「ヤンキー少女がシンデレラになり王子に恋をするお話」

GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ

ヤンキー少女がシンデレラになり王子に恋をするお話。

福岡の某所──

夏の蒸し暑さが残っている人通りの少ない路地裏。日が暮れ始めていた頃。

「「「す、すいませんでした!」」」

 顔面アザだらけで鼻血を出している三人組の男たち。

神崎愛知に喧嘩を吹っかけた結果、たった一人の女子高校生にボコボコにされて跪き、地面と睨めっこをしていた。

「あんたら、次私の前に現れたらこれだけじゃすまないからな」

愛知がくるりと後ろを向くと、腰まで伸びた綺麗な白銀の髪がサラサラと揺れる。色白で細長い足に大きくも小さくもない胸。鋭い目つきでモデルみたいな体型の愛知は置いておいた鞄を拾って家に帰った。

「ただいまー」

家に着いた頃には日が暮れており、玄関を開けると暗い家にオレンジ色の光が差し込む。

誰もいない静かな家に帰宅したことを伝える。母は愛知が小さい頃に他界しており、父はサラリーマンをしているためいつも家に帰ってくるのは夜だった。

愛知は自分の部屋に直行しクラスメイトで親友の高橋沙耶香に電話をかける。

「もしもし、今帰ってきた」

「いつもより遅かったけど、また喧嘩してきたの?」

 沙耶香は少し呆れたようにため息をつきながら愛知に訪ねた。

「あっちから喧嘩ふっかけてきたから」

「喧嘩ばっかりしてると、好きな人ができても振られるよ」

「私は恋なんて興味ないし、それに私の事を好きになる男なんていねえよ」

「またそんなこと言って」

 愛知はふと時計に目をやり、時刻が20時になっていることに気づく。

「もうこんな時間、ごめんそろそろ電話切る」

「本当だ、もうこんな時間。今日は何を作るの?」

「お父さんがピーマンの肉詰め食べたいって」

「愛知の手料理美味しいもんな〜。私も今度食べに行くね」

「いつでも来ていいよ。それじゃ」

 そう言い電話を終了してリビングに向かった。

 まずは料理に必要な食材を冷蔵庫から取り出し、キッチンに運ぶ。

 ピーマンを切り、中の綿と種を取り洗い流す。次に挽肉に軽く塩コショウをふり、こねる。

 愛知は後の作業も慣れた手つきで行い、あっという間に料理が完成した。

「今日もうまくできたな」 

 料理が完成して間もなく父が帰ってくる。

「「ただいまー」」

 家に帰ってきた父は「いいにおーい!」ととても嬉しそうに微笑みながらリビングにやってくる。

「毎日ありがとな」

「お父さんは仕事で忙しいから仕方ないじゃん。それに家はお父さんだよりだから」

「おう! 頑張るぜ!」

 父はそういえばと付け加え、長方形の小さな箱を愛知に手渡した。

「何これ?」

「ポストに入ってたんだよ。愛知宛だって書いてあるし、沙耶香ちゃんからとかじゃないか?」

「沙耶香がそんなことするかな。私今日、誕生日でもないのに」

 小さく呟く愛知に父は「ご飯食べよっか」と促し、食卓に向かった。

 いつも通り2人は他愛もない会話をしながらご飯を食べ、ご飯を食べ終わった後はお風呂が沸くまで自分の部屋で過ごすことにした。

「本当なんだよこれ」

 突然届いた箱を愛知は困惑しながらも開封してみることにし、箱を閉めていたガムテープを剥がす。

「絵本? タイトルも何も書いてねえ」

 箱に入っていたのは一冊のタイトルが書かれていない薄い絵本だった。

「私、絵本なんて読まねえけど。沙耶香は何考えてるんだ?」

 愛知はますます困惑してきたが、少し気になり読んでみようと本を手に取り開いた。すると、本を開いたと同時にいきなり部屋は眩い光に覆われた。

 やがて光は消える。その場に愛知の姿はなかった。



 気がつくとそこは見知らぬ景色で、次第に感覚が鮮明になって来ると愛知の体は痛みを感じてきた。

「寝てないでちゃんと働きなさいよ。このブス」

愛知の服は小汚く、履いている靴は所々に穴が開いてあった。

 見知らぬ女性はサラサラとした長い金髪に赤色のドレスと相まってとても綺麗な見た目をしている。そんな女性は愛知をホウキで叩いて起こしていた。

痛みよりも先に愛知の頭の中を混乱が埋め尽す。

「ここどこだ?」

