姫守の儀

姫守ひめもりの儀……ですか? 」

 そこは、尾満城でも入れる人間が限られている、密談の間。

 入り口は、城の外からは解らぬ様に造られ門番も特別な兵士を置いている。


「そう、姫守の儀。そもそもは敗戦し傘下となったくにの忠誠心を図る儀式としてこの中国の地にて行われていたものだ。

 ……問題は、何故それが忠を尽くした我等五楼撰に下されたか。だ」

 昼間なのに、その部屋は暗く。そして冷たい。


「恐らく、この命は井上殿ではありませぬな。井上殿にとって最大の力である五楼撰へこの様な仕打ちは委細合点が行きませぬ」

 その言葉に、最も装飾が大きい男が頭を抱えた。

「毛利殿か。そうなれば――これの意味は大きくわる」


「左様――これは毛利殿から井上殿陣営への静粛に御座います。

 例え、この儀に勝ち残ったとして」

 老中であろう白髪の侍がそう言った時であった。背後より軽い足音が響いた。


「咲姫様が、参られました」


 その声と同時に、開いた戸から中が陽光にて一瞬明らかになる。

 中に居たのは、先の年老いた白髪の侍。そして大きく立派な装飾を着物に飾った中年の頃の男性。

 残りは女性が4人。2人は咲と比べて歳が離れており恐らく祖母と母であると推察できる。

「遅くなりました、父上」

 咲がそう言うと、付いて入ろうとする老人に「姫様だけに」と門番がそれを阻止した。

「じいやがならんと申すのか? 」咲の抗議に「そうだ、この話はここにいる者のみで外への漏洩は相ならん」と、中の父と呼ばれた男が厳しさを混ぜて返す。

 その返答に咲は雪原の様な眉間に深い皺を刻んだ。「姫様。構いませぬ」だが、それを察してか老人は直ぐに彼女から離れそして深く頭を垂れた。

 それを見ると咲は大きく鼻で息を吐き、振り返ると部屋の中へと入る。


「父上、じいやを他人と言われる程のお話とはなんでしょう? 」

 咲の声に、父上と呼ばれた大きな装飾の着物の男は、静かに彼女を見つめ、そのまま周囲の者達へゆっくりと目配せをし、やがて口を開いた。

「咲、はやめい。お前達は我が尾満城当主、瀬戸豊ノ守実近せととよのもちさねちかの娘でありこの郷の姫君である」

 その場に居た咲以外の若い女性が肩を揺らした。どうやら、彼女達が早、名と呼ばれた者らしい。咲はその様子に恐怖の感情を見た。


「女子であれど城主の子として産まれ落ちたなれば、郷の危機の時にはその身を賭して民を護らねばならん」

 そこで、年上の女性2人が袖で顔を覆い、嗚咽を漏らす。


何国いずこかに、人質に行けと言う事ですか? 」咲の言葉に一瞬言葉が止まる。

 その様子に咲は全員の顔を順番に見、続ける。

「で、あれば、わざわざここまで極秘に致しませぬよね? まさか尼子にでも繋がりを持とうとでもせぬ限り」


 その言葉に今度は父親が大きく肩を揺らした。そして強く瞳を閉じる。

「咲、お前の勘の鋭さと賢さは一体、わしとおトイのどちらから引き継いだものなのか……」

 咲はその反応で、ここに自分達が呼ばれた意味を理解する。

「まさか、父上。この安芸の地で戦を? 」

 その言葉には、彼は大きな動作を付け加える。

「ばか………いや、そうとも言い切れぬか……。

 ……咲よ、其方には嘘は吐けぬな。春吉よ。わしの代わりにここから話してくれ」

 一気に力を失い、父親は老中と思われる白髪の侍にそう伝える。彼は、一瞬俯いた後言葉を発した。


「五楼撰をご存知で御座いますね? 」

 最早、その言葉は咲にしか向けられていない様にも思われた。


「……うちと、佐伯の皆臥、安芸の界田、佐東の柳王、賀茂の吉南」

 余りにあっさりと答えは出た。老中は続ける。


「そう、安芸国天王山てんのうざん城主、井上河内守元兼様が直属の家臣。五楼撰は元兼様の下、安芸の主毛利殿から授かりし誉ある称号」

 咲は首をその続きには横に振る。

「春吉。話が逸れている」

 それを修正する様に春吉は咳払いを1つ入れた。


「我々五楼撰は、井上殿を主としこの戦国を突き進む契りを結んでいます

 しかし――先日、井上殿から五楼撰に書状が届きました。

 それは、我等五楼撰に謀反の疑いが在るというものでした。

 勿論、その様な事実は存在致しません。ですが、主からの疑いは書面からもとても強いものでした」


 咲は目を細める。

「井上殿の書状にはこう記されていました。

 『謀反否定するなれば、五楼撰各代表を選出し姫守の儀にて勝ち抜きその真義と潔白を示されん』と」

 そこで、ようやっと咲は聞き慣れない言葉を耳にした。

「姫守の儀? 」

 咲の言葉に、左衛門と父親は目を合わせ小さく頷く。


「かつて、この安芸国にて行われていた郷の忠義を試す為に行われた儀式に御座います。

 内容は、幾数の郷から姫とそれを護る兵の2人一組を代表として、一つだけ武具を持ち天王山に入山。

 最後の一組になるまで姫を護りきった郷が終生までの主の信頼を得るというもので御座います」

 そこで、姉達がしくしくと泣き声をあげた。

「つまり……今日は今からその儀式に参加する姫君を決めると言う訳ですね」

 咲の言葉はあまりに明るく、春吉は呆気にとられる。


「咲、理解しているの?

 この儀式は、つまり」母親の言葉に、咲は首を横に振る。

「では、父上は井上殿の命を破り、反旗を返すと?

 我が娘一人の命の為に、郷の民達の命を天秤にお掛けになると? 」

 父親は、あまりの言葉に表情を歪め唸る様に尋ねる。


「咲、その命は其方やもしれんのだぞ? 」


「畏まりました。その姫守の儀なるもの。この咲が引き受けましょう」


 その返答は、予測すらしていなかった。

 その場に居た全員が息を呑む音を外に漏れる程鳴らし、困惑の声をあげた。


「咲‼ 貴女、何を言っているか解っているの⁉ 」叫ぶ様に涙声で茜色の着物の少女が言う。

「名姉様、無論です。それを踏まえた上で言っております。

 そもそも考えてみて下さい。早姉様は既に多数の縁談の話が来ている状態。まず、この尾満の先を考えるならば選択肢は私か名姉様しかありません。

 そして名姉様は身体も健康で強く、きっと跡継ぎを沢山御生みになれますでしょう。しかし、私は産まれつきのこの肌もあり、好きな時間陽の下にも居られぬ程貧弱。

 なれば、最早この様に皆で集まり代表を決める必要など元からないのです」

 茜色の着物の少女、名はそれを聞いて震えながら口を覆う。

 暫らく、女達の泣く声が場を流れた。


「本当に、それでよいのか? 咲」

 父親の言葉に、咲は何と微笑んで見せた。

「止して下さい。父上その様子ではまるで死にに行かされるみたいじゃないですか。その儀式。私はしっかりと努めて参るつもりですよ」

 父親が「ぐぅ」と唸った後、春吉が続く。

「護衛には、尾満随一の武芸者をお付けいたしまする。槍の家永やながか、一圓いちえん流の上賀かみが等が……」

 しかし、そこで初めて咲は困った様な表情を浮かべた。左衛門と父親はどうした事かと目を丸くする。



「あ、いやぁ……その、出来ればなんだけど……護衛には、さ……」

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