代償~Re:make~

宵闇(ヨイヤミ)

代償

今の人生は一度きりだ。それを僕がどう過ごそうと、他人には関係ない。僕の人生をどう過ごすかは、僕自身が決める。


僕が犯罪を犯すことも、善人であり続けようとするのも、それは僕の自由だ。他人に口出しされる筋合いはない。


ただ、これと言ってやりたい事があるわけでもない。死ぬまでの時間を、何年、何十年と過ごすにしては、暇過ぎる。


なんの面白みも無い人生なんて、退屈で仕方がないんだ。一度くらいは、何か面白ことでもないとつまらない。


そんなたいそれた事じゃなくていいんだ。ただほんの少しでもいいから、僕の中で衝撃的だと思えるような、そんなことがあってくれればそれだけで僕は十分なんだよ。









僕はある日、古い本屋を見つけた。店内はとても暗く、老夫婦が営んでいる静かな店だ。


住宅街にある狭い路地を通った所にあるその店は、見た目こそ古いが、品揃えは良かったと思う。


今流行りの漫画や、つい最近賞を受賞した小説などもしれば、色々な資格の参考書も置かれていた。どれも最新版だ。


そんな本棚に1冊、真っ黒な本があった。とても分厚い本で、300ページを超えていた。著者や出版社などはどこにも記載がなく、いつ出版された本なのかもわからない。


付属で、黒い紙が折りたたまれた状態で付いていた。分厚めに見えるが、紙質は固くなさそうだ。


表紙には《魔導書》と書かれており、厨二病の持ち物のような代物だ。


「まぁ、たまには悪くないかな」


僕はその本を購入した。価格は税込500円と、かなりの安値だった。だが、どれほど安いものであったとしても、これは無駄遣いだろう。


しかし、たまにはこういうのも悪くない。普段とは少し変わったことをしてみるのも、いいものかもしれない。


その本を実際に読んでみると、 “ 悪魔 ” と呼ばれる生き物について記載されていた。


その召喚方法や、代償について書かれている。記述内容から察するに、かなり昔のものである可能性が高い。


どうやら当時の人々は、戦争に悪魔を使用していたようだ。まぁそれも、この本が正しいものなら、だが。


“ 悪魔 ”と呼ばれるそれは、召喚主の願いをなんでも叶える1つ叶えてくれるらしい。


そして召喚主はその代償として、悪魔に何かを取られるという。この本によると、それは四肢であったり、命であったり、人によって異なるそうだ。


しかしそれが事実なのかは、僕には検討がつかなかった。だが物は試しだ。僕は実際に試してみることにした。


近所にあったは百円均一へ行き、白いチョークとカッターナイフを購入した。


そこからしばらく行ったところに橋があった。下には、もう使われていないであろう駐車場があり、橋のしたということもあり薄暗かった。


周りには野良猫がおり、近くに猫缶などがあった。きっと誰かがここにいる猫たちに餌を与えているのだろう。


僕は駐車場に、さっき買ったチョークで魔法陣を描いた。本にあるものを、そのまま書き写した。


書き終えたあと、中心部分に血を垂らさなくてはならないらしい。僕は購入したカッターナイフを取り出し、それで自分の指を切った。


すると切り口から血が流れ始め、僕はそれを魔法陣の中心部分に落とすために、そこに手をやった。


最後に本に書かれた呪文のようなものを唱えれば完全らしい。何と書かれているかは分からないが、人間でも読めるように発音のような物が記載されていた。


僕はそれを記載された通りに読み上げていった。どういったことを自分が言っているのかは分からない。そう、分からないはずなんだ。


しかし何故か、その呪文の意味だけが頭の中に流れ込んでくる。とても気持ちが悪い。


それを唱え終わると、同時に地が揺れた。地面に描いた魔法陣は怪しい光を放ち、中央に垂らしたはずの血は無くなっていた。


「呼び出したのは、オマエか?」

「……う、うん」


そこには、この世のものとは思えないモノがいた。黒く大きな翼に、頭には鋭いツノが2本生えている。


「一つだけ、願いを叶えよう。その対価として代償は頂くがな」

「願い……」

「さぁ、言ってみろ。オマエは、何を望む」


そんなもの、考えてもいなかった。まさか本当に出てくるなんて、思ってもいなかった。それに、急にそう言われても、思いつくものがない。


ただ、願いが何でもいいのなら、一つある。こんな不遇な僕に、今まで一度も “言われることのなかった言葉 ” 。


「あ、あの……」

「早く言え」


こんなことを願ったら、この悪魔は怒るだろうか。いや、怒るに違いない。呼び出しておいて、言葉をかけて欲しいだけだなんて、きっと僕は殺されてしまうだろう。


「一度だけ、たったの一度だけでいいから………」

「……」

「_____と、お前は__________と、言って欲しい………」

「なんと言った。声が小さくて聞こえん。もっと大きな声で言え」


僕はもう一度口を開き、“ 殺されてしまかもしれない ” という恐怖に負けないよう、大きく息を吸い込む。


僕の中にある恐怖を、吸い込んだ空気で抑え込むように。震える体を、無理矢理沈めるように。


「い、いい子だよって……お前は、要らない子なんかじゃないって…一度だけ、たったの一度だけでいいから………そう言って、くれませんか…?」