「はあ? あんた何言ってるのよ。寝ぼけてんの? ちゃんと働きなさいよこのブス!」

赤色のドレスを着ている女性の隣からもう一人金髪ショートカットの女性が顔を覗かせる。

ショートカットの女性はロングの女性と違い、黄色のドレスを着飾っている。

「あんたら2人とも私と容姿変わんねぇじゃねえか。それでブスって……どっちかとまだ私の方が可愛んじゃね」

二人はもう一度ホウキで愛知を叩いた。

「このブス! 私達に何てこと言うの!」

「痛えんだよ」

ムカついた愛知は立ち上がり、二人の顔面に軽く一撃を食らわせる。

「「痛い!!」」

二人は殴られた場所を両手で押さえながら、驚きの表情を浮かべていた。

愛知は状況が掴めていないまま、痛がっている二人を無視して現在いる家から外に出る。

扉を開けると目の前は愛知が見た事のない景色が広がっており、少し歩き、後ろを振り返ると明らかに今まで住んでいた家ではなかった。

「本当にここ何処なんだよ⁉︎」

愛知の頭がさらに混乱している所に、いかにも怪しげな紫色のマントを羽織ったお婆さんが現れる。

「やっときたか。随分遅かったな」

お婆さんはそう呟くと頭にかぶっていた紫色の三角帽子を取り、困惑している愛知を見て少し面白そうに微笑む。

「お婆さん誰?」

「わしは、あんたをここに連れてきた魔女じゃよ。本を開いただろ?」

「あー、あのタイトルも書いてない絵本」

「そうじゃ。実は、お願いがあって呼ばせてもらったんじゃよ。お主、『シンデレラ』という話を知っているか?」

そう言うとお婆さんは一人でに語り始めた。

「簡単に説明すると、ここはシンデレラの世界。で、シンデレラは姉妹のいじめに耐え切れず自殺をしようとしていた。それをみて、強い女性をここの世界に招待しようと考えたってわけじゃ」

「え? どういうこと? ここが童話で読んだシンデレラの世界?」

「そうじゃ。それで愛知にはシンデレラに変わってもらい、『シンデレラ』と言う物語を完成させてほしいんじゃよ」

「お婆さん何言ってるの? 馬鹿なの? 脳みそまでシワシワなの?」

「脳がシワシワって、たくさん使ったからじゃろ? そっちの方がええじゃねえか」

シワシワな顔をしたお婆さんは少し微笑みながら愛知を見つめる。

「王子と結婚するんじゃよ」

「は⁉︎」

驚いた愛知は今までで出した事がないくらいの大声を出した。

「いきなり大声を出すんじゃないよ」

思わず出た大声に片耳を抑えるお婆さん。愛知はごめんと一度頭を軽く下げ詳しい説明を求める。

「シンデレラの物語を完成させるためには、シンデレラは王子と結婚してもらわないかんのじゃよ」

「無理。早く家に帰して」

「即答じゃな」

「だって、お父さんは私がご飯作らないと生きていけないし」

「それなら大丈夫じゃよ。こっちの世界にきた瞬間に現実世界の時間は止まってるからの」

「はぁ……?」

「それに、王子と結婚してくれないと返さないつもりじゃから」

愛知がそれを聴くと大きなため息を吐き出してお婆さんを覗き込む。

「今までに聞いた話のどこを信じろって言ってんの?」

「大丈夫大丈夫! わしがついておる。お主は何も心配することはないぞ」

愛知は軽く言うお婆さんを軽く睨み、少し圧をかけながら言い放った。

「流石にお年寄りに手を上げたくないんだよね」

お婆さんは少しピクリとし、それでも引かずに愛知に頼み込んだ。

「私には無理だって。だってシンデレラはこんなに暴力的じゃないし、もっと女の子らしいじゃん。だから無理」

「大丈夫! 現実世界にあるシンデレラの話は大体が誰かが作った話じゃから」

「そんな大丈夫大丈夫ってお婆さん、さっきから何回……ってあれ作り話だったの⁉︎」

「なんじゃ、知らんかったんか。まさか本当にあったと思っておったのか? 意外に可愛いところあるんじゃな」

「うるさい!」

お婆さんは顔が赤くなった愛知を見て面白そうに、はっはっはと高笑いをする。

「私だけじゃないし! みんなが信じてるし!」

愛知は必死に答えるが少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「とにかくシンデレラと王子が結婚すれば、シンデレラ物語は完成するんじゃ。終わりよければ何とやら、じゃよ」

