羽のない少女
水凪
第1話
あるところに、何人かの小さな女の子たちがいました。
翼の生えた可愛い女の子。
彼女たちは地平線の彼方まで飛んでいくための練習をしていました。
でも、そのなかで一人だけ、飛べない子がいました。
その子の背中からは翼が生えているのに、形はごつごつしていて歪で、大事な大事な羽が一枚もありません。羽をパタパタと動かそうとするとぎしぎしと変な音が鳴るだけで、飛べる気配は全くありません。
女の子はせんせいにいいました。
「ねぇ、せんせい。どうしてわたしだけ、羽がないの?」
せんせいはいいました。
「それはね、しかたがないことなの。飛ぶ練習はやめて、とぶのはあきらめましょう」
「とべなかったら、わたしはどうすればいいの?」
「なにもしなくていいよ。なにもできないでしょう?」
そういうとせんせいは優しく女の子の頭を撫でました。でも、その温かさに思わず女の子は泣いてしまいました。泣かないように堪えても、涙が止まりません。
「わたしの涙はみんなと同じように透明なのに、なんでわたしの翼はこんなに歪で、羽がないんだろう。」
そう考えても時間は過ぎていくばかりです。
その間にも女の子は飛び立っていきます。
女の子は何度も飛ぼうとしました。でも飛べません。足がもつれて、こけてしまいます。
一人、女の子が飛び立っていきます。
女の子は羽の手入れを怠りませんでした。しかし羽は一枚も生えてきません。綺麗な形にもなりません。
また一人、女の子が飛び立っていきます。
それを見ていた女の子は、不安になりました。言いようのない不安。悲しいのか、悔しいのか分からない涙を、膝を抱えてじっと堪えました。
そんな時間がただずっと続きました。
そして、とうとう最後に残った一人の羽の綺麗な女の子が、たったいま飛び立とうと、その大きな羽を広げました。
しかしすんでのところで、少し後ろの方にいた羽のない女の子に気づき、近づいてきました。
「ねぇ、そんなにうつむいて、どうしたの?」
女の子は力なく答えました。
「わたし、とべないの」
「翼があるじゃない」
「でも、羽がないんだ」
「それで悩んでるの?」
「うん」
「私はいいと思うよ」
「こんな翼が?」
「うん」
「交換出来たらしてほしいくらいだよ」
「うーん、それはどうだろう」
「ほら、こんな翼なんて誰も欲しがらない。羨ましがらない。あなたにはきっと、分からないよ」
「わたしはだれかになんてなりたくないよ」
彼女は続けます。
「わたしはわたしだもの。だから、私の羽は私が誇れる。あなたはあなたなんだから、それだけきれいに手入れをして大切にしている翼を、誇れるはずだよ」
女の子は少し自信なさげに言います。
「誇っていいのかな。わたし、誇れるのかな」
「うん。大丈夫。それが、その翼がかっこいいとか可愛いとかは分からない。けど。私は、いいと思う。なくしてほしくないと、思う」
「それは、どうして?」
「それがあなたなんだってすぐにわかるから」
そういうと女の子は羽を大きく広げました。
「じゃあね。私は、私たちはもう、戻ってこれない。居場所がないことを知って、居場所を探しに行くんだ。どこまでも。だから、これで最後だね」
「……うん」
「私はあなたを覚えておくよ。だからどうか、寂しくならないで」
「……ありがとう」
その言葉を聞くと、彼女は飛び立ちました。あとには何も、残っていません。
もう羽のない女の子の周りには誰もいません。
でも、女の子は寂しがることも、悲しがることもありません。
「そっか」
「わたしは、わたしの翼があるんだ」
女の子の翼はゆっくりと音を立てて伸び始めました。歪に、自身に絡むように。その翼は止まることを知らないかのように、どんどんと伸びていきます。
「わたしが居場所になるよ。きっと、また戻ってこれるように」
やがてそれは一本の大きな樹になりました。空を支えるような、大きな樹。
翼に包まれた彼女はまるでいい夢を見ながら眠っているようです。
それから何年がたったでしょうか。
どこからか一羽の鳥が飛んできました。
そして、一本の樹にとまりました。
その樹には緑が、まるで羽のようにきれいに輝いていました。
羽のない少女 水凪 @mize_mize
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます