第57話 気にしないようにしていた
「ティナちゃんは回復魔法使う時どんなことを思っているの?」
「えっとー。痛いのなくなるように」
「そうね。他には?」
「ママのこと……」
少し声のトーンが下がりティナは答える。
「ママに回復魔法を習ったのかな?」
「うん。教えてくれた」
俺は近くで二人の会話を聞いているが、やはり、ママの話になるとティナは悲しそうな表情を見せる。
「クロエさん」
「なに?」
「ちょっとこっちに」
俺はクロエさんを小声で呼ぶ。
どこか不思議そうにクロエさんはついてくる。
「ティナのママは亡くなってしまったんだ」
「そうだったのね、泣きそうな顔してたから心配だったのだけれど。病気だったの?」
「詳しいことは知らない。だから今調べてもらっている」
「調べる?」
「うん。あまり言ってほしくないけど、ティナは殺されそうになったんだ。だから母親の死も疑問に思ってね」
「えっ?」
クロエさんは驚きの声を上げるが、すぐさま口を押えて黙り込む。
クロエさんにはティナのことをすべて話しておくつもりだ。
回復魔法を教えてもらう時に、どうしてもティナのお母さんの話になることは避けられない。
それに、ティナには家のことについてあまり口止めはしていない。
家の名前は言わないようにはしてもらっているが、あまりきつく注意すると、ママとの思い出さえ言えないようになってしまう。
今は俺やテトモコシロがいるが、ティナにとって親という存在は必要だ。
悲しいことに俺はティナの親にはなれない。
小さい時から一緒にいたママの代わりになることができない……。
俺はティナの中でママという存在を消したくない。
だからこそ、ママとの思い出の回復魔法を学ばさせてやりたい。
俺には今のところこれしかできないから。
そばで支えてあげることしかできないから。
ママの代わりにはなれないから。
だから、クロエさんにはティナのすべてを教える。
家の名前を伏せ、それ以外は俺の知る限りのことを話した。俺が嘘の兄弟であることも。俺がティナに回復魔法を学ばせる理由も。
「そうなのね。ソラは立派にお兄ちゃんできてるわよ」
クロエさんは目に涙を受けべながらも、俺を抱きしめてくる。
ふわりとクロエさんの甘くどこか落ち着く香りが俺の心を満たしていく。
大人の女性に抱きしめられるのはいつぶりだろうか。
人ってやっぱり温かいな。
女性特有の柔らかさもあり、余計に暖かく感じる。
母親と比べると失礼にあたるが、母親を思い出させる抱擁だった。
父さん、母さん元気に生活しているかな?
俺がいない地球ではどんな生活をしているのだろう。
新しい子供と生活しているのかな?
今でも趣味のゴルフを二人で続けているのかな。
金曜日に毎週やるおうち映画館はしているのかな?
俺は途中でいなくなったけど、あの映画のシリーズはもう見終わったのかな?
母さんの肉じゃがまた食べたいな……
父さんとまたキャッチボールしたかったな……
家族三人でこたつに座って、みかんを綺麗に剥く選手権……
また、したかったな……
二年以上忘れるように、意識しないようにしていた家族の思い出が頭の中で浮かんでくる。
今は思い出したくないのに、次々とくだらない思い出が、家族との大切な思い出が頭の中にいっぱいになる。
思い出さないように顔に手をやると、頬にあてた右手に冷たさを感じた。
俺は泣いているのか?
濡れた右手を見て、水滴に聞いてみる。
突然の死で異世界転移をして、テトモコ、ティナシロにも会え、充実した生活を送っていたと思っている……が。
どこか無理をしていたのかもしれない。
涙が流れているのを意識すると、涙が余計に止まらなくなる。
『この現象に名前をつけてください』
大喜利のようなボケを考えているが、涙は枯れることはない。
つまらないことを考えようとしても、頭に浮かぶのは両親とのつまらない日常のやり取りだけだった。
それがバカらしくもあり、俺の日常だったもの……
「お兄ちゃんはちゃんと頑張っているよ。ティナちゃんたちもこんなに可愛く楽しそうなんだよ?」
涙ぐみながらも俺を励まそうとしているクロエさんの声が聞こえるが。
クロエさんにとってみれば、十歳の少年が見ず知らずの五歳の少女を助け、必死に世話をして、疲れていると見えているのかもしれない。
普通ならそうだが、今の涙の原因はそれだけではない。
でも、異世界転移のことは話すつもりはないし。俺の精神年齢が二十三歳だと教えることはない。
ただ、ルイやフィリアにはいつか言ってもいいのかもしれないな……
周りを見渡すと、先ほどの騎士たちは訓練に戻っており、俺たちの近くにはいなかった。
あやうく、少し前は殺気を飛ばしながら怒っていたのに、今度は泣いているのかと笑われてしまうところだった。
しかも、そんなところを見られると俺がメンヘラみたいじゃないか。
俺はメンヘラではないつもりだ。
ちょっとうちの子たちが絡むと情緒が不安定になるだけだ。
「ごめん。もう大丈夫」
笑顔でクロエさんに返事を返す。
「そう、なんかあったら言いなさいね。一人で抱え込んじゃだめよ」
日本の俺より少し上ぐらいに見えるクロエさんに言われると若干はずかしいものがある。
でも、ティナのことを伝えてよかった。
肩の荷がすこし降りたような気がする。
うちの子たちを見てみると、どうやらじゃれあって遊んでいるみたいだ。
テトモコが先導して遊んでくれたのかな?