「なんだそれ」

愛知は頭の中にあるシンデレラを思い出し、それが作り話だったと知りキョトンとするが、すぐに冷静になる。

「王子が私と結婚してくれるとは思わないけど」

「まあ、そこは頑張ってもらわんといけんがな」

愛知は今まで恋愛経験どころか誰かに恋をした事がなく、誰も自分のことを好きになってくれる人はいないと思っていた。

そんな愛知にお婆さんが一言付け加える。

「王子は性格がいいからな、そこは心配しなくていいと思うぞ」

お婆さんは大丈夫とニヤニヤしながら愛知の肩に手を置き、お願いする。

「そういうことじゃねえよ。まあ、大事だけどもさ」

「大丈夫だ。心配せんでええ。わしが見守ってるから、頼むぞ」

「いいよ。その代わり結婚した瞬間家に帰してよ」

愛知は諦めのため息をつき、お婆さんの頼み事を聞くことに。

「分かった! そうと決まれば、即行動じゃな!」

お婆さんは急にテンションを上げ、愛知に今からすることを説明した。

「いいか、まずは一度王子様と知り合いにならんといかんのじゃよ。そうでなければ舞踏会へ入れない」

「ならどうすんの?」

「今から会いにいくんじゃよ」

平然とした顔でお婆さんは言うが、愛知は意味が分からないと言いたそうな顔になっていた。

「心配せんでも大丈夫じゃ。パッと会って、ちょこっと話て、帰ってくるだけじゃから」

「全く意味分からんが、家に帰るためだ」

気持ちを切り替えた愛知は、分かったと答える。

「おし。いくぞ!」

するとお婆さんはどこからか杖を出して愛知に向ける。その杖を軽く上下に動かすとだんだん愛知の下から光が溢れだし、次第に愛知は眩い光に包まれ、消えた。

愛知の視界が鮮明になると、そこは大きな木々が生い茂っていて、まだ空は明るいのに周りは薄暗くなっていた。

「……ここどこだ?」

愛知が辺りを見回すが辺り一面、大きな木しか生えてなく、すぐに森と分かった。

そんな薄暗い森の中を愛知は少し歩き進める。すると、聞いた事がない声に呼び止められる。

「貴様、ここで何をしている。ここは立ち入りを禁止しているはずだが」

愛知はすぐに後ろを振り向く。そこには今まで見たことのない、美顔で煌びやかな金髪の男が立っていた。

愛知は初めて見た美顔の男に少しの間目を奪われた。

「迷ってしまって、すぐ帰るから」

男は不思議そうに愛知を見て、危険じゃないと思ったのか愛知に近寄っていく。

そう言い愛知は来た道の方に向き、歩こうとする。が、男が再度呼び止める。

「そっちは逆だ。それに少し話をしようじゃないか」

「え?」

「さっきまで、ずっとお見合いをしていたから疲れたんだ。だから少し愚痴を聞いてくれないか?」

「別にいいけど」

男は付いて来いと愛知に言い、二人は歩き始める。少しすると森を抜け、大きな草原に出た。その草原の真ん中で二人は座り込み、男はいきなり話し始める。

「最近はお見合いばかりで参ってしまうよ」

愛知は「何か始まった」といった表情を浮かべ男の話を静かに聞いていた。

「お見合いって?」

「あー、親が早く結婚してほしいからって毎日のように好きでもない女性とお見合いをしているんだ」

疲れているのか男は、大きく雲ひとつない空にため息をつきながら背伸びをする。

「なんで? お見合いしたくなかったらしなきゃいいじゃん」

「そうも行かないんだよ。色々あって母上や父上が早く孫の顔を見せろってうるさくてね」

「何それ。私だったらそんな親ぶん殴ってやる。ていうか、何でお前はそんな親の言う事聞こうとするんだよ」

そんな男に愛知は不思議そうに思いながらも思った言葉を吐いた。

男は愛知が放った言葉にびっくりしたように目を見開き、数秒間の間二人の空間は静かになり風の音だけが過ぎ去っていく。

「私、変なこと言った?」

「い、いや。そんなこと言う人初めて見たから」

今まで自分のお見合いでここまで言われたことが無く、愛知に叱られた男は愛知のことが少し気になり始めていた。

キョトンとしている愛知に、男は少し面白そうに微笑みかける。

「君って、面白いね。確かにそうだ。君のお陰で元気が出たよ、ありがとう」

その後、二人は少し話をして別れることになった。

「あ、そうだ。これ」

「何これ? 招待状?」

愛知は男から招待状と書かれている白色の封筒を受け取る。

「今夜舞踏会があるんだ」

「舞踏会?」

愛知が首を傾げると、男は詳しい説明をしてくれた。

「えっと、いろんな貴族の方が一斉に集まって、踊ったりするんだ。主に僕のお見合い相手を探すために開かれる会なんだけどね。そこで、お見合いしないって公表しようと思う」

