第80話 訪問者

「ソラ。見てみて」

 

 ラキシエール伯爵家で夕食を終え、自室でゆっくりしていると、ティナから声がかかる。

 本から目を離し、うちの子たちがいる方を見ると。

 そこには円を描きうちの子たちが踊っている。


 エンジェルリング。

 またの名は天使の輪。

 意味としては天使の頭にある光の輪や艶のある髪の毛に光があたる描写のことを指し示すことが多いが。


 天使とモフモフが作り出す輪っかはエンジェルリングと呼んでいいのではないだろうか。

 盆踊りではないが、リズミカルに声をあげながら、円をかいて踊っている天使たち。


 なんだ?幸せの儀式か?

 それともご褒美か?

 なんだ?俺は何をあげればいい?抱きしめる?

 それだけだと俺が満足しない。


「これ、明日の試合に勝ったらするのー」

「にゃ」

「わふわふ」

「きゅー」


 どうやらみんなで考えた勝利の舞らしい。

 これを明日闘技場で見せると、試合どころかうちの子たちが表彰される可能性がある。

 応援頑張ったで賞を追加するべきだ。

 大会運営に交渉してみるか?


「可愛すぎるよ。ほんと天使だ」

「??」

「にゃ」

「もちろんテトモコシロも可愛いぞ」


 甘えてくるうちの子を思う存分に甘やかす。


「ソラ君お客様が来られています」

「え?客?」

「はい。ルイさんです」

「ルイ?」

「ルイさんっ?」


 うちの子ともふもふタイムを過ごしているとサバスさんから来客の報告が来る。

 夕食を食べてからの来客は珍しい。

 まあ、そもそも俺たちあての客自体が珍しいのだが。

 

「おう、問題児。帝都でも暴れているらしいな」

「久々に会った友達に言う一言目がそれ?もっと貴族の勉強したほうがいいよ」

「うるさいわ。今更ソラにとりつくろう必要ないだろ」

「ふんだ。で、なんで帝都に?祭りを楽しみに来たの?」

「そんなわけないだろ。仕事の報告だよ。記念祭の時に毎年来ているんだ」


 久々の再開でもルイは相も変わらず貴族らしさなんてない。

 ほんとに貴族か怪しくなってくるぜ。


「報告のことはいい。ソラに聞きたいのはこの手紙のことだ。てめー、クロエになんて言った?」


 ん?手紙?

 ルイが見せてくる手紙には宛名がクロエと書いてある。

 なんかまずいことがあったかな?

 思い返してみると、クロエさんの押しに負け、ルイのことを売った気がする……

 

 

「ん……俺は何も知らないよ?」

「嘘だな。ソラが嘘つく時、眉毛が少し上がるんだ」

「うげっ。そんな癖があったのか」

「やっぱり嘘じゃないか」

「あ。騙したな?」

「騙される方が悪い。でも、ポーカーフェイスしているみたいだが、それが不自然だから俺みたいなやつにはどうせばれるぞ」

 

 なに?俺があほなことしなくても、もともと嘘がばれていただと?

 そういえば、ルイは極秘部隊の人間だったな。

 もともとそういう表情を読み取るのが仕事なのかもしれないな。

 めんどくさい友達だ。


「それで、何か俺に言うことは?」

「ルイが悪いんだぞ。女性を獰猛な魔物のように説明しやがって。クロエさんに詰め寄られた俺の逃げ道はルイを売ることしかなかった」

「はぁー。だからこんな甘々な手紙が届いたのか。素直になったのねとか会いに来なさいとかめんどくさいことを……」

「それはごめんだけど。クロエさんルイの事好きみたいだし、俺にはどうしようもできなかったのさ」

「それは……そうだよな。どうしようか」


 お?なんかルイがしおらしいぞ?どうした?

 手紙を見つめているルイは困っているようにも見えるし、喜んでいるようにも見える。

 あれか?恋か?青春か?

 ふぅーとおちょくりたい気持ちはあるが、二十代後半の恋愛をおちょくるのはよろしくない。

 ルイはどう思っているのだろうか。

 手紙を見つめ終わり、うちの子たちに帝都で有名なお菓子屋さんのケーキをあげているルイに質問する。


「ルイはクロエさんのことどう思っているの?」

「んー。あいつ以上の女はいないだろうな」


 ひゃー。なんだなんだ。さらっと惚気られた気がするんだが?

 少し考えたが、ほぼ即答に近かったぞ?

