ライトノベルなんて書きたくない!

合歓 眠

 読者の目を惹く、とびきりキャッチーな掴みの文。


 なんだそれは。


 点滅する街灯の下をぶらぶらと歩きながら考える。ふざけた文句だ。くだらない要求だ。そうやって中身もメッセージ性もない物語を量産してきたのが今の出版社の過失ではないのか。



『今の若い子はさぁ、あんまり長い文章読まないんだよね』



 ふんぞり返った編集者の顔が脳裏によぎる。その顔があまりに脂ぎっていたので吐き気がしてくる。嘘だ。吐き気なんかしない。記憶に八つ当たりしてるだけだ。


 君には、直木賞とか、取れるほどの文才は、その……。


 その先の言葉は覚えていない。

 今日はもうへとへとなのだ。歩くことさえままならない。塀に寄りかかると、もう夜だというのにヘッドライトもつけていない軽トラックがすぐそばを横切った。轢かれていれば、摩訶不思議な世界にでも飛ばされたか。

寒々しい。

 面白いのか、それが。

 みんな同じような手法じゃないか。たまに、文章さえまともじゃない。

 くだくだしい……のは、私か。



「くそっ」



ネットに囲われたごみ袋を勢いよく蹴り上げる。カップ麺の容器やらパンの袋やらが、ボロボロとまろび出る。柔らかいもの食べ過ぎの、現代人どもめ。

 心なしすっきりしただろうか。

 結局、私もこんなことで鬱憤を晴らす生き物なのだ。こうして、俯きながら家路につくのがお似合いの負け犬なのだ。三流小説家なのだ。


 角を曲がったところで引き返した。

 零したごみを、素手でかき集めて袋に戻す。罪悪感に後ろ髪を引かれる。こんな自分があまりに愚かで、惨めったらしくて――



「あれ、石田くん」



 何してんの、と。

 その人は素っ頓狂な声をあげた。



「あ、あ、あ、その……」



 柏木さん。

 お疲れ様です、と言いそうになった。


 市役所の資産税課で共に働いている、女性職員の方だ。ラフな格好なのか、いつもは束ねている茶色がかった髪を今日は下ろしていた。このあたりに住んでいるとは伺っていたが、まさかこんなときに、こんな姿で会うことになるとは思わなかった。

 何も言えず、ただでさえ猫背な体を一層丸める。



「やっぱマジメだねぇ」


「え」



「崩れてるごみ片付けてるんだ。え、それ他人のだよね」



 ええ、まあ。私は目を反らす。



「やっぱ人間できてるなあ。すごいぜ石田くん、公務員試験受けてマジの職員になっちゃいなよ。君のような人材をみな求めているのだ」


「……はは、考えます」



 落ちていた紙パックを拾い上げ、柏木さんは手を振る。

 暗い街灯の向こうにその姿が消えていくのを見送ると同時、どうにもやるせない感情がこみ上げてくる。人間ができている、と彼女はそう評してくださったのだ。それは嬉しい。素晴らしいことだ。



「…………」



 いろいろ考えそうになって、やっぱりやめた。

 結果的に得た〝喜び〟だけ抱えて今日は眠ろう。心身ともにそれが良い。


 サイレンの音が聞こえる。

 アパートに近づくほど、それが大きくなる。

 煙が上がっている。


 全然。

 全然、関係ないのだが、編集者はこんなことを言っていた。



『週刊連載とか、特にそうなんだけどさ。毎回、区切りのいいとこで読者の興味を惹かなきゃいけないんだよね。飽きられちゃうんだよ。最近は面白い作品、たくさんあるからさぁ。つまりね、君の書く話には足りないかなぁって思うわけだ。ちょっと、その……衝撃の展開ってやつがさ』



 家に帰ると、アパートが燃えていた。

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