男は決心したように今までとは違い、キリッとした顔立ちになっていた。

「で、何で私を招待するの?」

「君に見ていてほしいからだよ。僕にあんなこと言うの君だけだよ」

と男は楽しそうに、にこやかに微笑む。

「わ、分かった」

男は森の出口まで愛知を案内し、すぐに二人は別れた。

一人になった愛知は手に握っていた招待状をじっと眺める。

「え、待って。招待状持ってるってことは、あいつが王子⁉︎」

「今更気づいたんかあんた」

「ヘあっ⁉︎」

いきなりお婆さんに話しかけられた愛知は驚いて、出したことがない声が出てしまう。

気がつくと目の前は、さっきいた場所とは違いお婆さんと出会った場所に変わっていた。

「びっくりさせんなよ! ていうか、戻る時は何か一言声をかけろよ! ババア!」

驚きのあまり愛知はつい悪口を言ってしまう。お婆さんは、愛知の悪口を気にせずに話を始める。

「どうじゃったか、王子は」

「やばい。私、王子と知らずタメ口とか失礼な事とか言ったけど!」

「大丈夫じゃよ。何とかなる。多分」

愛知の顔色が少し薄くなってきた所でお婆さんがこれからすることを伝える。

「今からシンデレラの家に帰って、わしがくるまで待機じゃ。それと、家の人の言うことは一応聞いとけ」

「分かった」

愛知は素直にお婆さんの指示に従い、すぐシンデレラの家に帰宅した。



「あんた、こんな時間まで家のことしないでどこに行ってたの?」

家に着いた頃にはすでに日は暮れており、愛知が家の玄関を開け、玄関に入ると少し老けた女性がやって来た。

「す、すいません」

目の前にいる女性すら分からない愛知は、訳もわからずにただ謝る。

「本当に使えない子ね。私達は舞踏会に行くから、洗濯と皿洗いしててね」

「わ、わかりました」

支度を済ませた姉妹と老けた女性は綺麗なドレスと化粧をして、楽しそうに舞踏会へと向かった。

愛知はお婆さんの指示通りに家の人の言うことを聞き、3人が家を出た後に洗濯を始める。家にあるのは洗濯板で、愛知は文句を言いながらも衣服を洗濯し、溜まっている食器を洗う。食器洗いが終わった頃にお婆さんが現れた。

「待たせたな、そろそろ行くぞ」

いきなり現れたお婆さんに愛知は驚くも、すぐに分かったと返事を返す。

「で、どうやって舞踏会まで行くんだ?」

「そりゃ、徒歩じゃよ」

「え? カボチャの馬車とかは?」

「え? そんなの無理に決まっとるじゃろ。どうやったらカボチャが乗り物になるんだい」

お婆さんは愛知を小馬鹿にするように答え、愛知はイライラと恥ずかしさで少し顔が赤くなっていた。

数分後。

「ここで舞踏会が行われておる」

着いたのはとても大きいお城で、中で演奏されている音が外まで響き渡っていた。

「その格好じゃあんましだな」

そう言うとお婆さんはもう一度杖を取り出し、愛知に杖の先を向けた。すると、次第に愛知が来ていた小汚い服が、雲ひとつない青空のように綺麗な青色のドレスに変わった。

「靴もね」

もう一度同じことを行う。次は愛知の履いていたボロボロの靴が、綺麗なスカイブルー色でできたガラスの靴に変身した。

「……す、すげえ!」

(馬車も出せそうなきが……)

