第十八話 魔法使いの仕事ってなんですか?(レベル4)③
体の大きな紅野 龍二が持っていても大きいと感じた剣だ。男性平均よりもやや小さい赤間さんが持つと子供が大人用の物を使っているようなチグハグ感がある。
「赤間さんは紅野さんに憧れて魔法使いになった。だから赤間さんが使える魔法は紅野さんが使ってたあの大剣を出すことだけ。緑川さんも同じ。紅野さんが使ってたあの盾を出すことだけ」
赤間さんは小柄なスピード型、紅野さんは大柄なパワー型だ。赤間さんの身長では紅野さんと同じようにあの大剣を振るうことはできない。
だから――。
「ど……っりゃあああぁぁぁあ!!!」
「行けぇ、赤間ぁぁぁあ!!!」
緑川さんが盾で妖精の動きを封じ、赤間さんが妖精よりも高い位置から飛び降りて重力と大剣の重さに任せ――。
「グォアァァァアアアッ!!!」
剣を突き立てて倒す。
首に深々と大剣を突き立てられてシロクマ型妖精は咆哮とも断末魔ともつかない声をあげ、どさりと重たい音を立ててアスファルトに崩れ落ちた。
『レベル4、対応完了!』
誇らしげな赤間さんの声に俺と黄倉くんは、ほーっと安堵のため息をついた。なんて無茶苦茶で危なっかしい戦い方だろう。見ていて心臓に悪い。
俺たちの視線に気が付いたのだろう。赤間さんは大剣を光の粒に変えて消すとピースした腕を突き出してニヒッと歯を見せて笑った。
シロクマ型妖精の背中からひょいと飛び降りて緑川さんに駆け寄る赤間さんを苦笑いで見守っていた俺は、
「……っ」
シロクマ型妖精の右前足がぐにゃりと歪んで頭の形になるのを見て喉を引きつらせた。
『赤間くん、まだだ!』
紫村さんの声に赤間さんが反射的に飛ぶ。直後、シロクマ型妖精の二つ目の頭がアスファルトにめり込むほどのいきおいで突っ込んできた。
「グォアァァァアアアッ!!!」
受け身を取って避け、すぐさま身構えた赤間さんの腕からは血が流れていた。シロクマ型妖精の牙を避けきれなかったのか、吹き飛んだアスファルトの欠片が当たったのか。
赤間さんは拳を握ると再び光の粒を集めて大剣を出現させた。迫るシロクマ型妖精の二つ目の頭に切りかかろうと剣を振り上げ――。
「……!」
剣の重さによろめいた。シロクマ型妖精の牙が迫る状況で。
『赤間くん!』
「赤間ぁぁぁあああ!!!」
頭の中に響く紫村さんの声にも、その紫村さんの声をかき消すほどの緑川さんの絶叫にもシロクマ型妖精が
成す術のない状況で、それでも赤間さんはシロクマ型妖精から目を離すことなくにらみつけていた。
――死んだよ。妖精との戦いの最中にね。
紅野 龍二は死んだと告げる紫村さんの声が不意によみがえった。
――その程度の気持ちなら魔法使いになろうだなんて思わないでくれるかな。
――中途半端な気持ちで
淡々とそう言う茶山さんの声も。
「どうして、こんなときに……!」
こんなときに思い出したくない言葉だ。
赤間さんから顔を背け、きつく目を閉じた俺は、
『……転移』
頭の中に響いた茶山さんの声にハッと顔をあげた。
赤間さんを背にかばうように茶山さんがシロクマ型妖精の前に立っていた。伸ばした手はシロクマ型妖精の鼻に触れている。
恐れることなく、むしろ殺意のこもった目でシロクマ型妖精を静かに見返して、
『転移』
茶山さんは淡々と言った。
瞬間――。
シロクマ型妖精の二つ目の頭だけが消えた。きれいさっぱり〝転移〟した。
どさりと茶山さんのそばに崩れたゼリー状の何かが現れる。あれは……あれがシロクマ型妖精の消えた頭なのだろうか。
二つ目の頭を失ったシロクマ型妖精はもう動かない。だけど、シロクマ型妖精にスタスタと歩み寄った茶山さんは、スタスタとまわりを歩き、シロクマ型妖精の体をなでてまわりながらつぶやいた。
『転移……転移……転移、転移、転移……』
つぶやき続けた。
『茶山くん、もう十分だ』
『転移、転移、転移転移転移……』
『茶山!』
『転移転移てんいてんいてんい……!』
白瀧さんの制止を無視して茶山さんはつぶやき続ける。そのたびにアスファルトの上に崩れたゼリー状の何かがボトリ、ボトリと現れる。
「前に白瀧さんが言ってた。今の妖精災害対策課魔法室は……ドテマは歴代最弱だって」
ドロドロの感情に飲み込まれてシロクマ型妖精をグチャグチャの細切れにしていく茶山さんをビルの屋上から見つめて、黄倉くんがぽつりと言った。
「紅野さんがいた頃、妖精と戦うのは紅野さんと紫村さんの担当で、茶山さんは逃げ遅れた人の避難だけを担当してた。戦いの前線に出ることはなかった。でも、今は……」
『……っ』
『茶山くん!』
不意に茶山さんの声が途切れ、代わりに紫村さんの声が頭の中に響いた。
「白瀧さんの言うとおりだって俺も思う。無茶苦茶な戦い方をして、ギリギリのところでどうにか妖精を倒して。誰かに、いつか、何かあってもおかしくない。ピリピリしているし、ギクシャクしてるし、チグハグだし……」
ふらりと倒れた茶山さんを赤間さんがあわてて抱き留めた。緑川さんと紫村さんも駆け寄ってきた。
アレが魔力切れの状態なのかもしれない。
でも、もう茶山さんの転移魔法を使って急いで移動する必要はない。茶山さんによって原型をとどめないほど細切れにされたシロクマ型妖精が再び動き出すことはないから。
「今回の取材、白瀧さんはドテマの戦力を強化するために計画したんだと思う。妖精と戦う力を持った魔法使いを入れたいんだと思う。でも……」
車道のど真ん中に集まってあわただし気に茶山さんの介抱をしたり、連絡を取り合ったりしてるドテマたちを困り顔で見守りながら黄倉くんは話す。
「俺はピリピリしてて、ギクシャクしてて、チグハグなこの空気を換えてくれる人が仲間になってくれたら嬉しいなって思ってるんだ」
他力本願でカッコ悪いけど、と付け加えて黄倉くんはヘラヘラと笑った。俺は黙って首を横に振った。
カッコ悪いなんてそんなことはない。だって、ドテマの一員としてメンバーのことを真剣に心配して出た言葉なのだから。
カッコ悪いなんて思うわけがない。
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