ」

「帰らなくてもいいのか?」

「ぐる」


 なぜかウルフたちは俺らのテントの周りを見張ってくれるらしい。

 正直テトモコシロがいるので見張りには困っていないのだが、この子たちもとろけて動きたくないのかもしれない。

 

「じゃーお願いするよ。もうそろそろ日が暮れるだろうし。テントでゆっくりしているよ」

「ティナはウルフちゃんと遊ぶ―」


 ティナの周りには二匹の比較的小さなウルフがおり、どうやらその二匹と遊ぶみたいだ。

 モコが頷いているので、監視はモコにまかせよう。

 おそらくシロも一緒に遊ぶだろうし、何かあれば結界を貼ってくれるだろう。


「遠くに行くのはダメだからね。テントが見える範囲内で。モコの言うことを聞くこと。わかった?」

「わかったー。いこー」


 そういってティナはウルフに乗り、動き出す。すこしだけ、ウルフの動きがぎこちないが、人間を乗せるのが初めてだからかな?

 それともケガをさせないようにちゃんと配慮してくれているのかな?


 まあ、ケガでもさせたらその時は俺もモコを止めないからな。それに俺も加わってガチギレだ。慎重に行動したまえ少年。

 

 リーダーウルフはティナを乗せたウルフの周りをうろうろ。

 相当心配なのだろうな。まあ、種の存続がかかっていると言っても過言ではない。


 俺はティナと違って移動時間に寝ていないのに加え、料理の大変さで眠気の限界だ。

 テントに入り、そのまま布団へとダイブ。

 

 布団の魔力。

 現代日本で布団から出られない、出たくない人がよく使う言葉だが。

 もしかしたらこの世界には本当に布団の魔力がある可能性はある。

 たったいま布団にダイブしただけでも、先ほどまでの疲れが、じわりじわりと軽減されていき、少しずつ体が温かくなっていく。

 上に毛布を掛けるとさらに安らぎ、温もりを与えてくれ、布団からの脱却を難しくさせる。


 考えれば考えるほど布団が魔力を纏っていると言われても不思議ではない。

 

「にゃー、にゃに」

「おいで」


 ほら、魔力に誘われてうちの黒猫ちゃんがやってきたぞ。

 テトは毛布を潜り俺の腕の中で丸くなる。

 毛布のモフモフとテトのサラサラとした感触を味わいながら、そのまま瞼を閉じる。




 体のしびれを感じ、目が覚める。

 目を開けて状況を確認すると、俺は両手を広げ、右にティナシロ。左にテトモコの枕となっていた。

 そりゃー、手がしびれるわ。

 どういう状況でなったのかは知らないが、寝返りの一つも打てない。


 そっと頭から腕を外そうとすると、テトモコが目を覚ます。


「起こしてごめんな。寝てていいからな」

「わふ」

「にゃ」

 右側のティナとシロは起きる様子がない。

 シロ、野生を捨てすぎだぞ?

 まあ、俺だから安心しているんだろうがな。

 

 テトモコは場所を移動し、ティナの近くに寄り添って寝転ぶ。

 そのまま二度寝をするらしい。


 俺はそれを見届けテントから出る。

 外は暗闇に包まれており、ウルフの寝息がところどころから聞こえる。

 

 おそらく深夜2時ぐらいだろう。

 夕方から寝たらこの時間に目が覚めるよな。

 日本なら、次の日学校だと地獄の睡魔と戦うか、一限を遅刻覚悟の時間に二度寝を決めるか。

 変な時間に寝るとどうしても次の日に響く。

 まあ、今は予定など皆無な休暇中。眠かったら寝る、自由を謳歌する十歳の少年なのだ。


 

 年甲斐もなく夜の風に黄昏ていると、三頭のウルフが森の奥から姿を現す。

 おそらくだが、昼の間にブラッシングしてあげた子だ。

 

 巣にでも帰ってたのかな?

 そう思っていたが、ウルフの口には大きな鹿の死体が一体。

 

 そうだったよ。死の森では夜の警戒を一応していたが、案外夜襲は少なかったため忘れていた。

 ここ、迷いの森はダンジョンだ。

 この世界にきて普通の森を知らないが、ダンジョン内の魔物は睡眠を必要とするのだろうか?

 

 神様が人間のために与えた食料、素材としての生物。

 神様が与えた命ということだけは他の生物と同じなのかもしれないが、それ以外は全く違う。

 意思がない。それが一番の違いなのかもしれないが、生活スタイルも違う可能性がある。


 このウルフたちは警戒網に入ってきた魔物を狩りに行ってくれたのだろう。

 そうやって周りを見てみると、遠くの方に鹿が二頭ほど地面に置かれている。

 ここらへんは鹿の魔物が多いかもしれない。


「警戒ありがとうな」

 

 そういって戦闘を行って、帰ってきたウルフの頭を撫でる。

 

「ここから警戒はいいよ。俺が起きているつもりだから」


 ウルフに伝えるが、思ったとおり首を横に振られる。

 まあー、モコが言わないと聞かないんだろうな。おそらくこの群れのトップは今はモコだから。

 

「じゃー、索敵できたら教えて?俺が倒しに行くよ」


 それにも少し反応に困っているが、納得したのか、首を縦に振る。

 昼から思っていたが、このウルフたちは頭がいい。

 俺の言葉も少しは理解しているし、反応も返せる。


 このウルフたちとやりあうには中堅の冒険者パーティーだと厳しいかもな。

 上級でも気をひきしめないと、足元をすくわれそうだ。

 頭がいい。それはそれだけで強さのレベルが上がる。


 戦闘において、特に立地の悪い森などでの集団戦において、戦略というものの存在は戦闘の結果を大きく変える。

 このウルフたちは戦略を練り、連携をとれる。そして各々咄嗟の判断で行動できるだけの知識がある。

 ウルフのホームである迷いの森、岩場での戦闘を想像すると、すこしだけ嫌になるな。

 

 まあー、だからこそ、低ランク滞の冒険者はこちらにはこないし、それ以上でもあまり近づかないのだろうがな。

 俺たちほどなら余裕だが。全員五体満足で帰れるパーティーは少ないだろう。

 

 このウルフたちも迷いの森の恵みを受けながら生活していくために岩場という場所をわざわざ選び拠点にしたのかもな。

 出会って、仲良くなってしまったから、すこしだけ気持ちがウルフよりになってしまったが。

 数日しかいない俺があまり肩入れするのはいけない。



 このウルフたちは今の生活が楽しいのだ。日々群れで狩りをし、寝る。

 ただそれだけかもしれないが種族を増やし、群れを大きくしていく。


 従魔になる魔物と違った、魔物本来の生活を謳歌しているウルフたち。

 従魔と生活しているからこそ、従魔としての生活の良いところを見てしまっているが、野生の良いところを忘れてはいけないな。

 魔物みんながみんな、従魔に向いているわけではない。

 このウルフたちは群れでいるからこそ生きていられるのだ。



 柄にもなく、深夜の月明かりが照らす川のほとりで、一人考えごと。

 







 ふぅー。俺ってかっこいいー。

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