 

 でも、それだとなぜクロエさんの気持ちに答えていないのか。

 俺の前ではクロエさんはルイの事好きオーラ全開だった。

 もしかしたらルイの前では違うとか?いや、手紙でも会いに来いというほどのアピールをしているんだ。

 それにルイの話だとちょっかいという名の攻撃もしているみたいだし。

 ルイもクロエさんの気持ちに気づいていると思うんだけど……


「ルイの反応からすると好感を抱いているみたいだけど、何がダメなの?」

「……十歳の子供に恋愛相談か」

「今そんな事関係ないでしょ」

「あー、悪い。そんな怒るなって」


 さすがに、これにはおこだよ。

 こういう話をいつまでもはぐらかしてちゃ相手がかわいそうだ。

 クロエさんもティナの先生になってくれたし、知らない仲ではない。

 どちらとも望む方向が一緒なら俺にも後押しぐらいさせてほしい。


「まだ、エドさんに恩を返し切れていないんだ。クロエと一緒になったらスレイロンにいることが難しくなる」

「エドさんへの恩って?」

「俺を冒険に連れて行ってくれたことだな。その中で命を何回も救われた」


 ふむふむ。なるほど。

 ルイは冒険者活動がそこまで楽しかったのだな。貴族としてとらわれることなく、外の世界に連れ出してくれたエドさんに感謝をしていると。

 でも、パーティーで活動しているなら、命の救い、救われは当たり前だ。

 しかも恩返しなんて、自分で恩をすべて返したって思う時なんか絶対に来ないんだから、深く考えすぎる必要はないと思う。

 特にルイなんか一生恩に感じてそうだし。

 

「ルイはいつまで恩返しするつもりなの?」

「いつまでか……考えてもいなかったな。返しきれないほどの恩がある」

「だよね。ルイならそうなんじゃないかなって。でも、恩を返すのって領地でエドさんのために仕事をするだけしか方法がないわけじゃないでしょ?俺なら教え子というか仲間が幸せになることも恩返しと捉えるけどね。命を救った人が幸せになるなんていい事したってルイも思わない?」

「それは……そういう考え方もできるのか」

「ルイは偉いくせに、そういうところはダメダメだな。クロエさんととりあえず今の話してみたら?すぐに結婚っていうわけではないんでしょ?」

「頭が固いのかな……でもクロエは後だ。先にカトレアさんとエドさんに話を通す」


 なんか反論してこないルイはやりづらい。

 恋愛になるとこうも弱くなるとは。でも今のルイは見ていて面白い。

 子犬のような表情で頭の中をめぐらしているルイ。

 可愛いじゃないかー。つんけんしているルイも良いが子犬ルイもいいぞー。

 頭を撫でてやりたいわ。

 

 それにしても、別に付き合うだけとか婚約だけなら、先にクロエさんでもいいと思うんだけどね。


「別にクロエさんからでもよくない?会いにいくんでしょ?」

「気持ちを伝えたら離れたくなくなるだろ。それだとスレイロンに帰りづらくなる」


 あれ……ルイから甘いオーラがあふれ出している。

 なんだ?さっきまでのしおらしいルイはどこへ行った? 

 一度、気持ちに正直になるとバカップルになるのか?なんだこいつ。消してやろうか?

 手紙をもう一度開き、にやけながら目を通しているルイをいまさらぶん殴りたくなってきた。

 器用に片手でシロを撫でてからに、顔がだらしないぞ。


「あー、もう相談は終了ね。とりあえず幸せオーラやめてもらっていいかな?」

「悪い。でも助かったよ。とりあえず、明日カトレアさんに相談してみる。今日はもう夜おそいから出直すわ」

「お、おう。明日は決勝戦でカトレアさんも見に来るらしいから家にいないかもだけど」

「そうか、なら俺も決勝戦みにいくわ。なんやかんやお前が戦っているところ見たことないしな」

「見に来てよ。優勝するから」

「おう、楽しみにしている。じゃー、また明日」


 そう言って、キラキラピンクオーラを放ったルイはラキシエール伯爵家から出て行った。

 決意したら人間はあれほど変わるのか。

 気持ち悪いほど輝いて眩しかった。あんなキラキラしたルイを見たことがない。

 でも、なんやかんや幸せな方向に進みそうだな。

 

 ふぅー。まさか人の恋愛相談がこれほどうまくいくとは。  

 十歳の俺にはまだ恋愛のれの字もないのに……ルイが少しうらやましい。

 

 ルイ、今は許してやる。だが、いつか絶対今さっきのルイをネタにしておちょくってやるからな。

 結婚式の披露宴で披露してやろう。


 そう決意した決勝戦前夜であった。

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