第十九話 赤間 進(31)/緑川 慎吾(31)の場合
『いつまで紅野さんの猿真似をしているつもりだ、赤間』
妖精災害対策課魔法室に全員戻ってきたと報告を受けるなり、白瀧さんの冷ややかな声が頭の中に響いた。
ちなみに茶山さんは気絶したままのため車で帰ってきた。〝転移〟ではなく緑川さんが運転する車で。
『紅野さんに憧れるのも、憧れを理由に魔法使いを続けるのも構わんが、身の丈に合わない剣を振るうのはいい加減にやめろ』
車の中でも口数が少なく気落ちしているようすだった赤間さんは、白瀧さんの言葉にまたうつむいてしまった。
食べ損ねていたお昼を食べようと食堂に戻ってきていた。すっかり冷めてしまったオムライスを電子レンジで温めようとラップをかけていた俺と緑川さんも手を止めた。
『その使い勝手の悪い無駄に大きな剣をどうにかできないのならお前にはここを辞めてもらう。お前のフォローに人員と時間を割くだけの余裕は今の妖精災害対策課魔法室にはない』
ハッと顔をあげた赤間さんが泣きそうな顔をしているのは魔法使いという仕事を辞めたくないからだ。あんなに危険な思いをしても、だ。
『直人、直人。レベル4以上を倒せるのって今、赤間くんしかいないんだけどぉ?』
『お前がいるだろ、信長』
『えぇー! やだよぉー!!!』
間髪入れずに返ってきた白瀧さんの言葉に銀さんが悲鳴のような声をあげた。
『僕は魔法使いとか妖精とかの研究をしてたいんだ。研究室で! 妖精と戦うなんてまっぴらごめ……』
『とにかく身の丈を考えろ、赤間。……音声通話、終了』
延々と続きそうな銀さんの文句をぶった切る白瀧さんの声を最後に、頭の中に響く声はピタリと止んだ。頭の中にも食堂にも沈黙が広がる。
「カッコ悪いところ見られちゃったなぁ。これ、記事にしないでよね!」
気まずい沈黙を破ったのはやけに明るい赤間さんの声だった。
「さっさと食べて、さっさと取材終わらせないと帰るの遅くなっちゃうよな」
「え、いや……」
「そうだ、オムライスがあったまるのを待ちながら取材やっちゃおうか!」
電子レンジにオムライスの皿を入れてスイッチを押すと、赤間さんは振り返ってニヒッと歯を見せて笑った。気まずい空気をなんとかしたくて話題を変えようとしてるのだろうか。
俺はコクリとうなずいてボイスレコーダーをテーブルに置いた。それを確認して赤間さんは話し始めた。
「出動する前にも少し話したけど昔、紅野さんに助けてもらったことがあるんだ。俺は……」
「俺たちは」
前に赤間さんに訂正されたお返しだろう。緑川さんに遮られて赤間さんは目を丸くしたあと、苦笑いで言い直した。
「俺たちは、紅野さんに憧れて魔法使いになった。いっしょに紅野さんみたいな魔法使いになろうって約束して妖精災害対策課魔法室に入ったんだ」
「お二人は小さい頃からずっと仲良しでいっしょに過ごしてきたんですね」
顔を見合わせてうなずく赤間さんと緑川さんを見て、俺はくすりと微笑んだ。
二人のあいだには青柳さんと桃瀬さんのような親しさというか信頼感のようなものがある。ガンレンジャー好きがきっかけで知り合って、中学時代からずっと親友だという二人のような。
でも――。
「いんや」
「全然」
赤間さんと緑川さんはそろって首を横に振った。
「小学生の頃に一度、会ったきりです」
「まさか
「それはこっちのセリフだ。いっしょに魔法使いになろうと約束したが子供の頃の話だ。とっくに忘れているだろうと思ってた」
「俺だって! 約束なんてすっかり忘れて彼女とか作って、どっかの会社員になってるんだろうなって思ってたよ!」
笑い合う赤間さんと緑川さんには、それでも長い時間の中で
「俺の地元は良く言えば自然豊かなところで、都会の小学生が林間学校なんかでよく来てたんです。両親もその手の宿泊施設に勤めていて、家も近所にあって……」
「で、まさに林間学校でやってきてた俺は緑川と運命的な出会いをしたってわけ!」
「道に迷って半泣きになってた赤間と学校帰りに遭遇したんです」
「そうとも言う!」
「友達と遊びに行く約束をしていたのに……いい迷惑だ」
眉間にしわを寄せて言い直す緑川さんの隣で赤間さんは満面の笑顔で胸を張った。そうとも言うというか、そうとしか言えないと思うのだけど。
「で、仕方がないから宿泊施設まで案内しようと山道を歩き始めたところで」
「二人そろって妖精に襲われたってわけ!」
「細い山道でいきなり妖精と鉢合わせて、突進されて、吹き飛ばされて……こっちは足と肋骨を骨折したんだぞ。本当にいい迷惑だ!」
赤間さんがあっけらかんと笑うのを聞いて緑川さんの眉間のしわがますます深くなる。
「イノシシ型の、大型犬くらいのサイズの妖精だったな。多分、レベル3。結構ないきおいで吹っ飛んだし本気で死んだんじゃないかと思ったよ、緑川」
「俺も死んだかと思ったよ」
のんきに笑う赤間さんに緑川さんは怒りに眉をピクピクと震わせて額を押さえた。
でも――。
「それ以上にお前が殺されるんじゃないかと怖かった」
その表情が深刻なものへと変わった。
かと思うと――。
「こいつ、妖精に向かって石を投げ始めたんです。俺が足が折れて動けないことに気が付いて、自分が
緑川さんは無の表情でビシッ! と赤間さんを指さした。腹が立ち過ぎて一周まわって表情が消えたパターンだ。なのに赤間さんは全然、気にしない。
「遠くて全っ然、石が当たんないんだよ。まぁ、緑川から注意をそらすって目的は果たせたわけだけど」
「目的は果たせた、じゃないだろ! 紅野さんが来てくれなかったらお前は死んでたんだぞ!?」
「あー……」
声を荒げる緑川さんを静かに見返して、赤間さんは苦笑いした。
「それ、紅野さんにも言われた。守ろうって気持ちは立派だけど守れるだけの力がないなら無駄死にだ。お前が死んだあとで守りたかった相手も死んじまう。もし生き残っても心に深い傷を負わせちまう。人のことを守ろうってんなら自分の身を守れるくらい強くなってからにしろって」
小学生相手に厳しいことを言う。
そう思ったけど――。
「大きな手で俺の頭をくしゃくしゃに撫でながら、怖い顔を一生懸命に作ってんのにすっごい優しい目で……そう言ってた」
小学生だった赤間さんには紅野さんの厳しい言葉の奥にある優しさもきちんと伝わっていたらしい。
多分、緑川さんにも。緑川さんは目を細めて微笑んだ。
「突進してきたイノシシ型の妖精から赤間を
「緑川を守るように地面に突き刺さって。でっかい盾なのに軽々と投げるんだよ。びっくりしてるあいだに大剣で妖精をズバッと!」
思い出の中の紅野さんを真似たのだろう。握りしめた剣を横に
「あっさりと妖精を倒して大剣を肩に担いでさ、もう大丈夫だって笑って見せて。あのときの紅野さん、すごいカッコよかった。すっごいでかかった。あの背中と笑顔に憧れて魔法使いになったんだ!」
子供みたいにキラキラした目で話していた赤間さんだったけど、
「あのときの紅野さんの背中はでかかったけど三十才のいい年した大人になれば少しは近付けるって思ってた。思ってた、のに……」
不意にうつむくと実際には剣なんて握っていない手を開いて見つめ、
「全っ然、あの背中に追いつけない。体も、心も、何にも……」
肩を落としてヘラ……と情けない笑みを浮かべた。
唇を噛んでうつむいたのは緑川さんも同じ気持ちだからだろうか。赤間さんと同じように悔しい思いをしているからだろうか。
でも――。
「さっさと猿真似じゃなく身の丈に合った魔法を使えるようになって、自分も守りたい人たちを守れるだけの力をつけないとまた怒られちゃうからさ。白瀧さんにも、紅野さんにも!」
赤間さんはグッと両の拳を握りしめて顔をあげるとニヒッと歯を見せて笑った。赤間さんの笑顔を見て、緑川さんもくすりと微笑んだ。
「紅野さんに聞いたんです。赤間を庇ってケガをして、それでも
緑川さんの目配せに赤間さんも微笑んだ。二人の表情を見て、それが二人の宝物なのだとわかった。
「「そんなの世界を守るために決まってんだろって」」
大剣を担いで豪快に笑う男が――紅野 龍二という魔法使いが二人に残した言葉が大切な宝物で、二人の魔法使いにとっての核なのだとわかった。
「俺を助けてくれた大剣に憧れたわけじゃない」
「同じだ。俺も俺を守ってくれた盾に憧れたわけじゃない」
「俺が……」
「俺たちが」
緑川さんが間髪入れずに訂正するのを聞いて赤間さんはニヒッと歯を見せて笑った。
「俺たちが、魔法使いになったのは紅野さんのあの背中に憧れたからだ!」
――そんなの世界を守るために決まってんだろ。
そう言い切ってしまえる心の強さに憧れたからだろう。
「今はまだ猿真似だけどいつか絶対にあの背中に追い付く。追い付いて、追い越して、俺のものにしてみせる!」
剣と盾。
紅野さんに憧れた半分つで半人前の二人の魔法使いは握りしめた拳をぶつけて笑い合った。
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