お婆さんは一度咳払いをし、今からすることを愛知に伝える。

「舞踏会で王子と一度踊り、時計が十二時を回る前に帰ってくるんじゃ。いいな、十二時をすぎると変身した衣服が消えてしまう」

「分かった。けどもし、時間が過ぎればどうなるんだ?」

「ガラスの靴は残るが、ドレスが消えて、お前さんはすっぽんぽんじゃ」

「……」

愛知は絶対に時間以内に帰ってこようと強く誓った。お婆さんはそんな愛知にもうひとつ、と付け加える。

「帰ってくるときにガラスの靴を落として来てくれ。これは必ず成し遂げなければならないミッションじゃ。これを忘れたら、全てが台無しになる」

愛知は小さな首を下に一度傾け、分かったと強く返事を返す。

そう言うとお婆さんは「行ってらっしゃい」と手を振り愛知を送り出した。

愛知は不安を抱えながも城に向かう。城の入り口で、男の人から招待状確認と言われ、愛知は持っていた封筒を見せる。男の人はどうぞ、と言い城の扉を開けてくれた。

「すっげえな」

扉が開くと目の前には階段があり、上を向くとシャンデリアがぶら下がっていた。

「まじ、おとぎ話の世界じゃん」

愛知は目の前にある階段を上がり、さらに大きな扉の前に着く。その扉の向こうから、多くの人の声と色々な楽器の音色が聞こえてくる。

愛知は一度深呼吸をして扉を開く。すると、今まで騒いでいた人たちは皆一斉に静まり返った。

演奏も途端に終わり愛知は少しの不安から大きな不安に変わり、頭が混乱し始めていた。

(なんでみんなこっち見てんだ⁉︎)

そんな愛知の元に一人の男がやってくる。

「とても美しい。びっくりしたよあの時とは全く印象が違くて」

「そ、そうか?」

愛知は、出たな王子。と心の中で呟いた。

今まで愛知は誰からも『美しい』と言われたことがなかったため、少し照れくさそうに顔を赤くしながら、下を向く。

「君は美しくもあり、可愛いんだな」

「う、うるせえ!」

愛知は初めての感情で、胸の奥でこそばゆさを感じ始めていた。

「そうだ! よければ僕と一緒に踊ってくれませんか?」

王子は片足を後ろに下げ、愛知に手を差し出す。

「いや、私ダンスとかしたことない」

「大丈夫! 僕がエスコートしてあげるから」

そう言うと王子は愛知の腕を引っ張り、周りの人々が退くようにして中央へと連れていく。

中央に着くと二人は向かい合い、王子は愛知のスラッとした腰に手を回す。愛知も真似するように王子の腰に手を回し、お互いの右手を重ね合いながら、ゆったりとした音楽に体を乗せる。

「そうそう。上手じゃないか」

愛知の長くも艶のある銀髪が、まるで空のように青く綺麗なドレスと靡いて、周りにいる人や王子を魅了する。

愛知の心は暖かくとても安心するような感触を味わう。

周りにいた人々は愛知と王子のダンスに見惚れて、「キレイ」「かっこいい」の言葉しか呟いていなかった。気づけば愛知と王子は二人だけの空間を作っており、そのまま二人は踊っていた。

ダンスに疲れた二人は外の空気を吸いに城の外に出ることにした。そんな二人の前に愛知が知っている女性たちが現れる。

「お、王子様お待ちになってください!」

愛知が帰ってきて速攻で怒った女性が近づいて来た。王子は進めていた足を止める。

「何だ」

「そ、その女はやめた方がいいです!」

王子は少し機嫌が悪くなったように眉を顰める。

「そいつは、暴力女なんです! 今朝だって私を殴ってきました」

3人の中から赤色のドレスを纏った女性が出てきて、愛知に指を差した。愛知は今朝ホウキで叩かれたことを思い出す。

「はあ? あれはお前が悪りーだろ」

愛知は機嫌が悪くなり始め、もう一度殴りたいと思い始める。

「ほら、こんなやつなんですよ王子様! 私の方が女性らしくて、それに美人です。こんなブサイクなんてやめた方がいいです!」

赤色のドレスに続き、オレンジと少し老けた女性も「私の方が、私の方が」と口を合わせて寄ってくる。

「だから何?」

「え?」

王子は怒っていた。それは誰が見ても顔に1番出ている。いつもは優しく可愛らしい顔が今はひどく怖い形相になっていた。そんな王子の顔と強く怖い圧のある声で言われた3人組の女性たちは怖がり、体を震わせる。

「この女性は僕の心を強くしてれた、この人を何も知らない君たちに悪く言う資格なんてないんじゃないかな?」

女性たちは黙り込み、王子はもう一言付け加える。

「それに、この女性がブサイク? こんな美人な人にブサイクって、君たちはもっと目を綺麗に洗った方がいいと思うよ」

それを聞いた愛知は顔を真っ赤にして横を向いていた。女性たちは王子の言葉にやられ、顔が真っ青になる。そんな時に愛知は腕につけていた腕時計で時刻を見ると、十二時まで後一分しかないのに気がつく。

