帰る人、帰らない人、帰らなければならない人

白瀬天洋

第1話

 修学旅行をやり直そう、と彼女が提案したのは、秋の終わり、冷たい風が痛く感じられてくる季節だった。

 そろそろ時効なのかな、って思うの。

 彼女からのダイレクトメッセージにはそう書かれていた。そういったものごとに時効があるのかどうか、僕にはわからなかった。しかしいずれにせよ、けじめをつけるべきだとはうすうす思っていた。そういうわけで、とっぴともいえる連絡にもかかわらず、僕は快諾の返事をした。

 彼女は中学の元同級生だ。一年生のときも二年生のときも同じクラスで、修学旅行の班も同じだった。本来なら四人一班のところ、クラスの人数が四で割り切れなかったので、あまり者の僕と彼女とハルの三人が一班になった。

 僕と彼女は休みの日に二人で遊びに出かけるくらいに仲がよかった。二人とも友達はほとんどいなかった。弱者同士、手を取り合おうというわけだ。というと語弊があるかもしれないが、僕たちの仲は確かなものだった。今思えば色恋沙汰があっても不思議ではなかった。もし、あの出来事がなければ。

 あの出来事以降、彼女とは口を利かなくなった。どちらからともなくお互いのSNSもブロックした。僕はそのことに関するすべての記憶と、あらゆる思いを樽の中に放り込み、蓋と封をして、重しを載せから、丁寧に布を被せた。一連の作業はかなりの時間と労力を要した。幸い、しばらく学校を欠席しても誰にも文句を言われなかった。学校に復帰した日、彼女は平然と授業を受けていたので、彼女がどうしたのかはわからないままだ。

 再び連絡があったのは成人式の一か月前だった。五年ぶりか、六年ぶりのことだった。彼女のメイクした姿を目にしたのはそのときが初めてだった。のっぺりとしていたはずの鼻が小さくまとまり、もともと二重だった目は鮮やかなピンク色のグラデーションに囲まれて、二倍にも三倍にも大きくなったように見えた。三年間ボブくらいの長さだった髪が肩まで伸びていた。皆が言う、垢抜ける、とはこのことなのだなと思った。

 それから僕たちはぎこちなくももとの関係に戻った。少なくともそのように見えた。今回の誘いが来たのは成人式から一年弱経った頃で、僕たちは大学三年生の折り返し地点を過ぎていた。

 段取りは驚くほど淡々と進んだ。それもそのはず、事情を無視してしまえば、僕たちがやろうとしていることはただの旅行にすぎないのだ。世の中の大学生はモモンガが空を飛ぶように旅行をする。

 僕は彼女と二回ほど電話して旅程を打ち合わせ、手分けして三泊分のホテルとレンタカーを予約した。二人ともちゃんと修学旅行のしおりを大事に持っていた。まるでそれが自分たちの人生の証であるかのように。

 くたびれたしおりたちは最大限に尊重された。もう営業していないレストランや旅館に関しては変更を余儀なくされたが、総合してみれば、それは僕たちの修学旅行のリメイク版というには、あまりにも原作に忠実な代物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る