第84話 そんなものはポイ
「すこし話がそれたの。褒美の話をしよう。ソラのことを欲しがっている騎士隊がおったから騎士として雇おうと思ったが、話を聞いてそれはやめた。王宮の研究者としてソラに一室を与え、そこの室長に任命する」
威厳のある声で高々と宣言する皇帝さん。
周りの観客もその声を聴いて、大歓声。闘技場が溢れんばかりの拍手に包まれる。
「その褒美辞退します」
王宮で仕事をする誉れをたたえるムード全開の闘技場で俺の無慈悲な声が響き渡る。
ほんとそれだけは勘弁して欲しい。
俺は権力の巣窟で生活する気なんて微塵もないからね。
「ほう。わしの褒美を断ると」
さきほどまでの優しいお父さんみたいな皇帝の雰囲気は消え去り、存在感が増す。
なんとも表現し難いが、同一人物とは思えないほどの圧力、オーラを感じる。
目を見て話していたが、目を見ていると飲み込まれると錯覚するほどの迫力があるので、そのまま視線を外してしまう。
「権力の巣窟には興味もありません。それに俺には大事なうちの子たちがいますので、王宮で働くことはありません」
うちの子たちの方を見て、淡々と告げる。
だが、俺が話している最中にも皇帝の威圧が収まる様子はない。
んー。どうしたもんかね。
こんなことで怒られても困るんだけど。
「よかろう。報告通りだ。では褒美の話だが、どんなものが欲しい?用意できるものであれば用意しよう。それとは別に白金貨五枚を授与する」
皇帝の表情がゆるんで威圧が消え去り、あっさりと俺の意向が通ってしまう。
なんだったんだ?
もしかして試されていたのか?
俺は恐る恐る皇帝の表情を確認するが、何も気にしていないのか、さきほどのお父さん皇帝になっている。
俺の心中など知らないと、他の褒美を提案してくれと再度声がかかる。
色々聞きたいが今はとりあえず、褒美だな。
どうしよう。んー。もともと物欲が少ないため欲しい物が今すぐ思いつかない。
とりあえず、うちの子たちが何も心配せず、幸せな時間を過ごせるようには何が必要だ?
思考を天使中心の物に切り替え、頭を働かせていく。
「貴族籍はいらないのですが、うちの子を守るために、貴族と同等の地位が欲しいです」
深く考える時間もないので、頭に浮かんできた不明瞭な言葉をそのまま口にする。
「ほお……」
ギロリとした皇帝の目が俺を睨みつけている……気がする。
なんかやらかしたか?
すぐに今さっきした発言を思いかえしてみると、失礼アンド無茶極まりない発言だったかもしれない。
あんたの下にはつかないが、そいつらと同等な権力をよこせ。
取り繕った言葉を使わなければ、これと同じ意味合いを持つ言葉だったのかもしれない。
基本的に貴族は王族に仕える家臣的な役割であっていると思うし、貴族籍の拒否だけでも王族に対する侮辱にあたるかも?
そう考えるとやべー。もしかしたら俺は自ら地雷が埋まる戦場へと突き進んでしまったのかもしれない。
ここからは一言一言、慎重に発言していかないと埋められた地雷が爆発してしまう。
俺は服の下に冷や汗をかきながら、皇帝から出される言葉をそのまま待つ。
「いいだろう。では王族から冒険者Aランクの推薦を出しておこう。強さは問題なく、情報ではラキシエール伯爵家の客人なのだろう?貴族関係も問題がないだろう」
皇帝から発せられた言葉を頭に入れ、その言葉に込められた気持ちも含め理解しようとしていく……が。
ん?王族からの推薦?なんだそれ。
たしかAランクになるのには冒険者ギルドのギルドマスター三人からの推薦が必要だったはずだ。
王族でもいいのかな?それだと貴族の冒険者が有利になると思うが……
それに一番の疑問はその話が俺が言ったこととどう関係があるのかだ。
「わからないような顔をしているがAランク冒険者は貴族と同等の権力を有する。ソラの希望通りだろう?」
「ありがとうございます」
正直よくわかっていないが、とりあえず感謝の言葉は述べておく。
貴族と同等の権力って、貴族の権力も爵位によって違うと思うけど……。
Aランクになったらすべての貴族から下に見られないということか?
おそらくそんなことはないんだろうな。まあ、結局のところは俺たち次第で相手の出方も変わるって感じかな?
思わぬ報酬だったが、Aランクにも一歩近づいたし、いらない物を押し付けられるよりはいい結果となった、
横にいる女性から白金貨五枚を受け取り、そのまま財布に入れていく。
今俺の右手には五億円が握られている。日本だとあり得ない話だが、この世界ではほんの小さな貨幣が一つ一億円。
改めて考えると恐ろしい話だな。
冒険者などの一攫千金を狙える職業じゃない人にとっては人生を変えることができる金額だ。
ヴァロン帝国最強を決める武闘大会の優勝賞金なら、それに見合う額ということか。
数日にして宝くじに当たった気分だ。
そこから皇帝のぐだぐだと長ったらしい校長先生のような話がなされた。
こういうのって異世界共通なのかな?
お偉いさんは人の前で話すのが仕事なんだろうけど、だいたいその内容はつまらないものばかり。
俺たちはステージ上にいるので、とりあえず立ったまま話を聞いている。
あまり興味のない話なのでそのまま右から左へと聞き流すだけだけど。
なんかいい事を言っていた気がするが、テトが甘えん坊モードだったので肩に乗ったテトを撫でていたら話が終わっていた。
皇帝さんがステージから降りて、俺たちだけが取り残される。
観客も立ち上がり、帰ろうとしている人もいるので、これで武闘大会も本当に終わりらしい。
「終わったみたいだし、俺らも帰るか」
「うんっ」
「ソラ君。お疲れ様です。優勝おめでとうございます」
ステージ上に上がってきた男性が声をかけてくる。
んー。見たことあるな。誰だったかな?