「なっ!」


悪魔はとても驚いた表情をしていた。

それもそのはずだ。こんな願いをする人なんて、きっと僕くらいだろう。


でも、僕にはこのくらいしか願いはなかった。

これ以外なんて、何も思いつかない。





_________________



僕の家庭は、酷いなんてものじゃなかった。


アル中の父親と、薬中の母親。

僕は二人に『育ててもらった』覚えがない。

育児放棄というやつだろう。


物心ついた時には、殴られる日々だった。

とても些細な理由で罵倒され殴られる。


声を発すると「喋ってんじゃねぇよ!」と物凄い剣幕で怒鳴られる。

そして勢いよく拳が顔面に当たる。


一度だけ「どうして僕を産んだの?」と聞いてみたことがあった。

すると両親は「そんなの、孕んだから産んだだけに決まってるでしょ?」と応えた。


彼らは僕の『生物学上の両親』だった。

決して本当の両親とは思えなかった。


昔は「いい子にしてればいつか優しくしてくれるようになる」と思っていたこともあった。

しかし、どれだけ大人しくしても、どれだけ静かにしていても、現実は変わらなかった。


両親からの愛なんて、受けたことが無い。

周りの大人に助けを求めたこともあった。

全員に無視された。助けは来なかった。


僕一人が、世界から見放された。


こんな世界、生きていても仕方がない。

だから本当は、死ぬつもりだった。


僕が生きたこの街を散策して、今まで見た事のなかった風景をたくさん見た。

通ったことの無い『学校』というものも見てきた。


僕と同じくらいの歳の子がたくさんいた。

遊びたかったけど、なんて言えば良かったか分からなかったから、やめた。


どうせ僕は今日、死ぬんだから。


_________________






あれ、俺はなんでこんなことを…?

悪魔を前にして、こんな回想をするなんてな。


静かに悪魔の方へ顔を向けると、僕の顔をじっと見つめていた。どこか悲しげな顔、潤んでいるように見える目で。


すると悪魔がゆっくりと口を開いた。


「新しい人生を、望むか?」

「…え?」

「お前は悪くない。悪いのはお前の親だろう。可哀想な人の子、まだ死ぬべきではない」


突然だった。

何故悪魔が、僕のことを知っているように話すんだ? 僕はなにも教えてないのに。


「すまないが、お前の記憶を見させてもらった」

「……!」

「ワタシは人の心を、考えを、想像を、そして過去を……色々なものを見ることが出来る」


さっきの回想は、全て見られていたらしい。

そうか、だからあの言葉が出たのか。

もしかしたら、あの回想はこの悪魔が俺を覗いたからかもしれない。


しかし混乱しているせいか、何かを言おうにも言葉が出てこない。

だからずっと、ただ口がけが動いていた。


「お前が信じている “ 来世 ” は、存在しない。死んだらそこで終わりだ」

「そ、そうなの…?」

「あぁ、だから死のうなどと、と考えるな」


どうやら俺の信じていた来世は無いらしい。

じゃあ死んでしまったら、これで終わりじゃないか。こんなクソな人生で、僕は終わるのか?


「もし来世を、新しい人生を望むなら」

「…?」

「ワタシの元へ来い、人の子よ」

「な、にを…言って……」

「ワタシの子になれと言っている」

「じょ、冗談ですよね……?」

「いいや、真剣だ」


本当に何を言っているんだ?

僕が、悪魔の子になる?

混乱し過ぎて頭がパンクしそうだ。


悪魔は至って真面目な顔でものを言う。

どうやら本当に冗談じゃないらしい。


だが、死ぬとしても来世がない。

このまま生きていてもろくな事がない。

家に戻ればまた罵倒と暴力の日々だ。

この世界の僕の居場所は・・・


《 どこにもない 》


「願え、ワタシの子になると」

「…で、でも」

「願うならば、助けよう。この現状から、お前を出してやろう」

「……助け、る?そう言って、見捨てるんじゃ…」

「しない。そうするつもりなら、こんなこと言わない」


本当にこの悪魔の言うことを信じていいんだろうか。

確かに真面目な顔だ。

それに僕の居場所はここには無い。

ならいっそ、本当にこの悪魔について行くのも、いいかもしれない。


「本当に、助かるの…?今の生活から、逃げても…いいの……?」

「あぁ、助けよう」

「………じゃ、じゃあ、俺は…」


《貴方の子に、なりたい》


「……その願い、喜んで応えよう」


その後のことは詳しくは覚えていない。


ただ唯一覚えているのは、これで苦しみから開放されるという安堵感。

そしてそれと同時に目から溢れる熱い水。

視界がボヤけていたことを覚えている。














~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


その後僕は悪魔と…

いや、新しい家族と暮らしている。


こっちの方が最初から『本当の家族』だったんじゃないかとすら思えてくる。

















もし貴方/貴女たちの前に

願いを叶えてくれる存在がいたら


その時、何を願うだろうか

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