「やば⁉︎ このままじゃまっぱになる⁉︎ 」

愛知は王子にごめんと言い、お婆さんが待っている場所に向かって、走り出す。

王子は困惑して少しの間固まってしまう。が、すぐに愛知を追いかける。愛知はドレスが邪魔だからと少し上に上げて結び、ガラスの靴では走りにくいと階段にガラスの靴を置き、全力疾走する。

ゴーン、ゴーン。

十二時を告げる鐘がなる。

後ろを追ってきた王子は、愛知を見逃してしまう。が、階段にガラスの靴が置いてあるのを見つける。



気がつくと愛知は元の世界に帰ってきていた。

「うわぁ⁉︎」

愛知は一瞬の出来事で、何が起こったのか分からず周りを見回した。

「……戻って……きた?」

少しの間ポカーンとしていると、何かがなくなっていることに気づく。

「あ! 絵本がなくなってる!」

以前まであったはずの絵本は消えており、絵本を入れていた箱だけが残っていた。

「もしかして、物語完成したの?」

愛知はホッとしたように深く寂しげなため息をつく。

「いやー上手くいってよかったな。家にも帰ってこれたし……」

愛知はシンデレラ物語が完成したから帰されたと考え、今まであったことを忘れることにした。

そんな時に父が下から、愛知にお風呂が湧いたと報告してくる。

父の声で愛知はハッと現実に帰ってくる。

「とりあえず、お風呂入って寝よう」

そう思いお風呂に入り、上がってすぐ眠りについた。



翌日。

「おはようお父さん。ごめん今から朝ごはん作る」

「珍しいな、愛知が俺よりか後に起きるなんて。なんかあったか?」

父は愛知の疲れている様子を見て心配そうに顔を覗き込む。それに愛知は大丈夫と答え、朝食作りを始めた。

今朝はパンとベーコンエッグの朝食。いつも通りに料理をしたつもりが、愛知は珍しくベーコンエッグを焦がしてしまった。

「愛知、本当に大丈夫か?」

「全然大丈夫。多分少し疲れが取れてないだけ」

父が愛知に一応熱を測るように言い、熱を測ってみる。が、熱は無く、ただの疲労だと愛知は話す。

幸い今日は祝日で学校は休みのため、ゆっくりできると愛知は父に告げる。そうだな、と父は答える。

二人はご飯を食べ、愛知は自分の部屋へと向かった。

「なんか、胸がすげぇ、モヤモヤする」

愛知は自分の胸を抑えて、今まで知らなかった感情と出会う。

王子と出会ってから数日が経っていた。それなのに、愛知は日に日にモヤモヤが募っていき、今日は得意な料理も失敗してしまうほどだった。

未だ何か分からないモヤモヤを愛知は、親友である沙耶香に尋ねることにして、電話をかける。

「という感じで、何だか変な出来事があってからずっと、胸の中がモヤモヤしてるんだ」

愛知はこれまでの事を沙耶香に話した。沙耶香は最初驚いていたが、すぐに愛知の話した事を信じた。

「んー。多分だけどそれ、恋煩いとかじゃない?」

「恋煩い?」

小首をかしげる愛知に沙耶香は続けて説明をする。

「うん。愛知は多分王子様に恋をしたんだよ」

「え?」

愛知は沙耶香の言っていることがあまり理解できていなかった。それは、愛知には恋愛経験が無く、人に恋をするといった行為をしたことがなかったからだ。

「愛知は王子様にまた会えるとしたら、会いたい?」

愛知は少し考え、ありのまま思ったことを言った。

「会いたい」

「それはきっと恋だよ。愛知」

「これが、恋?」

もう一度自分の胸を抑え、自分に言い聞かせるように呟く。

「これが、恋。私は王子に会いたい!」

そう願うと、目の前にまた絵本が現れた。愛知は何の躊躇もなく、絵本に触れ、開く。

すると、部屋は眩い光で覆われる。 やがて光は消える。その場に愛知の姿はなかった。



「まさか、もう終わりと思ったか?」

お婆さんが愛知の目の前に出てきて、ニコニコと微笑みを浮かべている。

「言ったじゃろ。シンデレラと王子が結婚しないと、シンデレラ物語は完成せんと」

「本当、いい趣味してるよお婆さん。ありがと」

一人のシンデレラはとても幸せそうに微笑みながら、そう言った。

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