ティナに見られていないのはよかった。
泣いている姿なんてあまり見せたくない。
「じゃー、ティナちゃん回復魔法教えるね」
「うんっ」
「まず、体に循環させることはできる?」
「教えてもらった」
はい。と両手を出し、その手をクロエさんがつなぐ。
ティナがむむむと顔を引きしめている。
可愛い。
「にゃっ」
はいはい。邪魔はしませんよーだ。
ティナを見つめているとテトに怒られてしまった。
「うん。ちゃんと循環はできているわね。それに動かし方も繊細で上手よ」
「やったぁー」
「しかも魔力の質がいいわ。心地よくて眠くなっちゃいそうよ」
「ママもいってたー」
「よかったねー」
ティナは魔法循環の仕方が上手いようだ。
基本的に手をつないで魔力循環を確かめるみたいだな。
俺も魔力に気づいたのはモコが流してくれたからだったな。
魔力の質っていうのよくわからないが。そんなものがあるのだろう。
それにしても宮廷魔法士の三席にいるクロエさんにはどれぐらいの金を払えばいいのだろうか。
プロ中のプロの方にこれまで頼んだことないからな。
しかも何日ぐらいかかるかも知らないし。
そういうことを何も決めずに授業が始まってしまった。
これが悪徳商法だと大金が請求される流れなのだが。
俺の心配が伝わることはなく二人の授業は続く。
「どこまで習ったことある?」
「んー。ケガ治すヒールだけ」
「ヒールはできるのね。なら早いわ。一つできたら、意識の違いだけなの」
「ん?」
「大丈夫。今から教えるからね」
クロエさんがかみ砕いて説明してくれるようだ。
まあ、回復魔法のイメージをしろっと言われても俺は困るな。
医者であれば、細胞や臓器の知識があるから、この世界でも回復魔法を正確に使用できるだろう。
残念ながら、俺はそんな人体に詳しくないからな。
それに、ティナもあまり専門的なことを言われてもわからないだろう。
「まずね。毒を取り出すキュアは知っているかしら?」
「うんっ」
「その魔法はね。体の中で悪いことをしている毒をね。外に出すイメージをするの」
「んー。」
ティナは考え中でフリーズしているが、クロエさんは小瓶を取り出し、飲み干した。
あれって、話の内容からすると毒だよね……
さらっと飲み干したけど大丈夫なのか?
「ティナちゃん、魔力を手に集めて、私の体に触って」
「はいっ」
ぴとっと両手でクロエさんのお腹に触る。
「何か悪いもの感じない?体の中で反発するような感触はないかしら?」
「んー。これかな?」
「そう感じるものを取り除く感じで魔法を発動してみて」
「うんっ」
ティナは手に集めていた魔力をクロエさんの体へと移し、ゆっくりと体の外へ出していく。
体の中で少し光ったが。その時に魔法を発動しているんだろうか。
見ていると俺の魔法の知識のなさが浮き彫りになる。
やはり、俺も魔法の勉強したほうがいいな。だれか風魔法を教えてくれないだろうか。
「うん。ティナちゃん天才。体が楽になったわ」
「ティナできた?」
「できていたわよ。キュアという魔法で毒の摘出ができるわ。慣れればこんな感じ」
クロエさんは再度小瓶を取り出して飲み干す。そして、自らの体に手をあて魔法を発動する。
「終わったわ」
「え?もう?」
「そうよー。自分の体だからわかりやすいのだけど、慣れたら他の人でもこれぐらいの速さでできるわ」
「すごーい」
すごい早業だな。ティナはゆっくりと手を動かしていたが、クロエさんはスキャンするみたいに手を一回かざしただけだ。
「今日はこのぐらいにしましょうかね。家に帰って練習するなら、手に魔力を集めて従魔ちゃんたちを撫でてあげて。従魔たちが気持ちよさそうなら上手くいっている証よ」
「うんっ。するー」
「やりすぎには注意してね。魔力枯渇すると吐き気やめまいがするからね」
「はーい」
「にゃん」
「わふ」
「きゅう」
ティナに注意しているはずなのだが、テトモコシロも反応している。
される側も注意するとのことだ。
マッサージ中のとろけた君たちに本当に注意ができるかな?
数日は監視しておこう。
俺たちはクロエさんについて行き、訓練場を出る。
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