第二話 なんでお二人は童貞で魔法使いなんですか?
「……ただのマンションじゃん」
ただし、高級な部類の。
取材当日――。
住所を頼りに魔法使いたちの職場兼住居である元・銀研究事務所、現・警察庁妖精災害対策課魔法室にやってきた俺は、そこに建っている建物を見上げて思わず呟いていた。
日夜、妖精を研究するマッドサイエンティストたち。
日夜、妖精災害と戦う筋肉ムキムキな童貞魔法使いたち。
二十年前の記者会見映像で見た銀 信長氏と紅野 龍二氏の印象が強すぎて、俺の中のドテマのイメージはそんな感じだ。そんな感じのドテマたちがせっせせっせと働き、暮らしている場所だ。
てっきり古くてボロイ男子校か少年院みたいな場所をイメージしていたのに――。
「シンプルでモダンでオシャレー」
真っ白な箱型の、一見すると高級マンションにしか見えない建物を見上げて、俺はハハ……と乾いた笑い声を漏らした。外からでもわかる。五階建ての建物は天井が高くてゆったり広々、贅沢設計だ。
ひどいイメージを持っててスミマセンと心の中で謝りながら自動ドアをくぐり、白を基調としたエントランスに入る。まるでホテルみたいな広いエントランスをキョロキョロと見回して感嘆のため息を――。
「お! もしかして、取材の人!?」
漏らす暇もなく。俺はエントランスに響いた大声にビクーッ! と肩を震わせた。
「はい、そうです! 俺が取材の人です!!」
間の抜けた自己紹介をして勢いよく振り返った俺の前にいたのは二人の男性だった。
年令は二十代後半か、三十代前半か。一人は人懐っこい笑顔を浮かべたツンツンヘアのイケメン。もう一人は生真面目を絵で描いたようなメガネのイケメンだ。
「エントランスは音が反響しやすい。ただでさえ声がでかいんだから、もう少し声量に気を付けろ」
背が高くガタイのいいメガネのイケメンは、やや小柄だけどイケメンなツンツンヘアに呆れ顔で注意してから俺に向き直った。
「佐藤さん……ですよね。初めまして、緑川です」
「俺は赤間 進な!」
メガネのイケメン――緑川さんに続いて、ツンツンヘアのイケメン――赤間さんも自己紹介した。
「今日は俺と赤間で妖精災害対策課魔法室内を案内します。わからないこと、気になることがあれば遠慮なく聞いてください」
「ちなみに一階のトイレはあそこ! 行っとく?」
「あ、いえ……」
「……赤間」
「ん? 俺、なんかおかしなこと言ったか?」
ヘラヘラと笑って遠慮する俺と額を押さえてため息をつく緑川さんの顔を交互に見て、赤間さんはあっけらかんとした笑顔で首を傾げた。
学生時代、運動部の部長かエースでもやってて、女子たちにキャーキャー言われてそうな感じのイケメンだ。なんなら今でもフットサルとかやってキャーキャー言われてそうだ。
でも、
「……いや、まだ断定するには早いか」
「何が早いんだ?」
ぶつぶつ呟いていると赤間さんが爽やかーな笑顔のまま反対側に首を傾げた。
いやーこれでモテないとかないでしょ。童貞なんてやっぱりないでしょ、ないない! なんて独り言は心の中にしまっておいて。なんでもないです、と俺は首を横に振ると名刺を差し出した。
「本日、妖精災害対策課魔法室の皆さんを取材させていただきます
「メンズファッション誌……でしたよね、M.F.って」
名刺を受け取った緑川さんははにかんだ笑みを浮かべた。そういう系の雑誌はあまり読まないのだろう。照れ隠しにか、眼鏡のブリッジを指で押し上げている。
学生時代なら成績優秀、品行方正な生徒会長。会社員ならエリート街道まっしぐらで、同期で一番に出世しそうなタイプだ。緑川さんにはちょっと近寄りがたい印象を抱いていたのだけど……そのはにかんだ笑みのおかげで一気に親近感がわいてきた。
「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
笑顔で手を差し出すと、緑川さんは爽やかな微笑みを浮かべて俺の手を握った。鍛えていそうな大きくて骨張った手で、そっと優しく。壊れ物を扱うような、慎重すぎるくらい慎重な手付きで。
ちょっと不器用そうだけど気遣いのできる優しげなイケメンとか……モテる要素しかない気がするんだけど? これはやっぱり二人は童貞でもなければ魔法使いでもないパターン!? ドテマじゃないパターン!!?
お二人は童貞でもなければ魔法使いでもないんですかーーー!!?
……なんて聞きたいのをめっちゃ我慢して、歩き出した緑川さんのあとを俺は追いかけた。
まぁ――。
「あの……お二人も魔法使いなんですか?」
やっぱり気になって秒で聞いちゃったけど。
「まぁ、一応」
と、はにかんで微笑む緑川さん。
「一応じゃなくて正真正銘の魔法使い! 今日の取材、俺も受けることになってるんだー」
と、ニヒッと歯を見せて笑う赤間さん。
「あ、そうなんですね! それじゃあ、早速……!」
取材対象が目の前にいるとわかった俺は慌ててカバンからボイスレコーダーを取り出した。
でも――。
「その前に室長室に案内するようにと白瀧さん……室長に言われています」
ボイスレコーダーの電源を入れようとする俺の手を、緑川さんの手がそっと制した。
「取材はそのあとでゆっくり」
「そんときは遠慮なく、なんでも聞いてくれよな!」
慌ててボイスレコーダーを引っ込める俺に緑川さんは大人びた、赤間さんは人懐っこい笑顔を見せた。
ボロイ男子校に通うスクールカースト下位の根暗っぽい人か。
ボロイ少年院に入ってる虚ろな目をした寡黙でヤバイ感じの人か。
日夜、妖精を研究するマッドサイエンティストっぽい人か。
日夜、妖精災害と戦う男臭さ満載、自分の筋肉以外は愛せないムキムキマッチョか。
かなーり偏見が混じっているのはわかってるけど……わかってるけど! そういう感じの人が童貞で魔法使いなドテマをやってるんだと思ってた。
思ってた、のに――!!
全然タイプは違うけど爽やかーーーな笑顔を見せる二人のイケメンを前に、俺は困惑していた。今すぐにでもボイスレコーダーを突き付けて、こう尋ねてやりたかった。
なんでお二人は童貞で、魔法使いで――ドテマなんですか!?
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