「久しぶりです。帝都冒険者ギルドの副ギルマスのオリバーです。覚えていますか?」
あー、思い出した。ジャイアントキリングという冒険者パーティ―の死体を見つけた時に対応してくれた人だ。
この優しい眼差しは見覚えがある。
変に良い子だと勘違いされているんだったよな……
「覚えていますよ」
「ありがとうございます。先ほど王族からのAランク推薦おめでとうございます。おそらくですが、数日中にランクが昇格すると思いますので、落ち着きましたら冒険者ギルドに顔をお出しください」
「え?確か三名のギルマスの推薦が必要でしたよね?王族が一人推薦したらもしかして昇格するんですか?」
「王族でも一人カウントです。もともとソラ君はスレイロンのギルマスの推薦がありますので、王族一名と、帝都冒険者ギルドの推薦でAランクになります」
「帝都?」
「はい。一応ギルマスの推薦ですが、私がギルマスに推薦させる予定です」
胸を張って答えるオリバーさん。
なんか話がトントン拍子だが、帝都の冒険者ギルドでほとんど依頼受けていないぞ?
そんな冒険者をAランクにしてもいいのか?
「不安そうな顔をしていますが、Aランクの昇格に依頼数などは関係ありません。そこまでの強さになると、依頼数なんてものは日数をかければいくらでも増えますからね。一番大事なものは人間性です」
「はあ……」
「ソラ君は冒険者ギルドのブラックリストに入る人はどんな人かわかりますか?」
「いえ、そういう話は何も聞いてませんが……素行の悪い人でしょうかね」
「大多数はそういう方です。ですが、ブラックリストで注意が必要なのは、強者であり、且つ人格が破綻している人です。まだ十歳のソラ君にはわからないかもしれませんが、大いなる力は人を狂わせます。富、名声、地位。それらはどれだけ元が人格者であろうと変えてしまうものなのです」
なるほど。オリバーさんの言っていることは理解ができる。
ゼンさんがもし非道な存在だったらと考えるだけでも恐ろしいもんな。
強者は変人が多い。誰かが言っていた言葉だが、俺もそう思う。
それが、魔法研究や研鑽をするタイプの変人ならいいのだが、人格破綻などの変人タイプなら大問題だ。
「ソラくんはその年でお金に目がくらむことなく、見も知らない人のためにお金を渡せる人です。それほどの人間性を持ち、且つ、武闘大会で優勝する力を持つ冒険者をAランクにしないギルマスがどこにいますか」
熱い気持ちをそのまま言葉にのせ、俺に訴えかけてくるオリバーさん。
すごい褒められているのはわかるんだけど、ほんとにあれは死体を思い出したくなかっただけだし、神様への感謝の印なんだよ。
別に子供たちに対する慈悲ではない。
神様へうちの子たちに出会わせてくれてありがとうとういう気持ちの方が大きい。
まあ、何も状況を知らない人にとって見れば、よくできた子供なんだろうな。
カメラを……という打算なんてこれっぽっちも知らないだろうし。
それにしても、どうやら俺はAランクになるっぽいな。
ジルドさんと話ししている時には思いもしなかったが、まさか俺の方が早くAランクになるなんて。
思い付きの褒美がまさかの結果につながりすぎて、俺自身が一番驚いている。
「まかせてください。絶対ギルマスに承諾させますから」
「う、うん」
確かギルマスってティナのおじいちゃんであるマクレンさんともめた時に一緒にいた人だよね?
大丈夫かな?
あの時の俺だいぶ問題児だったけど……
確実に印象は最悪で、俺がギルマスならAランクの推薦などありえないが。
目の前で胸を張りまかせてと言い張っているオリバーさん。
まあ、ギルマスが俺をどのように評価しているか知らないが、考えてもどうしようもできないな。
ここはオリバーさんにおまかせしよう。
「では、後日冒険者ギルドで会いましょう」
そう言いながら、オリバーさんは闘技場を後にする。
「ソラ、Aランク?」
「んー。どうだろう。帝都のギルマスが承諾したらかな。でも、Aランクに近づいたのは間違いない」
「やったぁー。AランクっAランクっ」
うちの子たちは自分の事のように喜び、エンジェルリングを作って嬉しの舞を舞っている。
そのリングの真ん中にいる俺はこのまま天に召されてしまうのかもしれない。
どこか、暖かくふわりとした空気が流れる。
「ソラ達―。家に帰るわよ。お母様も待っているから早く馬車にきなさーい」
ステージ上で昇天しようとしている俺にフィリアの声が聞こえてくる。
「行くっ」
「にゃー」
「わふー」
「きゅー」
俺を取り囲んでいたエンジェルリングは消え去り、フィリアの方に走りだすうちの子たち。
くそ。フィリアめ。
俺の癒し空間を邪魔しやがって。
「はいはい。そんな顔するなら、ソラはおいていくからね。ソラなんて観客に囲まれてしまえばいい」
「なっ、待って。俺も馬車に乗る」
「ソラ早くー」
ティナはモコの上から振り返り、俺を呼ぶ。
んー。天使だ。
俺は風魔法を使用し、最大限のスピードで待っているうちの子たちの元へと向かう。
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